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今回、無意識のバイアスについて寄稿させていただきました。Palette編集長の合田文です。

もしあなたが、組織の人間関係で「うまくいかないな…」と思っていることがあるならば、「無意識のバイアス」が原因かもしれません。

誰かとコミュニケーションをとるときに「外国人」や「女性」、「LGBT」といった、その人の持つ「ラベル」に囚われすぎると、その人自身を大切にできなくなってしまいやすい。

「私は大丈夫だ」と思わずに、「個人」と向き合っていけるビジネスマンが増えることを願って書きました!

宜しくお願い致します。
私は、ラベリングされることは悪くないことだと思っています。例えば、ギャル、アニヲタ、絵師、城好き、鉄子、歴女、バンギャ、コスプレイヤー、ジャニヲタ、夜職、メイド、、、自分がラベリングされることはむしろ"認められた"感があり嬉しい場合もあるのではないでしょうか。

カルチャーはアンダーグラウンドから生まれるもの。だから私は様々な嗜好に向き合い、カルチャーとして昇華したいと思っている。無知で無関心なことが悪なのだ。むしろ分布図、生態系、人口、パーセンテージ(30人クラスなら何人、など数字的に物事を表記)など、その文化を学術的にも見つめたいと思っているし、漫画や服など様々な情報でそのカルチャーを深く知りたい。ラベリングされたスタイルに関して、理解を深めたい。

この世界に"他の人とは違う"魅力が存在することが私は嬉しいし、1人でも多くの魅力的な人に触れていたい。自分とは違う魅力を、その近くで眺めていたい。

大事なことは、ラベルを貼る貼らないということよりも、自分と違う存在に対して理解を深めること、そして否定しないことだと思う。
良記事だと思いました。セクシャルマイノリティー問題への取り組みは、結局、当事者の話ではなく、当事者以外の話なんですよね。そして、誰もがマイノリティであり、マジョリティである。昨今の動きをジェンダー関連だけで終わらせないようにしたいです。
特にオンライン上では人のことをラベルで判断してしまいがちだと思います。合田さんの仰る通り、「LGBTについて理解しよう」より、(LGBTを切り口に)自分が他人をさまざまラベルで見て判断してしまっていないかを反芻するが重要だと思います。
海外の質問板で、「私はラテン系アメリカンの女性なんだけど、ラテン人って日本ではどう受け止められる?今度日本旅行に行くんだけど、大丈夫かしら?」という質問をたまたま最近読みました。

それに対する回答は、
「日本はザ・ステレオタイプの国だから、覚悟した方がいい」
「ラテン系というだけで情熱的で魅力的な女性だと思われるかもしれないから気をつけて」

というような、「日本は先進国なのにダイバーシティの認識という面では遅れている」という書き込みが多く、残念と同時に正しいなと感じました。まさに過剰なラベリングが引き起こしている問題ですが、そのラベルを無意識のうちに貼っていることが多いのが実情。一人ひとりが考え方を見直し、「無意識」を意識的に変えることが第一ステップです。
差別や思い込みをラベリングという言葉に置き換えて、ニュートラルに気づきを与えるのは新しい発見でした。

物事を考える時、自分はなんでこのようにラベリングしたのだろうかと振り返るきっかけにもなりそうです。

LGBTQの方に貼られたラベルはかなり厳しいものですが、時が経つとともに徐々に緩和されている感覚もあります。しかし、未だに職場や親族に打ち明けられないなど、まだまだラベルの書き換えは必要です。
とても素敵な記事。人事をしていると、まさにこのラベルに自分が侵されているなと思うことが正直あります。見た目の雰囲気やテキストで書かれていること、スタートの印象がポジティブであれ、ネガティブであれ、最終的に反対の印象に落ち着くこともしばしば。自分の前提など当てにならないし、人は変わっていくものでもあるので、最初に強い印象を持った時こそ、自分の中の何故を掘り下げていくようにしています。
マジョリティが変わることは、何かナッジ理論的な根本的な施策がないとそう簡単ではない。
ラベルとかタグって特に最近意識しますが、そのラベルやタグを貼る大元の個人としてどうあるかって話。