【川鍋・佐山】経営者が殺到する「プログラミング留学」の真価

2019/6/19
 テクノロジーやプログラミング知識が一部の専門職だけのものだった時代は、終わりを迎えた。ITが当たり前になり、すべての経営者・ビジネスパーソンにとって、プログラミングへの理解は不可欠になりつつある。ただ、その必要性を痛感しながら、いざゼロから学ぶとなると及び腰になる方も少なくないだろう。

 今回はプログラミング知識を自分のものにすべく、7日間のプログラミング集中講習「テックキャンプ イナズマ」に参加した2人の経営者を取材。
 多忙な日々の中、貴重な時間を捻出しプログラミングと向き合った課題意識とは何だったのか。学びを機に経営者としてどんな視点を得られたのか、本音を聞いた。
「Uber」と出会い受けた衝撃
川鍋 ITはおろか、身の回りの機械操作にもめっぽう弱い。テレビの録画操作すら家族にお願いするレベルでしたから、まさか自分がプログラミング講座に参加することになるとは思ってもいませんでした。
 ITへの意識を大きく変えたのは、2013年に当社のエンジニアたちと行ったサンフランシスコで目にした光景でした。2011年にリリースしていた、タクシー配車アプリ「JapanTaxi」の前身となる「全国タクシー」のさらなる開発のため、シリコンバレーの最先端の取り組みを視察に行ったんです。そこで、出会ったのが「Uber」でした。
 「全産業IT化とはこのことか」という衝撃はすごかった。“オペレーション大陸”のものだと思っていたタクシー業界は、もはや“IT大陸”に上陸していた。
 空港に4時間以上とどまり、みんなで「Uber」アプリのUI/UXをスクリーンショットで保存。「車が動いたぞ!」「ちょっと見てくる」と走りまわっていました。あんなにずっと空港にいたのは僕たちだけでしたね(笑)。
川鍋一朗(かわなべ・いちろう)日本交通株式会社代表取締役会長。JapanTaxi株式会社代表取締役社長。慶應義塾大学経済学部卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了。マッキンゼー日本支社勤務を経て、2000年、家業の日本交通に入社。専務、副社長、社長を経て、2015年から現職。入社当時、1900億円の負債を抱えていた同社の立て直しに成功。2011年にリリースしたタクシーアプリ「JapanTaxi」(旧・全国タクシー)を700万ダウンロードの国内No.1タクシーアプリへと成長させている。
 その後は「Uber」に負けていられないとエンジニア採用を強化してきましたが、扱う“言語”の異なるエンジニアメンバーとの流儀の違いに、戸惑うことがありました。
 「もっとこんな機能を加えたらどうか」と提案しても、その仕組みをロジカルに説明できないと納得してもらえません。「提案が曖昧すぎる」と考えるエンジニアサイドと、「もっと柔軟にくみ取ってほしい」と思うこちら側のコミュニケーションがぶつかることもありました。
 経営者として、彼らが“生きている世界”を見ないことには、信頼関係を築けないのではないか。そんな危機感から、どっぷりとプログラミングに浸かる時間を作ろうと考えたのです。
「留学スタイル」で逃げられない環境を作り出す
 プログラミングを学ぶ上で、書籍やオンライン講座など自宅でできる学習方法もあるでしょう。でも僕は、逃れられない環境に飛び込む「留学体験」を求めていた。
 集中して時間を作らなければ、日常の業務に忙殺されて優先順位が下がることは目に見えています。7日間であれば何とか捻出できると考え、2018年1月1日から「テックキャンプ イナズマ」に参加しました。
 「イナズマ」は、1日10時間、自分のペースで黙々と課題に取り組む、なかなか過酷なプログラミング留学です。
 経営者になると、課題に自分だけの能力で立ち向かう機会はどんどん減り、得意な領域を持つメンバーに業務をお願いすることが多くなります。まさに、久しぶりに裸一貫で乗り込む新世界。
 共に受講した同期生は、経営者から大学生まで目的意識の高い人ばかり。課題を進めながら、「どこまでできた?」「もうそんなに進んだの」と、彼らの進捗(しんちょく)に刺激をもらっていました。
実際の受講時の様子(写真:川鍋氏提供)
緻密な論理構造の世界で“エンジニアのすごさ”を再認識
 「イナズマ」に参加した最大の収穫は、「コード1行1行の積み重ねでしかプログラムは動かない」という、エンジニアの世界の当たり前を“体験”できたこと
 キャンプを通して、アプリ開発に挑戦したいと考えていた僕は「移動時に専属ドライバーに通知を送るアプリ」を作ることに。ボタンを押すと、ドライバーの携帯に「今(いつもの場所に)行きます」とメッセージが飛ぶアプリを目指しました。
 しかし、たった200行ほどのコードにもかかわらず、何度試しても動きません(笑)。ウェブ上で似たようなコードを調べ尽くしてもわからない。「イナズマ」のトレーナー(常駐講師)に泣きつくと、彼はコードをじっと見て、一部分をさっと書き直しました。
 すると、プログラムは何事もなかったかのように動き出したのです。
 歓喜の声を上げる、とはまさにあの瞬間のこと。コマンド一つの違いで動かない、正確に積み重ねなければ機能しない難しさを目の当たりにし、エンジニアたちが論理構成にこだわりぬく理由を理解できた気がしました
 「JapanTaxi」アプリのシステムは何万行ものコードでできています。「うちのエンジニアは本当にすごい!」と心から思えたことは、彼らをマネジメントする経営者として得られた、最も大事なものでした。
作成したアプリが動き、感動の瞬間。トレーナーとがっちり握手(写真:川鍋氏提供)
全産業がIT化。その流れから逃れることはできない
 全産業の経営者にとって、ITはもはや本業の一部。ITに関連のないビジネスは、ごく一部の職人領域をおいて他になく、「非デジタルネイティブ世代だから」「好きだ、嫌いだ」とえり好みしている場合ではありません。
 その世界の最低限のルールは知っておかなければいけない、というのが僕の基本スタンスです。
 また、エンジニア採用が激化する中、経営者がエンジニアの世界に近づこうとしている、尊敬の念をもってマネジメントしている、というのは大きなアドバンテージになるでしょう。
 「イナズマ」参加後は、当社でアプリ改修を考える際も「やりたいこと」と「実現可能なこと」のバランスを考える視点がより深まりました。
 「この機能を改善したい」という僕に対して、「コードが複雑化してエラーが生じる可能性が高まるので難しいですが、実現できる方法を考えましょう」とエンジニアが答える。そんな会話ができるようになったことに、日々喜びを感じています。
理解がゼロでは開発者の視点に立てない
佐山 経営者として、システム設計の基本を理解したい、という思いは常にありました。
 スカイマークでは毎週、経営戦略会議があり、そこで全部署の幹部メンバーと重要項目を決めていきます。システムに対する要望も具体的に上がりますが、どんなものなら実現可能なのかイメージがつかないと、意味のある意思決定ができません。
 システムへの理解がまったくなければ、「Webサイトのトップページにこんなボタンを入れたい」と提案して「これくらい時間と予算がかかるので難しいです」と言われたら、納得せざるを得ません。システム構造への理解がゼロのままでは、開発者のみなさんの視点に立つことはできないのです
佐山展生(さやま・のぶお)インテグラル株式会社代表取締役パートナー。スカイマーク株式会社代表取締役会長。洛星高校卒業、京都大学工学部高分子化学科卒業、ニューヨーク大学スターン経営大学院修了、東京工業大学大学院社会理工学研究科博士後期課程修了(Ph.D)。一橋大学大学院経営管理研究科客員教授、京都大学大学院総合生存学館(思修館)特任教授、京都大学経営管理大学院客員教授。帝人を経て三井銀行(現三井住友銀行)に入行しM&Aを担当。1998年に独立系投資ファンドのユニゾン・キャピタル共同設立、代表取締役パートナー。2004年にGCA共同設立、代表取締役パートナー。2007年にインテグラル共同設立、代表取締役パートナー(現任)、15年にスカイマーク代表取締役会長に就任(現任)。
 プログラミングに触れてスタート地点に立てば、開発部門との議論も深まるだろう。それが、「テックキャンプ イナズマ」に参加した理由でした。
JapanTaxi川鍋氏の話を聞いて、受講を決意
 もともと、自分の手を動かしてプログラミングすることは好きでした。いわゆるパソコンが出てきた20代の帝人勤務時代には、さまざまなシミュレーションプログラムをBASICでいくつも作りました。
 30代の銀行勤務時代にも、Windowsが出る前のMS-Dos版のLotus123で、企業評価のDCF(Discounted Cash Flow)プログラムを解説本もなにもない状態から作ったり。何百時間、何千時間かけ、何度も徹夜することもまったくいとわなかったですね。
 どこかのタイミングで、最新のプログラミングを学びたいと思っていたとき、JapanTaxiの川鍋さんに「イナズマ」のお話をおうかがいしたんです。
 「プログラミングなんて一切やったことがなかった」という川鍋さんが、「受講して損はない、行ってよかった」と太鼓判を押すのだから試す価値はあるだろうと。
 しかも、毎日10時間を7日間、缶詰め状態でプログラミングに集中できる機会であれば、自分の性格にもマッチするだろうと思いました。何事も締め切りに追われないと取り組めないタイプなので、自宅で毎日コツコツは絶対にできないんです(笑)。
 質問すれば答えてくれるトレーナーが同じ空間にいるのも大きかったですね。一人悶々と悩むのではなく、その分野のプロに聞いてすぐに解決できる。その環境のあるなしは、学習のスピードを大きく左右します。年末であれば7日間の時間がとれると、迷いなく申し込みました。
会議では、より生産的な議論が可能に
 どんなスポーツでも、まったくやったことのない競技であれば「自分でもできそうだ」と思う。しかし、基礎に触れた途端、その種目のアスリートたちがいかにすごいかを実感するでしょう。プログラミングも同じです。
 7日間でできたことは、簡単なホームページやゲームの作成など初歩的なものでした。当然ながら、戦力になるレベルには到底達しません。
 しかし、ゼロからイチになった知識をもとに会社に戻ると、開発部門が話しているシステム改修の難易度に、イメージを持てるようになります。「この改善は難しい」と言われても、「いや、ではこのくらいまではできるのではないか」と食い下がれる。会議の議論はより生産的になりました。
 いまやシステムが関係ないビジネスはありません。経営者の方も、いちビジネスパーソンも、一定時間をプログラミングに投じるのは、自分への投資として非常に有効だと思います。
「テックキャンプ」を運営する株式会社div・真子代表との一枚(写真:佐山氏提供)
経営者こそ、あらゆるBtoCサービスのユーザーであれ
 また、役職が上がるにつれ、みなさん、自分の手を動かさなくなる傾向にあります。出張時のホテルや飛行機、電車の手配なども秘書に任せてしまったり。もちろん頼めばラクですが、「ラクをすると、何かを学ぶ機会を失っている」と思うのです。
 世の中のあらゆるサイト、サービスに触れ、使い勝手の良し悪しを感じる機会をみすみす逃している。
 私は、搭乗客のみなさんに経営者としてご挨拶するため、決まった指定席を選ぶスカイマークの予約以外、基本的にすべて自分で手配するようにしています。そうすると「このサイトはデザインがすっきりして使いやすい」「どこに何があるのか見にくいサイトだな」などと違いがわかってきます。
 サイト上にしかるべき導線があるかどうかは、サービスの継続利用を決める大きな要素。そのことが実体験として理解できるようになるのです。
 ユーザー接点がサイトやアプリ経由になっている今、経営者がどうしたらより使いやすいシステムになるかイメージを持てなければ、自らの会社の事業成長にダイレクトに影響します。
 ラクせずに、自分の手で触れる。苦労して自分でやってみる。プログラミングを含めて、自分で“経験”することで、いろんな学びがあると思っています。
人生、いくつになっても10年後より10歳若い
「今からプログラミングを始めるなんて遅い」と思われるかもしれません。
 30代の方は20代の頃の自分を思い浮かべて「あの頃は若かった。もっとあんなこともやっておけばよかった」と思うでしょう。
 でも、10年後の自分から見れば、30代の今は若く何にでも挑戦できます。「もう30代になっちゃった」「ついに40代かぁ」なんて思ってしまうものですが、60代の私に言わせれば、みなさんまだまだ十分に若い(笑)。
 人生一度きりなんですから、「挑戦しようかな」と少しでも思ったら、今やればいいんです。
 今、この記事を読んでいらっしゃるということは、少しでも「やってみようかな」と心が動いているということでしょう? いくつになっても10年後より10歳若い。10年後ならやろうとは思わないけど、“今”ならできることは、どんな年齢になっても山のようにありますよ。
 もう年をとったなんて思うのは、この世におさらばするときだけでいい。迷ったら挑戦しましょう。
(構成:田中瑠子 編集:樫本倫子 撮影:竹井俊晴、的野弘路 デザイン:國弘朋佳)
※2020年3月2日以降、「TECH::CAMP/TECH::EXPERT」はブランド統合され、「TECH CAMP(テックキャンプ)」となりました。これに伴い、文中のサービス名も記載を変更しております。