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興味深かったです。ワタシは「幸せな組織」とは、イコール「社員個々のエンゲージメントが高い組織」だと思っています。そして、これからはそのエンゲージメントこそがビジネスドライバーになる。ここまでわかってきたわけで、それを何でどう生み出していくかですよね。

働き方、組織形態、制度。そして、それらの根底となる一貫した組織文化や価値観をどう定義し、伝えていくのか。「個々の幸せと組織の論理って、一致しないじゃないですかー」で思考停止していたら、もうダメなような気がします。最近色々起きているようなこと、になる。

一個だけ。これらが「日本人だから上手くいく」という点がもっと知りたいですね。ここに強い興味を持ちました。ワタシは逆だと思い込んでましたので。特性はある程度わかるのですが、固有のものなのか。それは何故なのか、何に由来するのか。注目したいです。
「幸福度の高い従業員の創造性は3倍、生産性は31%、売上げは37%高い」というデータがあるそうです。組織の幸福度を高めることが大切というレポート。その通りですね。

職場における幸福と、個人生活の幸福は必ずしも一致しませんが、お互いに影響し合うことはあるでしょうね。つまり、個人生活での幸福度を増せば、職場の幸福度も増す可能性がある。

お金に追われている人の幸福度は低く、職場でも集中力に欠け、生産性が落ちるという報告もあります。であれば、給料をしっかり払えばいい、ということにはならない。その人がお金の管理ができているかどうかが大きく左右します。

金銭管理の教育をする、あるいはカウンセリングをする。そういうことも必要になるのかもしれません。これはお金だけでなく、健康についても言えます。健康は幸せの原点。不健康な暮らしをしている人たちから調和は生まれません。
幸せな組織の生産性や創造性が高まるというのは納得です。

「幸せ」の定義はいろいろあると思いますが、私はご機嫌な人・職場が好きですね。やっぱり、機嫌がいいと人は前向き、積極的になれますし、ご機嫌な人が集まる組織ってエンゲージメントも高いですね。

とあるベンチャー企業では、人を採用するときの基準として「大切に育てられてきたか」を重視しています。

これはお金持ちのボンボンかどうか、甘やかされて育てられたか、ではなくきちんと愛情を受けてきたか、ということ。

その会社は、いつもご機嫌で、創業以来ずっと成長しつづけています。
私が大事にしているキーワードは、「One for All, All for One」です。

Allへの貢献とOneの欲求充足が同時実現できるような組織設計によって、「どちらか(Or)」というゼロサムゲームを「どっちも(And)」のプラスサムゲームに変えていくことがみんなが幸せな状態と言えそうです。

問題は、「いつ」の「何」をAllやOneとして捉えるかです。

自分たちの職場チームなのか、会社全体なのか、日本なのか、人類なのか、今年の話なのか、3年後なのか、自分たちが死んでいった後の子供たちの世代の話なのか。記事にもあるように、仕事だけの話なのか、プライベートも含めた話なのか。

こうした時間軸と空間軸をさまざま切り替えると、AllやOneは捉え方が全く変わってきます。

いついかなるケースにおいても、「これが正解」という絶対解はないので、組織設計に関わるひとりひとりが、都度AllとOneを捉え直して、「このプラスサムを取りにいく」という納得解を模索し続けるしかないのでしょう。
とても共感できるメッセージでした。

「戦略・戦術」という戦いの世界から「共創」「協働」調和の世界へ。

過渡期にあるため、旧世界で成功体験をもつ方は新しい世界を認めたがらないし、どこか欠点を探してしまいがち。競争に勝たなければ利益が得られず新しい価値が生み出せないよと。一方で、そこでいう価値そのものが旧世界の価値になっているケースも多く、何を価値とするのかを見誤ると何も変わらない。
> 一般的に、欧米の大企業では、仕事は仕事、プライベートはプライベートと完全に切り離し、公私が融合した上での「幸せ」を目指そうとはしていません。

そうなのか。

> しかし日本人は違います。集団主義的な古代東洋型の価値観と個人主義的な近代西洋型の価値観、そのどちらをもしっかり理解し、人との距離感に敏感で、繊細な感覚を持つ日本人だからこそ、他者との有機的なつながりが構築できるのです。

そ、そうなのか。

> つまり、仕事とプライベートのどちらも幸せな状態を実現することができる。

マジか。論旨からすると、一般的に欧米の大企業はそもそもこの状態を目指さないと。

日本人はこう、とか、日本人だからこそ、とかって考えた方が良い時・上手くいく時もあるとは思いますが、それが前提になってしまうとなんだか危うい気がします。日本人だけの組織とか会社ならまだしも。
自分の職場のウェルビーイングを高めることを意識するというのは簡単なようで難しい。ひとりひとりがパツパツのなかで仕事をしているから。

だから、私は自分が自分を幸せにするということも同時並行で進めないといけない。他者によって得られる幸福はほとんど幻想なのだから。
「従来の日本人の特性」ではなく「新しい日本人の特性」ですよね。

「従来の日本人の特性」は、変化が小さく、連続的な社会環境には適していましたが、今の時代には不向きです。

何故なら、農耕民族の文化は「変化がない」ことが大前提で育まれてきたからです。