なぜ建設業界では「腕の良い職人ほど儲からない」のか

2019/6/28
 建設業界は今、活況だ。東京オリンピック・パラリンピックに伴う建設需要はもちろん、高度経済成長期に整備されたインフラ設備も、軒並み修繕の時期に差し掛かっているからだ。

 だが、その好景気の恩恵を受けているのは大手ゼネコンばかり。状況は改善しつつあるものの、下請企業では苦しい状況が続いている。

 52兆円規模の巨大産業でありながら、その実態があまり知られぬ建設業界。業界が二極化してしまう理由は、何なのだろうか。下請企業まで利益を行き渡らせるべく、挑戦を続けるベンチャー企業TRECONの、毛利正幸代表に話を聞いた。

全体の3%しか儲からない下請構造

── 2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開かれるなど、建設業界には追い風が吹いているように見えます。
 業界自体は好調です。大手総合建設会社のほとんどは、過去最高益を更新しています。市場規模もここ数年は約52兆円で推移。実は業界の労働人口は約500万人で、医療・介護業界と肩を並べる、巨大な市場規模なのです。
 ですが、仕事の引き合いは多い一方で、業界が様々な問題を抱えているのも事実です。そのうちの1つが、下請企業の利益率の低さ。実は、最高益を更新している大手は、全体の3%に過ぎません。
 業界の97%を占める下請企業・工事現場の職人と、大手企業の間には、大きな二極化構造があり、好景気の恩恵が業界の隅々まで行き渡っていないのです。
 この二極化を理解するためには、建設業界の構造を知る必要があります。オフィスビル建設の案件を仮定して考えてみましょう。
 発注元(施主)から案件を受注するのは、ゼネコンと呼ばれる大手の総合建設会社です。ゼネコンは、プロジェクト全体のリーダー役で、下請企業への指示や、現場の安全管理、スケジュール管理などを行います。
 ゼネコンから発注を受け、建物以外のインフラ設備を管理する会社を、サブコンと呼びます。
 サブコンの下には、専門領域に特化し、実際の工事を行う施工会社や設備会社、そして個人事業主として工事を行う職人まで、何重にも下請構造が続いています。
── 多重な下請構造が、なぜ利益率の二極化につながるのですか。
 複雑すぎる多重構造により、職人が出した成果の把握や、人員の管理もおろそかになる。結果的に、利益が真っ当に配分されにくい仕組みになっているのです。
 たとえば、このオフィスビルの施工の一部を、ゼネコンが下請企業に依頼するとしましょう。下請企業は本来、材料費や人件費をあらかじめ計算して、その上で利益を出せる金額を、見積もりとして提案するはずですよね。
 ですが、ゼネコンが仕事を発注するのは、一番安い見積もりを提示した下請企業。数社に見積もりを提示させ、一番安い金額に揃えさせる、といった不健全な商習慣があるのも事実です。
 下請企業に、交渉の余地はほとんどありません。情報も少ない中、コストに見合わない安い見積もりを提示して、仕事を請け負ってしまうケースが多いんです。
写真:lamontak590623/ Getty Images
 職人のスキルが適正に評価されてこなかった背景もあります。業界の慣習として、10年のベテラン職人も、働き始めたばかりの新米職人も、国が示す労務単価基準は同じだったのです。
 その前提に立つと、仕事が速い職人は、短い時間で仕事を終えられる。結果的に、腕の良い職人ほど安く見積もりを提示し、安価に仕事を請け負ってしまうという悪循環が起こりやすいのです。
 この悪循環については、国土交通省が職人の就労環境の抜本的な改善を目指して、「建設キャリアアップシステム」の運用に本格的に取り組んでいます。これは、職人がスキルやキャリアを登録することで、適正に評価され、報酬を得られるようにする制度です。
 業界課題の2つ目は、労働力不足。きつい、汚い、危険を示す「3K」の職場とされてきたこともあり、そもそも「なり手」が少ない。実際、建設業界では他の産業と比較して労働時間は19%多い一方で、年間総賃金額は同じく19%少ないというデータがあります。
 3つ目の課題は、IT化の遅れによる生産性の低さです。これは、業界のカルチャーも大きく影響しています。
 誤解を恐れずに言うと、建設業者は視野が狭くなりやすいと思うんです。布で囲われた建設現場の風景は、みなさんも見たことがあると思いますが、あの仮囲いの中って、もう別世界なんですよ。
 現場の責任者が全作業員の安全の責任を持たされているため、絶対の力を持っていて、独自のルールが必ずある。他の業種との関わりがないその世界で働いていると、少なからず世の中の潮流から取り残されてしまうんです。

きっかけは「夜の盗み聞き」

── 毛利さんは、建設業界の情報を“見える化”するシステム「建設タウン」を立ち上げました。業界の課題解決を志したきっかけは、何だったのでしょうか。
 実は私の父が、建設会社を経営していたんです。最大で100人ほどの社員を抱える、いわゆるサブコン。でも若い頃は全く業界には興味がなく、大学卒業後はイベント会社に勤めました。
 それがある日、たまたま夜眠れずにいると、父と母が深刻に話し合っている声が聞こえてきて。「会社の業績が悪化し、危機的な状況にある」という衝撃的な会話を聞いてしまったのです。
 そんな状況に気づかなかった自分が恥ずかしく、迷うことなく父の会社に入りました。入社から間もなく、専門家に依頼して経営状況の分析もスタート。客観的に会社の経営を見ると、いよいよ危機的な状況であることが分かりました。今から15年ほど前ですね。
 入社当時は、建設業界の知識はほとんどなかった。ですので、まずは見積積算や資材の発注、続いて工事現場の実作業から設計図作成まで、自ら勉強して何でもやりました。その中で、非効率な事務作業が多いことにも気づき、組織戦略、社内ツールの整理など、経営改善につながることも片端からやりました。
 その矢先、Office 2008がリリース。それが原因で、当時の基幹システムに、多くの不具合が発生してしまいました。職場がトラブルだらけになり、システムをゼロから構築する事態になったのです。
 我が家は三兄弟で、弟は同じ会社に勤めていたのですが、兄は別のシステム会社を経営していました。兄に相談して、独自の社内管理システムを作ってもらったのが、実は「建設タウン」の始まりなんです。
写真:Yok46233042/ Getty Images
── その「建設タウン」をサービスとして販売したのは、どのような経緯だったのでしょうか。
 当初は、自社でやるべきことを純粋に実現するために、経理や日報管理などの社内システム、施工管理や作業員管理といった現場関連のシステムを、順々に整えていきました。
 そんなとき、同業の経営者に話を聞いてみると「情報は管理したいが、最適なシステムがない」と、同じような課題を抱えていた。「建設業の中小事業者に特化したシステムの需要があるのでは」と気づき、もっと汎用的に使えるシステムに作り直すことを決めました。
 1年半前には、導入費用が1500万円もの大金なのに「お金はすぐ払うから、今すぐ導入したい」と言ってくれる会社が現れ、初めて他社への導入を実現。そこから改良を重ね、「建設タウン」の発売にこぎつけたんです。

あえて「アナログ」なシステム

── 建設タウンを導入すると、どのようなメリットがあるのでしょうか。
 建設市場の情報を、プラットフォームで共有できます。現場の受発注、請求入金から、現場の出面や作業員の管理、資材の手配など、バラバラだった業務に関する全ての情報を、タイムリーに一元管理できます。
建設タウンのトップUI画面。
 正直、建設現場には「情報管理」という概念が浸透しておらず、トラブルだらけなんです。仕様書を確認せずに材料を発注して、サイズが違うものが届き、別の職人が気づかず取り付けて、仕上がった後にまた発注し直す……というミスが、毎日起きている。
 何十人、何百人もの職人が現場に毎日出入りしているので、行き違いが起きやすいんです。どの資材が正しいのか、いつ現場に入るのかを記録して、関係者に見える状態にしておくだけでも、トラブルの削減に大きく寄与できるんですよ。
 建設タウンの中には、「Gembastation(現場ステーション)」という、建設現場・業者情報が分かるプラットフォームも搭載しています。
 今どこでどのような工事が行われているのかが、地図上で一目で分かる仕様です。利用者は、特定の現場に携わっている元請や工期など、その現場の詳細情報をすぐに調べることができます。
現場ステーションのUI画面。
── 工事現場の情報が分からないと、どんな問題が起きるのですか。
 京都の職人が、大阪に行って工事をする、といったことが起きます。これは、もっと近くに現場があることを知らないから、「仕事がないよりはマシだ」と考えて、遠方の仕事でも引き受けてしまうためです。
 また、多くの案件の存在を知れば、仕事がない不安に駆られて不本意な価格で仕事を請けることも減りますし、適切な価格交渉に臨めるようになる。現場の仕事量を可視化したチャートも、下請企業が健全な取引をするための情報元になると思います。
── スマホ版もありますね。
 スマホ用のアプリは、現場で働く職人さん向けに特化した機能を持つツールです。これまで紙や電話で行っていた作業員の日報や報告、手配などを、アプリ上で簡単に管理できます。
 人が足りない建設現場を抱える会社と、仕事を探している会社のマッチングもできます。現場で人が足りない場合には、アプリ上で専門職種別に職人の募集をかけることができ、職人は条件に納得すれば応募します。
 業界全体で人手が足りない中、最適な能力に合わせた人員配置や、適正価格の周知・教育に貢献できると思っています。
 もう一点、「建設タウン」の特徴は、あえて「アナログ連携」を残したこと。この手のシステムを開発するなら、完全なデジタル化にこだわる路線もあると思います。
 ですが、実際の建設現場では、FAXや日報、図面など、まだまだ紙の情報が多く行き交っていて、その慣習は一朝一夕では変わらない。ですから私たちのシステムでは、あえてアナログ要素を残し、紙の書類をPDFや写真にして保管する機能を充実させているんです。

職人が減っても成り立つ仕組みを

── 外国人労働者を受け入れる国の方針は、建築業界にとって大きな変化ですよね。どう受け止めていますか。
 正直なところ、外国人労働者だけでは、建設業界の職人不足を補えるとは思いません。これまで活躍してきた団塊世代の方の引退を考慮すると、圧倒的に数が足りない。
 これから5年間で建設業界に入ってくる外国人の見込みは、約4万人。建設業界で働く人全体の、1%に過ぎません。
 ですから並行して、建設業界の就労者数が仮に500万人から300万人に減ったとしても成り立つ仕組み作りが必要です。建設業界は国民の生活インフラそのもの。そのためには、より抜本的なIT活用を進めていくことが不可欠なのです。
── 毛利さん自身は、建設業界をどのように変えていきたいですか。
 建設業界の仕事をより効率化・最適化して、もっと明るい健全な業界にしていきたい。そう思うのは、イベント会社で働いていた経験によるところも大きいんです。
 イベントを実施する場合は、まず企画して、専門家を集めて、マニュアルや台本を作って、会場を設営して……という手順で進めていきます。建設現場も、設計図を書いて、申請が通れば、元請が決まり、外注や資材を手配して、組み立てて……とプロセスは同じ。イベントの企画と建物の建設って、実はそっくりなんですよ。
 ただその手法やカルチャーには、大きな違いがある。たとえばイベントでは、出演してもらうタレントさんは、ものすごく吟味して選びますし、お支払いする金額もタレントさんごとに全く違う。
 一方、建設現場では、スキルをあまり気にせずに職人をアサインし、誰に依頼しても価格は同じ。そもそも、イベント会場はキラキラして楽しそうなのに、工事現場は何だか辛そうなイメージですよね(苦笑)。
 こういった建設業界の不合理や非効率を減らし、多くの人が働きたいと思える職場環境にしていきたい。その実現に向けて、「建設タウン」を中小建設事業者に浸透させ、技能に見合った適正な給料をもらえることで、若者が他の業界から進んで来たいと思える建設業界にする。それが、当面の目標ですね。
(取材・編集:金井明日香、構成:杉山忠義、撮影:露木聡子、デザイン:すなだゆか)