伝統からデジタルに進化する「マーケティング4.0」とは

2019/7/10
「マーケティングの神様」と称されるフィリップ・コトラー氏。デジタル化が進む中、新たなマーケティングのあり方を説いたのが、2016年に上辞した『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』だ。「マーケティング4.0」とはどういうことなのかを、2回にわたってひもとく。

顧客の自己実現を目指す「マーケティング4.0」

 コトラー氏はこれまでのマーケティングの進化を次のように定義している。
 マーケティング4.0の大前提として、コトラー氏は次のように語っている。
 “マーケティングはデジタル経済におけるカスタマー・ジャーニー(訳注 製品やサービスを知った顧客が購入・推奨に至るまでの道筋)の質の変化に適応する必要があるということだ。マーケターの役割は、認知(awareness)から最終的に推奨(advocacy)に至るまで、カスタマー・ジャーニーの間中、顧客の道案内をすることである。”──『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』(朝日新聞出版)より(以下、同)

オフラインはデジタル時代の強力な武器

 モバイル・インターネット、知識労働の自動化、IoT、クラウド技術、先進型ロボット、3D印刷などのデジタル技術は、複数が融合することで、影響力を拡大。デジタル・イノベーションを巻き起こしてきた。
 “なかでもモバイル・インターネットはピア・ツー・ピア(対等な者どうし)の接続性をもたらし、顧客にパワーを与えて、それまでより遥かに情報に通じた賢い顧客にしている。”
 デジタル経済が進化する中で、顧客は“自己実現”と“他者への共感”を同時に求めるようになっている。そこで必要になってくるのが、「マーケティング4.0」だ。
 “マーケティング4.0とは、企業と顧客のオンライン交流とオフライン交流を一体化させるマーケティング・アプローチである。デジタル経済では、デジタルの交流だけでは不十分だ。それどころか、ますますオンライン化している世界で、オフラインの触れ合いは強力な差別化要因になる。”
 さらに、ブランドにはより柔軟性が必要になってくる。同時に、本物の個性を持っていることがかつてないほど重要になっているのだ。
 “マーケティング4.0は、マシン・ツー・マシンの接続性と人工知能(AI)を利用してマーケティングの生産性を向上させ、同時に人間と人間のふれあいを利用して顧客エンゲージメントを強化しようとする。”
 「マーケティング4.0」を理解する上で重要なのが、これまでの伝統的なマーケティングから、デジタル・マーケティングへの変化だ。具体的にどんな変化が起きているのかを整理してみよう。

企業と顧客は縦から横の関係性に

 伝統的なマーケティングのブランド戦略は、最初にセグメンテーションを行い、次にターゲティングをする。しかし、これはブランドから顧客への一方的な「縦の関係性」であり、いまでは顧客の多くがこのマーケティングを迷惑であると感じているだろう。
 デジタル経済では、消費者はソーシャル・メディアなどを通じて横のネットワークで互いにつながり、消費者自身が定めたセグメントのネットワーク・コミュニティが成立している。企業が顧客を獲得するために消費者コミュニティと関わるには、消費者からのパーミッション(許可)を得る必要がある。
 “パーミッションを求めるとき、ブランドは餌をぶら下げたハンターとしてではなく、力になりたいと心から思っている友達として行動しなければならない。フェイスブックの仕組みと同じく、友達申請を「承認する」か「却下する」かの決定権は顧客が握っている。これはブランドと客の横の関係をはっきり示している。”

ブランド・ポジショニングと差別化だけでは不十分

 ブランドとは、競合他社と区別するためのイメージ(名称、ロゴ、キャッチコピーなど)で、企業が提供する顧客体験の象徴でもある。企業活動のすべてがブランドである、といっても過言ではない。ブランド戦略は企業戦略の中心といえるだろう。
 “ブランドの概念は、ブランド・ポジショニングと密接に関連している。1980年代以降、ブランド・ポジショニングは顧客のマインドを獲得するための戦いとしてとらえられてきた。強力なエクイティ(資産価値)を確立するためには、ブランドは明確で一貫性のあるポジショニングと、そのポジショニングを支える本物の差別化要因を備えていなければならない。”
 デジタル経済は、このブランド戦略にも変化をもたらしている。顧客はソーシャル・メディアの普及で、ブランドのポジショニングを簡単に評価できるようになっている。それはつまり、客観性のないブランド・ポジショニングは通用しない、ということだ。ブランド・ポジショニングを構築する上でも、顧客からのコンセンサスがなくてはならないものになっている。
 “ブランドのアイデンティティとポジショニングを繰り返し伝えつづけることは、伝統的マーケティングでは重要な成功要因だったが、今日では十分ではないかもしれない。破壊的技術、製品ライフサイクルの縮小、めまぐるしく変わるトレンドを考えると、ブランドは特定の状況で特定の行動ができるだけの柔軟性を備えていなければならない。”
 同時に、顧客の意向に振り回されるのではなく、ブランド自身が一貫した、変わらない「個性と規範」を持ち続けることも重要だ。
 “個性はブランドの存在理由である。ブランドの中核部分がそのルーツに忠実でありつづけるとき、外側のイメージは柔軟に変化しても構わない。”
 例えば、MTVやグーグルは何度もロゴを変えているが、ロゴを変えることで「変わらぬ個性と柔軟性を併せ持つブランド」という認知を得ることに成功している。

マーケティング・ミックスは4Pから4Cへ

 マーケティングを考える上で重要になってくるのが「マーケティング・ミックス」だ。マーケティング・ミックスとは、「顧客に何を、どう提供するか」を考える設計のことをいう。これまでは製品(Product)・価格(Price)・流通(Place)・プロモーション(Promotion)の【4P】が、マーケティング・ミックスの基本的な枠組みとされてきた。
 しかし、コトラー氏は、マーケティング・ミックスは【4P】から【4C】の時代になったと語る。
 【4C】とは、共創(co-creation)・通貨(currency)・共同活性化(communal activation)・カンバセーション(conversation)を指す。
 “接続されたマーケティング・ミックス(4C)に切り替えることで、企業がデジタル世界で生き残れる可能性は高くなる。”
 デジタル経済では共創から新しい製品が開発され、価格は市場の需要で変動する通貨のようなものとなる。販売チャネルも多様化し、エアビーアンドビーやウーバーなどのピア・ツー・ピアが台頭。他者が所有する製品やサービスをすぐに簡単に利用できるようになっている。これが接続された世界での共同活性化である。
 プロモーションにおいても企業からの一方的なメッセージではなく、顧客が企業メッセージに返信をしたり、顧客同士で企業のメッセージに関する会話も成立。そのためのプラットフォームもある。
 これまでは顧客はプロモーションの受け手でしかなかったが、接続された世界では、企業・顧客の両方が能動的に製品やサービスの価値の決定に関わっていくことになるのだ。

伝統とデジタルを統合したマーケティング

 伝統的マーケティングからデジタル・マーケティングへの変化について説明してきた。
 コトラー氏は“デジタル・マーケティングは、伝統的マーケティングにとって代わるべきではない。この二つのアプローチは、カスタマー・ジャーニーの全行程にわたって、役割を交代しながら共存すべきものだ。”と、その両者を組み合わせることが必要だと語る。
伝統的マーケティングは、企業と顧客の関係がスタートするときに有効であり、その関係性が親密になってからはデジタル・マーケティングが効果を発揮する。この2つが両立することで、最終目標である「顧客の推奨を勝ち取る」ことができる。
ロイヤル・カスタマーを生むカスタマー・ジャーニー
(編集:久川桃子 デザイン:堤香菜)