新着Pick
1986Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
日頃から後悔の無いように生きようと意識しています。
特に内省は十数年間続けている習慣です。日々を振り返り、その積み重ねがあってこそ、後悔のタイミングを早めることが出来ると考えています。

自論ですが、後悔を0にする事は不可能です。出来る事は、早めるか、人生の最終章に訪れてしまうか、です。
自分の人生は、すべてあなたに決定権がある。

あなたは何者にでもなれる。

ただし、あなたが絶対になれないものが一つだけある。

それは、あなた以外の人間になることです。

Be yourself.
面白かったです。死ぬ直前に後悔しないには、結局は自分の心に正直に生きること、でしょうが、ただ、自分の心に正直に生きることは、多くの人にとって決して簡単なことではない。人の心はそれほど強くないですから。
そうなると結局のところ、「自分の心に正直に生きる人と一緒に過ごす時間を増やすこと」そのために「なにでもいいので自分が彼らに提供できるものを一つ持つこと」なのかなと最近思います。いい記事でした!
死が、待っていると分かった時、後悔が何もない人は多分いないような気がします。
けれども、自分なりに自分の人生を振り返って、自分でそれを受け入れた時、人は後悔の念から解放されて、自分の人生を愛おしく振り返るのではないかと思います。

記事にある、
患者の命があと一週間になると、患者本人は心の平安を取り戻すことが多い。
これは、亡くなった父を看取ったので良く分かります。
むしろ、心の平安を取り戻すことで、死に向かって歩いていったように感じました。

自分の人生を愛おしく振り返って受け入れられるかどうかは、シンプルに自分の人生を自分らしく生きられたか?であり、その計りは心の中にあり、他人やお金や名声では測れないものだと思います。

だから、自分らしく生きることが一番重要なんだろうなぁと今は思っています。

と、父を看取った感じたので、ライフスタイル見直し中です。
Love the life you live, Live the life you love.

By Bob Marley
自分の人生だったかどうか
死んだらどうなるかワクワクドキドキ。
期待に胸弾ませながら逝きます。
何事も遅すぎることはない、という言葉を付け加えたい。

もう若くないから、低能だから、病気を抱えているから、不器用だから・・・。

我々は、やりたいことを始める前に諦めてしまう。

そして、死の間際に後悔する。

もう一度書こう。何事も遅すぎることはない。
たても興味深い記事。

昔から死ぬのが怖くて怖くて仕方ありませんでした。
これまで繋がってきた線がまるでどこかでぷっつり切れてしまうようで、死の先にあるのは完全な「無」。そんなイメージがこびりついていて、とにかく自分が生きた軌跡をなんらかの形で残したいという思いが昔から強かったように思います。

しかし、最近娘が生まれ少し考え方が変わってきました。
上のような物事の見方は、言ってしまえば未来がある前提で今を語る、人生を直線に眺めた考え方です。
一方、もし人生を一瞬一瞬の積み重ねと考えればどうでしょうか。未来な繋がる今があるのではなく、今という瞬間が無限に繋がっていっているだけだと考えれば、人の死はそうして積み重ねていく作業を終えたんだな、と思えるようにもなります。
東洋的な思想ですが、未来への期待の上に今があるのではなく、かけがえのない今しかない。そう思うことで、少し死を優しく感じられるようになりました。

これからは大量死社会と言われています。死の迎え方をそれぞらが考えていくいい時期に来ているのでかなと思います。
オーストラリアの看護師たちへのインタビューでも、同様の結果になっていたという記事を読んだことがあります。
自分の人生を生きるというのは、何よりも大事なことですね。
日々忙しくしていると、忘れがちなことだけれど。