若手選手が行きたがる、湘南ベルマーレのすごいマネジメント術

2019/6/25
Jリーグの1部で予算規模が下位にありながら、球際の激しさや攻守の切り替えの早さなど観客を魅了して戦う「湘南スタイル」という独自の方法論で、強豪と互角に渡り合う湘南ベルマーレ。
ハードな練習で知られる一方、「成長できるクラブ」と加入を望む若手は少なくない。
そんな環境を作り上げているのが、監督就任8年目の曺貴裁(チョウ・キジェ)だ。
「選手たちが言い合える環境を作っているのがこのチームのすごさだと思うし、曺さんという指導者だと思います」
2018年に浦和レッズから加入して以降、ハイパフォーマンスを維持するMF梅崎司は以前、NewsPicksのインタビューにそう話した。
若手が伸び、梅崎のようなベテラン(32歳)が輝きを取り戻せるような環境を、曺監督は果たしてどうやって作っているのか。
「僕は少数派で、絶滅種のようなことをよく言われます」
独自の方法論で部下(選手や職員)を伸ばす、マネジメント術に迫る。

「選手の成長」と「勝利」が両輪

──ベルマーレはJ1で予算規模が他クラブと比べて小さいですが(2017年の営業収益でトップの浦和は79.71億円、当時J2の湘南は15.66億円)、曺監督は著書『指揮官の流儀』で「『予算が限られたチーム状況』と『湘南スタイル』は相反するようで、車の両輪のように密接にリンクしている」と書いていたのはどういうことですか。
曺 チームとして強くなろうと思ったら、「限られた予算の中でやる」というスタイルだけでは限界があると思います。
理想的な姿は、チームの予算が毎年増えて、チームの成績も右肩上がりになること。
サッカーは勝ちか負けか引き分けしかない中で、思うように行かない年が絶対にないとは言い切れない。逆に予算がないから、絶対勝てないというスポーツでもない。
関東地域にこれだけJリーグのクラブがある中で(※J1は18チーム中6チームが関東に本拠地)、うちのクラブを見た人や関わった人に「湘南ベルマーレはこういうサッカーをするチームだ」とわかりやすく伝わったほうが、賛同してくれる人、ベルマーレでやりたいと思ってくれる選手や職員が増えていくと思っています。
自分たちのサッカー観の中だけで完結するのではなく、サッカーを通じて社会そのものや、人々の考え方を変えていく、巻き込んでいくという大枠に進んでいかないと、チームの予算も増えないし、チームも強くならないと思いました。
サッカー面だけでは語れない、もっと本質的なものを求めるということです。
人が組織で生きていく中で、何が居心地が良くて、どうすれば子どもの顔が大人になっていくのか。そのプロセスを選手にも、周りにも理解してもらえて、それがチームの力となっていく。
だから選手を育てることと、勝利が両輪で動いていくことが、湘南スタイルをつかさどる基本です。
それはサッカーだけでなく、サッカー以外のものが実は大事だったりする。サッカーに対する考え方を通じて、そういうものが大切になっていくのがこのスタイルの基本です。
予算の少ないクラブがやるべきスタイルとかでは決してなく、世界のサッカーの流れを見てもそうなってきていると思って、僕はこのチームを率いているつもりです。
曺貴裁(チョウ・キジェ)プロサッカー監督。1969年京都府生まれ。現役時代は浦和レッズなどでプレー。ドイツで指導者として学び、各年代のコーチを経て2012年、湘南ベルマーレの監督就任。昨季ルヴァン杯を制した
──「選手の成長と勝つことが両輪」というのは、選手が成長するから勝つのでしょうし、勝たないと成長もないということですか。
実際にプレーしている選手が、勝敗にかかわらずに自分がやるべきことをやった結果、それに伴う感情に毎回向き合って次に進むことを続けていかないと、本物の力になっていかないと思います。
監督に言われたことだけを忠実にこなして勝っていく試合をしたら、極端な話、次の試合は選手だけで勝てる試合をできるようにならないといけない。
でも、そんなことは実際にあり得ないから、50:50のバランスでいつも推移していかないといけない。
ときには70:30になるときも、30:70になるときもあるけど、個人と組織のどっちが上で、一方のために一方を殺すのではなく、どっちも上がっていけるような実感を選手が持っていかないといけないし、そうでないと心の充実感も得られないと思います。