南直哉さんが、何故、哲学で満足出来なくて道元へ行ったのか。ここが興味深い。
1人が共感できると言っています
#南直哉 さんは私がブディストで存在の迫力を感じた初めての僧で、2002年頃から追いかけてきた。彼は、死とは?といった問題を実存をかけて問うたり、「伝統という名の仏教内の硬直とどうつき合うか」というテーマに仏教の脱構築をかけて挑んだりしている。
よくわからないですが、仏教とは、なにかをいい続けること、それを繰返し更新して行くことなのかなぁ??
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