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深センで中国人の同い年の友達と話したとき、
中国の人は政府を信頼しているということに勝手にびっくりしました。
統制されていることや、市民が政治に参加できない事に何らかの違和感を感じているはずだと思っていたのです。

しかし、中国政府は本当に市民のコントロールが上手で、市民の生活に直結するインフラの整備などを率先して開発していき、目に見えて日々生活が政府によって良くなって行っているところを見せているのです。
確かに日本政府に比べてお金の使い方が本当にうまいなと思いました。
確かにそもそも私達が日本でも政治に対して興味を持つのは、だいたい不祥事や税金の無駄遣いなどです。
それが、閉ざされた政府なのであったとしても情報は出てこないし、市民生活は確実に政府によって良くなっている。

この状況で、自分たちは政治参加できない!情報を抜き取られている!統制されている!
などど現状に批判的になっているほど、市民は暇では無いのです
若い中国人の個人目線での話はとても興味深い。

「中国人の20代でも、海外経験の有無で考え方は違います。そして一度感じた母国への違和感は、もう消えることがありません」
日本で採用した中国籍の社員が何人かいるが、彼らの思いを聞いてみたくなったと同時に、言論や行動の自由という日本での「普通」のありがたみを感じる。

為政者と市民の関係は、王朝時代ー共産党一党支配を経て、経済的に豊かになっても、根本は変わっていない気がする。
タイトルを見て本文を見なくても想像できる記事。但し読むと解像度高い中国人の現実がわかるので価値あり。

ちなみにご存知無い人が多いが、ネット検閲に関して言えば中国に限らずやっている国は結構多い。
一番有名なのは自由の国アメリカ。スノーデンに暴露されてしまった。
中国の都会で若者たちと話しているときに、天安門事件のみならず、中国の政治体制の暗部の話題を切り出すと、何とも言えない寒々とした雰囲気になります。

現代の中国人は、確かに愛国的で、我々が発する現代中国の悪口に反論はします。
「現代中国はすごく発展して、我々はこんなに豊かになった。だから多少の問題があってもそんなに悪口を言われる筋合いはない。日本経済なんて衰退一方ではないか」

しかし強くむきになって言い張るわけでもない。

「64天安門事件のことはうすうす知ってるが、でもそれがどうだっていうの?」
というのが全体の雰囲気ではないでしょうか。

政府が報道せずに隠し通しているというのはその通りですが、要するに「良くても悪くてもそれは過去のこと。現在はまあまあ幸せだ」というのが中国人の若者の感覚ではないでしょうか。
【国際】ジョージ・オーウェルの『1984年』の中で描かれている真理省は歴史の改ざんを頻繁に行っており、それゆえに誰も何が本当の歴史であったかを知らない。中国においても『1984年』と同じようなことが少しずつ起きているように思える。

日本でも中国を絶賛する人たちは天安門事件の季節になるとなりを潜め、意図的に沈黙を貫く。中国共産党のプロパガンダサイトかと見まがうようなフェイスブックのタイムラインにおける最近の話題は米中貿易摩擦やファーウェイ絶賛の記事ばかりで、天安門事件やチベット問題、ウイグル問題については全く触れない。マインド的にはこの記事で扱われているように、「最初からなかった」ような扱いである。
とても面白い記事だ。しかしもしも中国でこういう事が普通に言えるのなら、そんなに悪い国ではないなと思った。
むー 炎上しないのがNews Picksの良いところでもあるので、あまり他のコメントを批評したくはないのですが… 「現状に批判的になっているほど市民は暇でない」というとあるコメントがどうしても我慢できなくて… 皮肉を込めて反語的に使っているのだろうと期待しますが。例えば、一つの会社の中であっても現状に課題を感じて声を上げる社員が本当にその会社の未来を担うのであって、盲目的に目の前の仕事のみをこなすのは、社畜と言われても仕方ない。
単なる感想をコメントするなら自由なのですが、Pro picker として断定的な物言いをする時には、それなりに責任が生じるのではないか…
文化大革命が終わり、鄧小平による改革開放政策により、経済が成長路線を描いていた時期に、それに冷や水をかけるように発生した天安門事件は同年のベルリンの壁崩壊を目の当たりにした中国共産党が過度な民主化を危険視したのだろうといったような時代背景の理解があった上で断定的意見を述べているのだろうかと…申し訳ないですが少し腹が立ってしまいました。
興味深いエッセイですね。

今の中国を俯瞰するとき、僕らの生きている『民主主義』の世界も相対化して俯瞰する必要があると思います。我々人間は元来多様的な思考を持っていて、多様的な思考には多様的な社会が必要です。政治も当然のごとく多様であるべきだし、特に政治は歴史的なものも含めて総じて相対的に見た方が良い。

多くの人間は育った環境にアジャストして自分の生活を築いていくので、中国で育てば中国で生活しやすい習慣を身に付けていくし、政治に参加できない環境で育てば政治に関心を持たなくなるのは概ね当たり前の事だ。ましてや年で2桁成長して巨大なマーケットを築いた環境に没入して生活していて、その環境に不満を持つ方が相対的におかしいと言われてもおかしくない。

こうやって俯瞰すると判ることは、『民主主義』はこの中国共産党がやっていることを国民が自ら決定していかなければいけない仕組みだと判る。当然、民主主義を標榜する我々の日本も、我々が我々自身の幸福の為に政治に参加しなければいけない。より多くの国民が参加しなければ参加するインセンティブが強い一部の集団(カルトやカルテル)が政治をコントロールする事になる。中国では“汚職と陰謀を除けば”そんなことは構造的にありえない。
天安門事件から今日で30年。様々な回顧記事がある中で、この記事が一番リアルに感じました。
中国の優秀な人材は海外に出て行ってから自国の本当の姿を見るでしょうから、中国国内で検閲しても限界があると思います。鎖国でもしない限り。