【平井卓也】月面着陸から50年。宇宙イノベーションの幕開け

2019/6/8

宇宙イノベーションの幕開け

宇宙が世界にゲームチェンジを起こしつつある。
壮大な宇宙は大きな夢や憧れを抱かせるが、多くの方は、宇宙は日々の生活から遠いものであると感じているのではないだろうか。しかし、ここに大きな変化が生まれてきているというのが、宇宙政策を推進するうえでの私の基本認識だ。
世の中のデジタル化が進むにつれ、「宇宙」と「国民生活」は物理的な距離を超え、データを介する形で密接不可分なものになりつつある。気象衛星や通信衛星といった比較的親しみのある形での宇宙利用のみならず、農林水産、防災、物流等、さまざまな地上の活動に「宇宙」が使われはじめており、データドリブンでサイバーとフィジカルが高度に融合した社会、すなわちSociety5.0の実現に向けて、「宇宙」は新たなゲームチェンジャーになるだろう。
今回は、国内のそのような宇宙利用を巡る変化と今後の展望について取り上げてみたい。

宇宙データ利用の可能性

まずは、宇宙データ利用を巡る大きな変化だ。一般に、人工衛星のうち、地球表面の観測に使われる衛星をリモートセンシング衛星というが、衛星から地上のデジカメ写真を撮るという直観的にわかりやすいものから、海水面の温度や二酸化炭素濃度の観測といった先進的な取り組みまでさまざまな例がある。衛星は、従来は数tクラスの大型の衛星ばかりであったが、近年、小型化技術が進み、大学やスタートアップが作る100kg程度の衛星も登場している。
小型になると安価になるので、多数の衛星を組み合わせて使う「コンステレーション」(「星団」「星座」という意味)という発想が生まれたことで、衛星データの量が飛躍的に増大している。この大量のデータを、農業・漁業といった地上活動のデータ・知識・ノウハウと組み合わせ、さらにはAIと掛け合わせることでまったく新たな価値が創出されはじめている。
例えば、ウミトロンというJAXAから転職した起業家によるスタートアップ。衛星観測でわかる海水温等のデータと、生け簀内のIoTデータの組合せで養殖業の生産性を向上させた。
ウミトロンというJAXA から転職した起業家によるスタートアップ。衛星観測でわかる海⽔温等のデータと、⽣け簀内のIoT データの組合せで効率的な養殖業を⾏っている(出典:Pitch to the Minister 懇談会 “HIRAI Pitch”第17回会議資料より)
これら衛星データを容易に入手できる環境についても整備が進んでいる。経済産業省が文部科学省・JAXAと協力して、誰でも容易に衛星データにアクセスし、無料で利用できるプラットフォーム「Tellus」の運用を本年2月に開始した。宇宙利用の課題とされていたデータの利用しやすさが向上することで、さまざまな地上データとの掛け合わせによる新たな価値が今後次々と生まれることが期待できる。
引用:経済産業省資料(宇宙政策委員会第25回宇宙民生利用部会)より
また、昨年11月に4機体制でのサービスを開始した準天頂衛星「みちびき」も、その利活用に大きな可能性を秘めている。
「日本版GPS」とも言える位置情報を伝える衛星であるが、世界初のセンチメートルレベル精度の信号を提供できることが大きな利点だ。高精度の測位により、農地の条間に沿った農機の自動走行、雪に覆われて車載センサーでは白線が見えない道路における除雪車の運行支援、夜でも航行可能な離島間スマート物流のためのドローンの制御などの実証が既に行われている。
さらには、「みちびき」を使えば、車線レベルでのカーナビゲーションの実現による都市部の渋滞緩和、船舶の自動離着桟なども可能となるなど、スマートシティの構築になくてはならないインフラであると言える。地理空間情報との組み合わせにより一層の利活用が見込まれるなど、「みちびき」の利活用はまさにアイデア次第だろう。官民が連携して「みちびき」の利活用促進に取り組み、2023年度をめどに7機体制での運用を実現したい。
このような環境変化と歩調をあわせるように、宇宙を利用した新たなビジネスアイデアを持つスタートアップ、異業種企業等が多く現れている。
準天頂衛生システム「みちびき」サービス開始記念式典にて

宇宙スタートアップを支援

私は、ニューヨーク、ボストン、ベルリン、テルアビブなどのように、世界に伍するスタートアップ・エコシステムの拠点都市を日本に創りたいと考えているが、そのなかでも、宇宙分野はスタートアップの熱量が大きい分野であろう。この活気を持続的なイノベーションにつなげていくため、企業の成長段階に応じた支援を進めている。
例えば、斬新な宇宙ビジネスアイデアを報酬型コンテストで掘り起こす「S-Booster」を2017年、2018年と2年連続開催してきた。一定期間メンターをつけてアイデアをブラッシュアップし、資金調達につなげていく取り組みであり、スポンサー企業を募ったうえで最優秀賞には初期活動資金として賞金1000万円を授与している。
昨年の最優秀賞は、中古の海洋掘削リグを用いた「ロケット海上打ち上げ」という提案で、受賞者は受賞を契機に起業し、今年3月には小型観測ロケット打ち上げの実証実験を実施している。2019年は、アジア・オセアニアからもアイデアを募集したところであり、世界各国からの優れた宇宙ビジネスアイデアの掘り起こしを一層進めるとともに、ひいては日本の宇宙システムの海外展開にも貢献できるだろう。
「S-Booster」を2年連続開催
また、小型衛星やそのコンポーネントを製造する企業等は、まずは製品の宇宙空間での動作実証や打ち上げ機会の確保が必須だ。
本年1月、JAXAは、自らの費用負担によりイプシロンロケット4号機を打ち上げ、スタートアップ等に貴重な宇宙での実証機会を提供する「革新的技術実証プロジェクト」を実施した。「人工流れ星」という斬新なアイデアを事業とする、ALEの衛星も、このプロジェクトで打ち上げられた。

「宇宙」×「デジタル」=「∞」

日本は「宇宙開発の老舗」だ。これまでの長きにわたる宇宙への挑戦の蓄積のうえに、世界に伍する最先端の技術や知識を有している。世界に先駆けた小惑星探査を行う「はやぶさ2」は、まさにムーンショット的なプロジェクトで、皆をワクワクさせている。
本年3月には、トヨタ自動車が燃料電池技術を生かして月面ローバー開発への参加を発表するなど、異業種からの宇宙分野進出の動きも激しくなってきている。民間ロケット打ち上げについても、インターステラテクノロジズが5月初めに北海道大樹町から打ち上げたロケットが民間で初めて高度100kmに到達した。また、スペースワンは和歌山県串本町を拠点に小型ロケットの打ち上げサービスを2021年度中に事業化することを目指している。
民間で初めて高度100kmに到達した(出典:インターステラテクノロジズ社HPより)
このように、日本は「宇宙開発の老舗」として地力があることに加え、デジタル化とグローバル化が急速に進んだことで可能性が無限大(∞)に広がり、宇宙利用が社会・産業システムを変革するDisruptive(破壊的)なイノベーションが起きようとしている。
そのためには、多様な衛星データと地上データ・AIとの掛け合わせ、スタートアップや異業種の積極参入、宇宙科学・探査による新たな知見獲得、基盤的研究開発、それらすべてを有機的に連携・融合させていく必要がある。
今年「令和元年」はアポロ11号の月面着陸から50周年にあたる。この記念すべき年に、日本の宇宙開発、利用を大きく前進させるべく、宇宙政策をさらに強力に進めていきたい。