【桜木建二】日本の「学び」と「教育」が変わる
コメント
注目のコメント
時代が変わろうとするときに学びも変わってきたことが分かります。多種多様な日本文化が生まれた江戸時代、西洋文化を取り入れた明治時代。逆に安定した時代や停滞していた時代からはあまり新しい学び方は生まれてこなかったようにも感じます。
情報量が一気に増し、個人の多様化が一気に進む現代において、暗記中心の一律教育が限界になるのは当然だということが歴史と照らし合わせるとよく分かりますね。思ったよりも「学び」のプロパガンダみたいな記事で
ちょっと食傷気味です。笑
「学びを得る」、「インサイトがある」という
言葉が最近やたらと使われるようになりましたが、
まなびは元々まねびからきたもので、
いかに先達を真似して自分の得るべき知識や
技術を得るかという戦いだったのが、
先達すらも得られなかったことを得て
それを運用していくことが求められますが、
イノベーションはあくまで既存知識の結合でしか
ないので
世阿弥が唱えた守破離の離を如何に増やしていけるかが
今後重要になってくるのではないでしょうか。「知識から知恵へ」「ティーチングからコーチングへ」。そこに異論はありませんが、より本質的な教育の変化は、その目的が変わる点にあると考えます。
近代教育のゴールはキャリア/仕事にありました。そのため、製造業が主だった時代は正確な知識や作業の習得が教育のゴールでした。さらに現代はサービス業が中心産業となっていますから、リーダーシップやコミュニケーションが教育のゴールとなっています。
しかし、人生100年時代の中で、いかに「稼ぐか」ではなく、いかに「心身ともに健康で生きるか」が重要な時代となっています。
そうなると、そもそも社会人になるまでに技能を詰め込む教育の地位は下がります。むしろ、世代ごとの心身のチェックと、そこに対応して仕事や生活を変えていくことが重要になります。
その意味では、そのヘルスケアと教育の融合が、本質的な教育課題ではないでしょうか。