【森永邦彦】新しい価値観は「日常」と「非日常」の間に生まれる

2019/7/17
現代社会で継続的に成果を出し続けるビジネスパーソンは、どのようなマインドセットを持って日々を過ごしているのか。ハイパフォーマンスを実現するカギは、自分自身が「中庸」であり続けること。つまり「ニュートラル・ゾーン」にいる状態を保つことだ。

東京のデザイナーズブランド「ANREALAGE(アンリアレイジ)」のデザイナー兼CEOであり、近年はファッション業界が最も注目する「パリコレクション」にも参加する、森永邦彦氏。衣服と最新のテクノロジーをかけあわせる試みなど、その独自性により、次世代を代表するブランドとして認知度も高い。

日本だけでなく世界でも評価される森永氏に、これまでの変遷と、彼にとって優れたクリエーションの源泉となる「ニュートラル・ゾーン」は、どのような状態を指すのかを探った。
森永邦彦氏率いる、東京発のデザイナーズブランド「アンリアレイジ」
「『日常』と『非日常』を越境する」というフィロソフィーの下、2014年秋、ファッション業界において、最も注目を集めるパリ・コレクションに初めて参加した。
パリコレでの音楽監修とインスタレーションには、人気アーティストのサカナクション・山口一郎氏をパートナーに選ぶなど、既存の取り組みとは違うアプローチで、新たなファッションの世界を表現している。
日本のファッション業界の新たな地平を切り開く森永氏だが、意外にもそんなきらびやかな業界とは、縁遠い家庭で育った。
「父親は公務員で、早稲田大学の出身。だから、なんとなく自分も同じ道をたどるのかなと、漠然と考えていました。
ただ、高校時代に通った予備校で、今の自分に通ずる道を見つけてしまったんですね。
当時、その予備校には英語の人気講師がいて、勉強はもちろんなのですが、それ以外にもカルチャーや音楽など、様々なことを教えてくれました。
その一つが、ファッションでした」(森永氏)
ある日、その講師は早稲田大学に在籍しながら服を作っているという、自身の教え子について教えてくれた。森永氏は、彼の話だけでなく、実物の服を見る機会もあり、とても驚いたという。
「そのデザイナーは自分が作ったすべての洋服に対して、一着ごとにアイテム名ではなく詩的な『名前』をつけていました。
彼は服飾系ではない学校に所属していたのにもかかわらず、常識にとらわれず、自分自身の中で服で何が表現できるのか、というコンセプトを考え、ロジカルに服作りをしていた。
その人が、『ケイスケカンダ』というブランドのデザイナーであり、後に僕の師匠となった神田恵介さんでした」(森永氏)

「非日常」の衝撃がブランドを生んだ

彼に感銘を受け、同じ早稲田大学社会科学部に入学した森永氏は、ある日“衝撃的”な光景を目撃する。
当時、神田氏はとある場所でファッションショーを実施することになり、森永氏はショーのスタッフとして参加する。指定された場所はホールでも体育館でもなく、公共交通機関である電車の中。
「最初は、一体、何をするつもりなのか理解できていませんでした。ショーがスタートして電車が動きだすと、駅ごとに『ケイスケカンダ』の服を着用したモデルが乗車してくる。
そして、ランウェイを模した電車の通路をモデルがウォーキングしてくるんです。もちろん、一般のお客さんもいるなかで(笑)。
モデルが歩くと、まるでモーセが海を割ったかのように、人が避けて道ができていく。
公共の場なので、当然注意されるわけですけど、自分が毎日通学で使っていた“電車”の景色が全く異なるものに変容した景色を目の当たりにして、自分の中にこれまであった日常が変わった。
今思い出しても、かなりパンクな出来事でしたね(笑)」(森永氏)
その衝撃的な体験から、森永氏は自分の洋服を作り始める。トリガーとなったのは、先のファッションショーで「非日常」な瞬間に出合い、心の底から興奮したことだ。
一見凡庸な場所も、何かのスイッチを入れることで、スペシャルな場所に変わっていく。それを再現してみたい。では、それを実現するために、自分はどうすれば良いのか。
これが、「日常」と「非日常」を行き交う森永氏のブランド「アンリアレイジ」の原点となった。
初期の「アンリアレイジ」は、「手間」をかけることで、どのような価値が生まれるのか愚直に挑戦した。
「ブランドをスタートしたものの、当初はビジネスとして成り立つのかとても不安でした。そもそもバリューがない自分が、何を価値提供できるのか、と。
だから、最初は服1着を作るのに、誰が見ても“明らかに手の込んでいる仕事”とわかるくらい、異常に時間と手間をかけたデザインにしました。つまり、時間そのものを、そのまま価値に変換したんです。
最初は1着5〜10万円の価格帯で売っていたのですが、ある時に1着20万円の服を買ってくれた方がいました。
この時、自分が作ったものに、価値をつけて売るという行為に、面白さを覚えました。つまり、服作りには時間以上の、見えない価値(=付加価値)が生まれているということですよね。
他にない価値をもったモノを、作って売る。とてもシンプルですが、『これはすごいことだぞ』と思いました」(森永氏)

「パリコレ」で学んだクリエーションの源泉

日本のファッション業界で一定の評価を得たのち、2014年秋、「アンリアレイジ」は満を持してパリコレに参加する。
とはいえ、歴史あるメゾンブランドを凌駕するのは現時点では難しい。森永氏が考えたのは、ファッション業界では珍しいテクノロジーとの融合だった。
「造形、テキスタイル、アトリエの技術。これらは伝統的なメゾンに到底かなわない。
では、自分たちの武器は何かと考えたときに、アウトプットされる服そのものよりも、服の“表現方法”を変えて勝負しようと考えたんです。
その一つとしてテクノロジーに向き合い、服を作っていこうと決めたのがパリでした。
そして、このテーマにおいて、最も『アンリアレイジ』として象徴的に表現できたのが『SHADOW(光)』というコレクションです。
これは、光と影によって人の視覚をいかに裏切るか、がテーマとなっています。
つまり人が見えているものを、どう揺るがすことができるのか。このような表現は、テクノロジーの力なくして実現できませんでした」(森永氏)
ブランド黎明期と現在で生まれた「手仕事」と「テクノロジー」という価値観。一見すると対極にあり、ともすれば矛盾をはらむような価値観を、森永氏はどのように捉えているのか。
「実は矛盾はしてないんですよね。ブランド名にも『REAL(現実)』と『UNREAL(非現実)』が入っているくらいですから(笑)。
『アンリアレイジ』のロゴはAとZを重ねています。AとZの距離はとても遠くにあるようで、実は背中合わせに隣り合う可能性もある。
対極にあるもの同士が交わる、その瞬間に生まれる“ファンタジー”を洋服でつくっていきたいのです。
対極の中心点に自分を置いていると、価値観が簡単に逆転してしまったり、揺らいでしまったり、それが重なったりすることがあります。
つまり『ニュートラル』な状態でいることが、自分のクリエーションそのものだし、そういうことをずっとやりたいと思っていた。だから、自分なりの日常と非日常を、さらに表現していきたい」(森永氏)

継続することが「クリエイティブ」そのもの

「最初、パリでは歓迎されていなかった」と森永氏は当時を振り返るが、コレクションを継続して続けていくうちに、外部からの見る目は変わっていった。
一見すると“芯がブレている”とも捉えられかねない、ニュートラルな状態の危うさを表現し続けることで、逆に評価につなげていったのだ。
「パリでは一定の価値観を継続し、見せ続けていれば、きちんと評価してくれる。
これまで、10シーズン続けたことで、憧れていたパリは非日常な状況から、憧れの先にある日常性をもった場所に変わりました。
見ている景色も変わり、パリに出てからグローバル企業とのコラボレーションも増えました。
多くの時間が必要でしたが、アンリアレイジとしてやりたかったことが少しずつ実現できています」(森永氏)
2017年には、アシックスの「オニツカタイガー」と「アンリアレイジ」とのコラボレーションスニーカー「アンリアレイジ モンテゼット」を発売した。
「自分のスタンスを、ただ継続する」。創造性を発揮するための軸が、ブレない姿勢にあるのだとしたら、そのマインドを保つために、どのようなことを実践しているのだろうか。
「自分の中でクリエーションを発揮する時、時間をわざわざ作って生み出そうという考えは全くありません。
というよりも、スケジュールは基本的に打ち合わせがみっちり入ってしまう。だから、隙間時間で思考するしかないんです。
新しく考えて、作るということは、僕にとって日常的なもの。思考を続けることでマインドを一定にしているため、考えている時間が一番リラックスできているというのが本音ですね」(森永氏)

思考時間、疲労軽減としての睡眠

自身が好きな思考時間で、挙げてもらった一例が入眠の前だ。
「身体的に疲れたからといって、アイデアを生み出すことに影響はありません。だから、就寝のために布団に入っても、色々と考えを巡らします。そして、いつの間にか寝てしまう(笑)。その時間は結構好きですね」(森永氏)
ただ、最近は思考時間としての睡眠だけでなく、身体的な疲労を軽減するための睡眠も重要視するようになってきた。
「正直、若い頃は睡眠時間が3時間もあれば十分でした。しかし、年齢が要因なのかもしれませんが、今は起床した時になかなか疲労が抜けていないのが現実です。
だからこそ、より睡眠の重要さを感じるようになってきています。今、自宅で西川のコンディショニングマットレス[エアー]を使っているのですが、これまでのような朝起きた時の倦怠感がない。
今でも短時間睡眠ではあるのですが、これを継続することで、より良いクリエーションにつながればいいな、と考えていますね」(森永氏)
(執筆:岡本尚之 編集:海達亮弥 撮影:玉村敬太 デザイン:黒田早希)