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アタマのよい人ほど何かを学ぶときには、その分野の専門書を数種類読みますよね。同じ事象でも、表裏があったり階層が異なると違う見方になる。多面的に見た方が表層でなく本質に繋がるのだと思います。
頭が良いのと勉強が出来るは違いますよね。

本をいくら読んでこの記事の言う通り本と本を点で結んで思考を高めたとしても、勉強は出来るようになると思いますが、頭が良くなるかどうかはもう一つ要素が加わると思います。

頭が良くなるには、点と点を結んで、新しい点を生み出す能力が必要なように感じます。
この新しい点がより説得力があれば、その人は問題解決能力が高い、すなわち頭が良いと言えるのではないでしょうか?
読み比べと言えば朝日新聞の月1池上彰さんコラムは面白い。ひとつのニュースを各紙の報じ方とともに、読者目線で足りない点をまとめています。

読み比べたり、異なるジャンルの共通点を見出したり。インプットの理解を深めるのは楽しい。
本を多く読む人の中で、本から得た知識の点と点を線で結んで自分なりの点にしている人はたしかに賢く感じるし、考え方に深みを感じることが多くある。
なんのために読書をするか、単に知識を得るためだとしたら、それは本当に意味がないと思います。そこから何かを考え、自分の行動を変えていく、きっかけを得られるかがとても大事なのだと思います。そう心がけて読書をしないといけないのだと思います。多くの偉人がメディテーションを毎日おこなっていますが、何もせずに、自分を見つめ直す時間が大事なのかと思います。インプットの連続だけでは、味気ない。ふと、自分を考え直す、そういった時間に読書から得たアイデア、から思考することが大事かと
物事には色んな見方があり、どこからどう見るかで全く違った見え方をする。自分1人の目で見るよりも、読書を通じて自分と全く違った視点であったり、自分と近しい視点であったりを知ることが、視野が広く思慮深くなり、頭の良さに繋がる。ということですよね。

それぞれの視点や考えがあるので正解はありませんが、自分の言動くらいは責任を持ちたいなと思います。
本を読むことは、Steveが言っていた「Connecting Dots」の「Dots」に相当するとも考えられます。

本を読むことで、「Dots」を増やし、かつ、そこからの学びで考えることで「Connecting」の部分の種ができます。

要するに、インプットとなる「Dots」が重要で、本であったり、人との話であったり、体験であったり、いろいろなインプットがあります。

但し、それを「鵜呑み」にしては、「Connecting」の部分がないので、単なる「Dots」になってしまいアウトプットになりません。

インプットである「Dots」を増やしながら、いつも考えることで「Connecting」を継続していると、ある日、突然、「Connecting Dots」が実現できて、アウトプットになりのだと思います。
本当の「頭が良い」は、テストの点数では示せない。読書で得られる思考のグラデーションとモザイク、その複雑さは、人生の愉楽です。
結構重要なのは、ある本を読んで別の本の内容を思い起こせた筆者の姿勢(記憶)だと思う。

それは頭の良さというよりも、本の中のとある言説やキーワードから別の何かが想起されて引き出されて、自分なりに反芻できたことが良いことかと。


ここらへんは、教養と最近流行っているものも同じだと思っている。教養そのものは大事だが、それを別の何かに対して思い起こせて思考の材料にできるかが大事なんだと思う。
最近は、情報のインプット、以上に、経験からのアウトプット&再インプットが大切、と感じています。

さっき、とある起業家の方が、これまでの経験をnoteに整理されているpickを見ましたが、まさにそれです。

本だと、この記事のように、ひと工夫しないとそのまま情報を入れて終わっちゃうところがあったり、流してしまうことが多いんですよね。

でも、自分の経験を書き起こす作業は、そうはいきません。

無意識だったことを意識しないと書けなかったり、そのときの良い感情も嫌な感情も生々しいし…

そして、アウトプットしたそれと自分が向き合うと、ただ情報入れる、ではおさまんないんですよね…行動を変えたくなるんですよね。良いことは続けたいし、嫌なことは避けたくなるし。

もちろん、自分なりに目指すゴールがあって、どう行動するか、のべき論との格闘になるでしょうが…

そう考えると、手頃なとこでは、やっぱ、日記、とか書くといいのかな、と思う今日この頃です。