【石川善樹】レッドオーシャンを「ブルー」に変える思考法

2019/7/11

ディテールとビッグピクチャーから見えるもの

── 石川さんは、人間がどのようにイノベーションを起こしてきたと思いますか。
石川 いきなり大きな問いですね(笑)。もちろん、細かく見るといろんなイノベーションの起こし方があると思いますが、僕たち科学者の基本は「測定」です。測定することでデータ(Data)を取得し、そこから知識(Knowledge)を取り出し、政策や技術などの革新(Innovation)につなげていく。この「データ→ナレッジ→イノベーション」という流れを加速させることで、人類は進化してきたと考えています。
 たとえば、太陽の動きを利用した「日時計」では、測定できる時間はざっくりとしたものになります。それが「振り子時計」になると、より正確に時間のデータが取れるようになります。その結果、経度がわかるようになりました。
── それはどうしてですか?
 航海に出たとき、出発地点と海上での時刻の差から経度を計算できるからです。緯度は北極星から求められます。だから振り子時計を使って経度がわかると、海上のどこにいるのかがわかるようになったんです。そしてこのナレッジが、大航海時代というイノベーションを生み出し、さまざまな人や物が世界中を行き来できるようになったわけです。
 その時計がより精度の高いクオーツや原子時計になり、同じようなイノベーションが起こってきました。原子時計は、原子の振動数で時間を測ります。このデータからどういうナレッジが取り出せるかというと、リアルタイムで位置を求められるようになるんです。さらにこのナレッジによってGPSという大イノベーションが起きました。言うまでもなく、GPSがなければカーナビもUberも存在しないですからね。
── 時間を正確に測れるようになることが、移動のイノベーションにつながったんですね。
 そうです。これらは、データの精度を高めていくイノベーションの例で、僕の言葉でいえば、「ディテール型のイノベーション」ということになります。ディテールを突き詰めることで、とんでもないイノベーションを生み出していくわけです。
 それに対して、「ビッグピクチャー型のイノベーション」もあります。こちらは物事を巨視的に見ていきます。たとえば、なぜ時間や空間が生まれたかというと、138億年前に宇宙が誕生したからです。そして46億年前に地球が誕生したことで、「1日」という単位もできた。地球が回っているから1日があるわけですよね。
 ただ、実は、地球はずっと同じ速度で回転しているわけじゃないんです。微妙に遅くなっていくので、何年かに1回、うるう秒が加算されています。そこから何がわかるかというと、およそ1億8000万年後には、うるう秒がどんどん加算されて、1日が25時間になるんです。そうなったら、時計にもイノベーションが起こりますよね。
── 時計盤も変えなければいけないし。
 まさにそうで、1周すると25時間になるように、時計盤を変える必要が出てきます。それが一体どんなイノベーションにつながるかは現時点ではわかりません。もしかすると「やっぱり24時間がいいから地球の自転を速くしよう」と考える、イーロン・マスク的な人たちが出てくるかもしれません(笑)。ただ、こんなふうにビッグピクチャーから発想することで、「実はうるう秒が加算されているんだ」というナレッジが得られ、思いもよらないイノベーションにつなげていくというやり方があります。

空白が見つかる視座までジャンプする

── ディテールとビッグピクチャーでは、物の見方のスケール(尺度)が違いますよね。人によって得意な見方が分かれるんでしょうか。
 理想的には、「ディテール」と「ビッグピクチャー」を行ったり来たりすることでしょう。でもより難しいのは、「ビッグピクチャーで物事を見ること」だと思います。たとえば、新しい商品やサービスを開発する場合、自分たちの過去の商品や、競合商品との違いを考えようとするじゃないですか。
── どう差別化するか、とか。
 そうそう。大体そういう発想は、ディテールに目が向きがちになります。でもディテールを掘れば掘るほど、やり尽くされているように感じるんですね。じゃあどうすれば、ビッグピクチャーで捉えられるか。やや抽象的になりますが、たとえば同じように複雑で多様な現象も、視座の「軸」を変えることで、大きな空白地帯を見つけることができます。
 よく縦軸と横軸で、自社や他社の商品をマッピングしますよね。でもビールひとつとっても、昔と違ってこれほど多様な商品が次々に登場すると、上の図のようにやり尽くされているように思えてしまいます。でも下の図のように軸のとり方をちょっと変えると、「まったく手がついてないブルーオーシャンがある!」と発見することができます。これがビッグピクチャー型のイノベーションですね。
── なるほど、面白いですね。
 でも、面白いのはここからなんです。これまで散々いろんな物事を考えてきた結果、ビッグピクチャー型のイノベーションには、3段階あると思うようになりました。図にすると次のようになります。
 普通の人の目には、もう「やり尽くされている」ように思える事象でも、視座の「軸」を変えることで、ステージ1のように「右上空いてるなー」と捉えることもできるし、ステージ2のように「うお! 3象限がぽっかり空いてるじゃん!」とも捉えることができます。
 さらにすごいのはステージ3で、「実は今までやられていたことは点に過ぎなかった」と見抜くことができれば、もう後はイノベーションし放題です(笑)。

革新のために、何を「軸」に置くのか

── 石川さんの研究も、ビッグピクチャーの発想でやっているわけですか。
 そうですね。実際は「ビッグピクチャー」と「ディテール」を行ったり来たりしているわけですが、意識して訓練しているのは「ビッグピクチャー」です。たとえば、僕が研究者として最初に得たビッグピクチャーの話をさせてください。それが、ダイエット研究なんです。
 ダイエットって、2000年ぐらい研究され続けているので、もうやり尽くされているんですよ。そこで空いているエリアは何だろうかと考え、こういう軸を考えました。横の軸は「痩せる」と「痩せたまま」です。実はダイエット研究の9割9分9厘は、いかにして痩せるかをテーマとしていて、「痩せたまま」でいるにはどうしたらいいのかという研究はほとんどなかったんですね。まずこの軸を発見した時点で、かなり有頂天になりました(笑)。
 さらにもうひとつ発見したのが、何kg痩せたいのかという軸です。2~3kgなのか、10kg以上なのか。ダイエットの広告や宣伝を見ていると、10kg以上痩せられるようなケースが注目されますが、実はダイエット市場では、2~3kg痩せたいという層が最大のボリューム層なんです。
── ふたつの軸を重ねて、どういうことがわかったんですか。
 2~3kg「痩せる」ことを目指すなら、自分でやります。専門家は必要ありません。でも、10kg痩せたいなら、トレーナーつきのジムに行くしかない。10 kg痩せたままとなると、これはもう手術をするか、生まれ変わるかしかない(笑)。こう見ていくと、2~3 kg「痩せたまま」でいる方法がぽっかり空いていたんです。
── 2~3kgなら自分で痩せることはできるけれど、たしかに持続できないですね。
 そう。そこはみんな自信がないし、方法論もまったくなかった。だから僕は、2~3 kg痩せたままでいるための「理論」と「方法」を作りました。理論の話をすると連立微分方程式の話になるのでやめましょう(笑)。それより「方法」はわかりやすいと思います。
── それはどのようなものでしょうか?
「舌痩せ」です。要するに、味覚を変える。舌のトレーニングをして、油と糖にまみれた味覚を、「うま味」に慣らせていく。そうすると、2~3 kg痩せたままでいることができるわけです。より詳しくは拙著(『ノーリバウンド・ダイエット』法研)などをご覧いただければと思いますが、要はこうやってダイエット法のイノベーションができたことで、自分の中では大きな自信につながりました。ビッグピクチャーで物事を捉えるとはこういうことなのかと、実感できましたから。

自由な絵を描けるのは誰か

── どうすれば、ビッグピクチャーで物事を捉えられるようになるんでしょうか。
 日頃から訓練することが大事です。日常生活の中で目にするものについて、自分でさまざまな軸を作り、スケールを変えて構造化してみることだと思います。
── そうすると、いろんな軸やスケールの引き出しがあったほうがよさそうですね。
 もちろんそうです。たとえば、時間軸ひとつをとっても、100年、1万年、1億年では、マッピングは違ってきます。空間的にも、いろんな場所に行って、多様な経験をすると、それだけ発想できる軸は多くなりますよね。
 あと、ビッグピクチャーは素人のほうが捉えやすいということも知っておいていいかもしれません。専門家はどうしてもディテールに傾きやすいんです。
── たしかに門外漢のほうが、既存の価値観にとらわれずに、自由に発想できることがけっこうあります。
 だから、専門家と素人が組んだほうがビッグピクチャーを描きやすいんですよ。僕が企業の方と仕事を一緒にするようにしたのも、ビッグピクチャーのトレーニングになるからです。研究者である僕は、企業に行けば素人ですからね。
 歴史を振り返っても、専門集団だけではイノベーションって起きにくい。馬車の専門家は、鉄道を作れなかったし、インスタントカメラの会社は、デジタルカメラの有用性を見抜けなかった。ディテールは必要ですが、とらわれすぎると、大胆な発想がしにくくなってしまうんです。
── ビッグピクチャーになりやすい軸のとり方ってあるんでしょうか。
 これは僕の師匠の一人でもある、日本が世界に誇る天才イノベーター・濱口秀司さんの受け売りですが、「トレードオフ構造を見つけたらこっちのもの」なんです。トレードオフ構造というのは「あちらを立てればこちらが立たず」という関係ですね。
 たとえば、「アップデート」と「アップグレード」の間には、トレードオフ構造が存在していると考えられます。
── どういうことでしょうか?
 極めて乱暴に議論を単純化しますが、アップグレードはディテールを磨いて、「質」を高めることだとしましょう。たとえば和食をどんどん繊細な味にしていったり、映像の画質を高めていったりするのはアップグレードです。
 それに対して、アップデートは、ビッグピクチャーで捉える「新しさ」なんですね。たとえば、日本料理という枠組みでは、ケニア料理をマッピングすることはできない。世界の料理を大局的に見ることで、ケニア料理を位置づけることができるわけです。
── 質と新しさがトレードオフ構造になっているのですね。
 そうです。質と新しさはなかなか両立しないんですね。質を高めるだけでは、新しさを感じにくいし、新しすぎると質がわからない。日本人は、質の高い和食にあまり新しさを感じませんよね。逆にケニア料理は、新しいけど質があまりわからない。
 スケールをチェンジしていくと、大体このどちらかに進むわけです。日本は質を高めるアップグレードが好きですよね。逆にアメリカは、まったく新しいものを作りたがる。でも、破壊的イノベーションと呼ばれるものは、新しさと質を両立させたところに起こるんじゃないでしょうか。

石川善樹が取り組む「幸福」のスケールチェンジ

── 石川さんがイノベーションを起こしたいと思っている研究はなんでしょうか。
 「ウェルビーイング(幸福度や満足度)」の研究です。冒頭で述べましたが、「データ→ナレッジ→イノベーション」という流れを加速することで、今後も人類は進化していくと僕は信じています。その上で、ウェルビーイングのイノベーションこそ、22世紀に向けて求められるグランドチャレンジだと考えています。言うまでもなく、その基盤になるのは「データ」の取得です。
「ウェルビーイング」といった極めて主観的でしかないものをどうやって測定するのか? その基盤を作ったのがアメリカの世論研究者、ハドレー・カントリル博士。彼は人生をハシゴに見立て、一番上を10点(最高の人生)、一番下を0点(最低の人生)とした場合、自分は今どこにいると思うかを答えてもらったのです。
 この極めてシンプルな手法は、世界中どの民族であっても直観的に答えることができるので、今やウェルビーイングを測定する際のグローバル・スタンダードとなっています。しかし、僕はこの測定方法にふたつの決定的な問題があると考えています。
── どこに問題があるんですか?
 ひとつは、人生を「ハシゴ」に見立てるという考え方が、極めて西洋的であるということです。おそらくその原型は、旧約聖書の創世記に登場する「Jacobのハシゴ」にあり、上に行くほど天上に近づくという発想なのでしょう。しかし日本には「幸せすぎて怖い」という英語圏にはない発想があり、単にハシゴをのぼることをよしとしてきませんでした。
 むしろ日本人は、人生を「振り子」にたとえることが多いのではないでしょうか。
 日本人にとって、人生には良いことも悪いこともあり、「最高」よりは「ちょうどいい状態」が理想。同様に、アジアや中東、アフリカではそれぞれ独自の視点で人生を捉えているはずで、それは必ずしも「ハシゴ」のようなものではないでしょう。
 もうひとつの問題は「測定頻度」です。カントリル博士の考案した測定方法は、直接人に尋ねるというものです。しかし、人のウェルビーイングは動的なもので、1日の朝と夜ではまったく異なります。でも、カントリル博士の方法を採用して国連が発表している「World Happiness Report(世界幸福度ランキング)」は、たまたま調査を行った1年間のある時点のウェルビーイングしか捉えられていません。つまり測定のデジタル化が進んでいないのです。
 これらふたつの問題を同時に解決するため、僕たちは今、「ウェルビーイングの測定法」に変革を起こそうと狙っています。具体的には次のような試みです。
① カントリル博士の考案した「ハシゴ」ではない形でウェルビーイングを再定義する

②センサーやスマホなどを用いリアルタイムで世界170の国や地域でウェルビーイングを測定する
── 壮大な研究ですね。
 これから人生100年時代といわれ、みんな長命になっていきます。でも、経済的にはすごく成長しているのに、ウェルビーイングは変わらなくていいのか。予防医学者として、どうすれば人類はもっと幸福になれるのかを考えたい。
 想像してみてください。株価や天気と同様に、世界各地の人々のウェルビーイングがリアルタイムで把握できる時代が到来したら、そこからどれだけ多くの知識やイノベーションが生まれてくるでしょうか。夢物語のように思えますが、同様の想いを持つ仲間は意外に多く、今まさに国際的な動きとして仕掛けているところです。
 極めて地味な取り組みですが、これが僕たちにとってのグランドチャレンジです。この想いに共感してくださる仲間を増やし、挑戦の輪を広げていきたいです!
(取材・執筆:斎藤哲也 編集:宇野浩志 撮影:林和也 デザイン:砂田優花)