酒造りを変えた、出羽桜酒造と三菱ケミカルの挑戦

2019/10/3
長年吟醸酒を造り続け、日本に吟醸酒を定着させたのが、山形県天童市にある出羽桜酒造。創業130年になるこの酒蔵が、クリンスイの超軟水を使った酒造りに挑戦した。果たしてどのような酒が生まれたのか。酒造りと水の新たな可能性が見えてきた。
「挑戦と変革」「不易流行」──出羽桜の酒造りとは
杉玉が吊るされた出羽桜酒造の正面玄関からは、すっぽりと新緑に包まれた小高い舞鶴山が見える。
舞鶴山は毎年4月の桜の時期に、将棋のまち・天童市らしい伝統行事「人間将棋」が行われる市民憩いの場所だ。所々に見える淡い紫色は、ヤマフジの花が咲いているのだろう。
山形県天童市に出羽桜酒造を訪ねたのは、東北に美しい新緑が芽吹きはじめた5月半ば。出羽桜酒造は明治25(1892)年の創業。全国新酒鑑評会で12年連続金賞を受賞するなど、安定した高評価を獲得している酒蔵だ。
特に「出羽桜といえば桜花吟醸」といわれる桜花吟醸酒は、フルーティーな香りとのど越しのよさが自慢。「地酒人気銘柄ランキング」の吟醸酒部門で12年連続1位となるなど、地元のみならず全国にもファンを広げる同社の看板商品となっている。
創業以来130年近いと聞けば、歴史の重みを感じるところだが、
「いえいえ、日本酒メーカーには400~500年前から酒を造っています、というところがざらにありますから、うちなんかまだまだ若いほうなんです」と社長の仲野益美さんは謙遜する。
「ですからうちは、いろいろな挑戦をしながら酒造りをしています。わが社の経営理念は『挑戦と変革』『不易流行』。新しいことに挑戦することで、気づきを得て、成長したいと思っています」
超軟水で酒を仕込む
今回の出羽桜酒造の新しい挑戦、それはクリンスイの超軟水を仕込水に使って日本酒を造ることだ。
日本酒の原料は米、酵母、それに水。特に水の果たす役割は大きく、日本酒では水が約8割を占めるという。
クリンスイ超軟水での酒造りを実際に担当した製造部チームリーダーの佐藤陽介さんが説明する。
「日本酒を造る際に使う水は、使用する米の量の50倍必要だといわれています。例えば2500キロの米を仕込む場合、使う水は125トンにもなる計算です。
米をとぎ、浸ける水、機器類を洗浄する水も必要ですが、なんといっても仕込水の水質が重要で、この水が酒のおいしさを決めるといってもいい。
水は酒造りの一番大切なポイントなのです。今回、この仕込水にクリンスイを使う新たな酒造りに挑戦しました」
クリンスイではこれまでも日本酒や焼酎メーカーにクリンスイの超軟水を提供して、コラボレーションを実現させている。今回はどのような日本酒が生まれるのだろうか。
脱気装置を共同で開発
じつは出羽桜酒造とクリンスイが所属する三菱ケミカルとのお付き合いは、今から20年前にさかのぼる。
その頃、吟醸生酒の販売量が伸びていくなかで問題となったのが、酒を貯蔵する間に発生する「生ヒネ臭」だった。
しぼりたての日本酒には、微量の炭酸ガスや窒素、酸素などが含まれていて、それが新酒のピリピリしたフレッシュさを生むのだが、そのまま置いておくと酒は変化し、どうしても生ヒネ臭と呼ばれる劣化臭が発生してしまう。
「冬に造った酒をいい状態をキープしたまま貯蔵するには、酒から酸素を抜き、酸化を防げばよいのではないかと考えられた出羽桜酒造さんから相談を受け、当時の三菱レイヨン、三菱レイヨン・エンジニアリングが『膜脱気装置』の開発に取り掛かりました」
現三菱ケミカルアクア・ソリューションズで代表取締役専務執行役員を務める金子宏志氏がそう説明する。
三菱ケミカルアクア・ソリューションズ 代表取締役専務執行役員の金子宏志氏
「それまではタンクに入れた酒をマイナス5度で保存していましたが、それでも酸化が進み、生ヒネ臭が発生していました。
ですが三菱ケミカルさんの膜脱気の技術で酸素を抜くと、生酒のフレッシュさがキープされ、いつでもベストな状態で出羽桜を届けられるようになったのです。この技術はわが社に大きな可能性を広げてくれました」と仲野社長。
この「脱気装置」を通して三菱ケミカルと生まれた信頼関係が、今回の超軟水クリンスイを使った酒造りの挑戦につながった。
11月末にクリンスイの超軟水で仕込んだ「もろみ」を搾り、濾過と脱酸素処理の後、低温熟成しておく
「面倒な水」での仕込みに挑戦
水には「硬水」と「軟水」があることはご存じだろう。カルシウムやマグネシウムといったミネラル分が多いのが硬水、ミネラル分が少ないのが軟水である。江戸時代に発見された灘の「宮水」は硬水で、当時の酒造りには硬水がよいとされていた。
出羽桜ではふだん、2種類の水を使って酒造りをしている。天童市の「本社蔵」は軟水の地下水、山形市の「山形蔵」は硬水の地下水だ。
仲野社長によれば、軟水で仕込んだ「本社蔵」の酒は口あたりがやわらかで、米本来のうまみが出た酒になるという。軟水は酵母の生育が穏やかで、低温でゆっくりと発酵するため、やわらかく軽い味わいになるからだ。
反対にミネラル分が多い「山形蔵」の硬水は、酵母の生育が活発になり、その結果しっかりしたボディ感のある酒になる。出羽桜酒造ではこの2種をブレンドして香りや味を調整し、さまざまな商品を世に送り出している。
「もちろん普段から軟水での酒造りをしていますから経験値はありますが、クリンスイの場合はミネラル分が1%も含まれない超軟水、酒屋にとっては面倒な水ですよね(笑)。
でも、そんな水で仕込んだ酒を味わってみたい、どんな酒になるのかなという期待感がいっぱいでした」
濾過中は酒の温度がマイナスのため、酒に触れる部分は氷結している
意外な酒、驚きの酒
酒造りを任された製造部の佐藤さんは、この水では酵母の育成にダメージがあるのではないかと考え、そのために2つの工夫をしたという。
「酵母の育成を助けるために、もろみの発酵過程で、最初にある程度急激に温度を上げる『前急型(ぜんきゅうがた)』を採用しました。さらに、米を締めました」
「米を締める」というのは、米に吸わせる水を通常よりやや少なめにし、米を硬めに蒸し上げることだという。通常の吸水率が130%なら、それを125%におさえる。そういう微細な手加減、さじ加減を繰り返しながら、酒造りは進められた。
その結果、大方の予想に反した酒が生まれた。
「面白いことに、キレのいい辛めの酒が生まれたのです。しかも、出羽桜らしいフルーツ系のふくよかな吟醸香も出ていますし、酒米・出羽燦々のうまみも十分に生きています。これは意外、うれしい誤算でした」と仲野社長は破顔した。
辛口の酒になったということは、糖が最後までアルコールに変わったということ。つまり米と水、その双方が製造過程で存分に力を発揮したのだ。
出羽桜 純米吟醸酒 Cleansui仕込み(瓶火入れ)/原料米:山形県産米「出羽燦々」100% 使用酵母:山形酵母 精米歩合:50% アルコール分:15% 日本酒度:+5 酸度:1.5 
水から酒造りの可能性が広がる
日本酒をつくるための酒米(酒造好適米)には、さまざまな種類がある。山形県だけでも出羽燦々、出羽の里、雪女神といった酒造好適米が育てられ、酒蔵は日本各地から米を取り寄せて試すことも容易だ。
だが、「水の選択肢は限られている」と仲野社長は言う。
「酒造りには水が大切だという認識はありながら、これまでいつもの水をあたり前のように使っていました。酒造りにおいて水を変えることは、酒質を変えること。そこにはもちろん不安もあります。
でも今回の挑戦で、水の新たな可能性を感じました。水を変えることが、未知の日本酒の誕生につながるかもしれません。この挑戦で、酒の可能性が広がりましたね」
そう語る仲野社長だが、「もちろんなくしてはいけないところもあります。変えてはいけないところ、それは出羽桜らしさです。そこは守りながら、変化するための選択肢として、水は非常に重要な役目を担う。そんな気がしています」と明確だ。
酒米の育苗にも
この「出羽桜 純米吟醸酒 Cleansui仕込み」は、クリンスイが東京・表参道で運営している「MIZU café PRODUCED BY Cleansui」で提供された。
他の酒と飲み比べをしたお客さんには、「やわらかなタイプが多い出羽桜の中で、この酒はキレがいい、おいしい!」と好評だった。淡麗でキレがあるので、食事をしながらいただくのにぴったりだという意見も多かった。
「じつは酒米の育苗段階でクリンスイの水を使ったところ、分げつが多く、実のなりがいい稲に育ったという実験結果が出ています。茎も太く、根の張りもいい稲になったそうです(※)。
これはまた新たな可能性が開かれたのではないでしょうか。来年度は農家さんとともに、クリンスイを使った育苗にも挑戦してみたいですね」(仲野社長)
水と日本酒の可能性を広げる出羽桜酒造と三菱ケミカルの挑戦は、まだまだ続きそうだ。
「苗清水」として三菱ケミカルアグリドリーム株式会社より商品化され、2020年に本格販売される。
(執筆:武田ちよこ 編集:奈良岡崇子 撮影:大畑陽子 デザイン:砂田優花)