【討論】1PVの価値を疑え。データでユーザーは理解できない

2019/5/29
 この4月に「10月1日をめどにヤフー株式会社を持ち株会社(ホールディングス)体制に移行する」と発表したヤフー。組織も大幅変更され、新体制での大改革を進めている。
 そんななか、従来のマーケティングを疑い、令和時代のマーケティングを考えていく「Yahoo! JAPAN MARKETING SUMMIT 2019」が、去る5月17日に開催された。
テーマは「DOUBT! THE MARKETING. 〜そのマーケティングを疑え〜」だ。
 本イベントは、ワンメディアの明石ガクト氏らが登壇した「DOUBT! THE CREATIVE.」とクラシコムの青木耕平氏らが登壇した「DOUBT! THE MEDIA.」、ナイアンティックの足立光氏らが登壇した「DOUBT! THE PLANNING.」という豪華な3部構成。
 本記事ではその中から「DOUBT! THE MEDIA.」の様子をお届けする(記事末で他のディスカッションも紹介します)。
「DOUBT! THE MEDIA.」
登壇者:
青木 耕平氏(株式会社クラシコム 代表取締役)
堀江 裕介氏(dely株式会社 代表取締役)
渡辺 将基氏(株式会社Cyber Now 新R25 編集長)

モデレーター:
徳力 基彦氏(アジャイルメディア・ネットワーク株式会社 取締役CMO)
PV至上主義の弊害。その1PVに重みはあるのか
徳力 今日は「そのマーケティングを疑え」というテーマのイベントですが、みなさんが非常識になったと思う「これまでのマーケティングの常識」を1つ選ぶとしたら何でしょうか?
青木 何が常識なのかわからないのですが(笑)、我々と他社との間で話がかみ合わないのは「ユーザーをデータで理解できる」と思っているか・いないかです。
 私はそもそもデータでユーザーを理解することは無理だと思っていますが、「上手にやれば理解できる」と思う人がインターネットの登場とともにこの20年で増えた印象があります。
クラシコム 代表取締役 青木耕平
1972年生まれ。2006年、実妹の佐藤と株式会社クラシコム共同創業。2007年秋にECサイト「北欧、暮らしの道具店」を開業。北欧雑貨の販売のみならず、オリジナル商品の開発販売、広告事業など多岐にわたるライフスタイル事業を展開中。
渡辺 自分たちが普段ユーザーに触れて感じている“像”は、データをどう分析してもなかなか表現できないんですよね。
青木 数字のデータを取る技術が発展しただけで、本質的に顧客を理解する技術は発展していないように感じます。上手に説明する技術が発展しているというか。
堀江 わかります。僕も「PV」や「リーチ」の単位は単一でいいのか、非常に疑わしいと思っています。
 たとえば、「YouTubeの人気動画の1PV」と「ほとんどが3秒でスキップされてしまう動画広告の1PV」は同じ単位でカウントされていますが同価値ではないですよね。
 「3秒再生以上で1再生」という指標があると、3秒と5分の再生は同じ「1再生」でカウントされますが、3秒で内容が理解できるとは到底思えない。
 このカラクリで再生数やPV数が高いと評価されるメディアもあるから、僕はそこに対していら立っています(笑)。
青木 (笑)。同じ1PVでも、「過去に大量に訪問履歴を持つユーザー」と、「初めましてのユーザー」では意味が全く違いますよね。
その1PVは、どれくらいのコンテキストを共有した1PVなのか。
堀江 「1PVの重み」を作れるのはブランドだと思っています。
 仮に僕が今「おなかがすいた」とツイートしても“10いいね”しかもらえないけど、HIKAKINさんがツイートすると“2万いいね”がもらえるかもしれない。これもある意味ブランドですよね。
dely株式会社 代表取締役 堀江 裕介
2014年4月、慶應義塾大学在学中にdely株式会社を設立。2度の事業転換を経て、2016年2月からレシピ動画サービス「クラシル」を運営。2017年8月にはレシピ動画本数が世界一に、2017年12月にはアプリが1000万DLを超えるなど、クラシルを日本最大のレシピ動画サービスに成長させる。2017年、Forbesによる「アジアを代表する30歳未満の30人」に、 メディア・マーケティング・広告部門で唯一の日本人として選出。
 でも、インターネット上では、誰が何を言うかで変わる「信頼」や「ブランド」のスコアリングが正確にできていません。
 PVやMAUの重みを正確に数値化できていないから、キュレーションメディアが次々と生まれたとき、人口から考えるとあり得ないような数値を掲げるメディアがいくつもありました(笑)。
 メディアのトラフィックを分解すると、たまたま接触した人とメルマガやプッシュ通知を受けて受動的に来てくれる人、何もしなくても能動的に来てくれる人に分かれます。
 だから、そのPVはどのユーザーなのかを考える必要がありますね。
徳力 おもしろいですね。普段マーケティングの変化について話をすると、マスメディアとネットの比較になりやすい。
 でもみなさんの話は、パソコンネット時代とソーシャルメディア時代の比較で、パソコンネット時代に常識として作られたPV至上主義が、いろんなものをおかしくしているということですね。
渡辺 とはいえ、本質的な数字を外部に公表しても伝わらないんですよね。業界全体が変わらない限り、単に“接触しただけの人”も含めた数字を出さざるを得ない状況もあります。
新R25 編集長 渡辺 将基
2012年にサイバーエージェント入社。コミュニティ系サービスのアドバイザリー業務を経て、キュレーションメディアプラットフォームおよび「Spotlight」をプロデューサーとして立ち上げる。同メディアの編集長として従事したのち、現在は新R25の編集長を務める。
徳力 たしかに、代理店が広告主に対してPV順にメディアを並べたExcelを提出し、どこに広告を出稿するかを選ぶのが少なくないことを考えたら、数字は大きくないと不利になってしまいます。
 マーケティングの価値観が数字の量に寄っているから、メディアもPV至上主義になり、SEO対策でたくさんの人が訪れているメディアが、大勢に支持されているメディアに見えてしまう。
 でもそれは、常連がその店のために訪れているわけではなく、大通りの真ん中に店があるから、止むを得ず通過しているだけかもしれない、ということですね。
MAUと売り上げは比例しない
徳力 そのほか、非常識になったと思う従来の「メディアの常識」は何だと思いますか?
アジャイルメディア・ネットワーク 取締役CMO 徳力基彦
NTTやIT系コンサルティングファーム等を経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時から運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓発活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月から現職。
堀江 MAU と売り上げは比例しないことです。
青木 大勢が集まっているように見えるメディアからECサイトにトラフィックを流せば物が売れるという神話は、iモードの時代からみんなが繰り返しチャレンジして失敗していますからね。
 メディアとコマースの相性問題があるので、その考えは変わっていくと思います。
 僕らは「北欧、暮らしの道具店」でEC事業とメディア事業をしていますが、「私たちはお店です」という自己紹介をしています。
 これが仮に「私たちはメディアです」と自己紹介をした場合、物を買うという態度変容を起こすのは一気に難しくなる。お客さんにお店と思って使ってもらっているから、買ってもらえているわけで。
堀江 そうすると、MAUは低くても、1PVあたりの売り上げが高くなる。まさに、MAUと売り上げが比例しない良い実例だと思います。
渡辺 記事コンテンツのメディアからいうと、大量生産は非常識
“薄い”ユーザーも含めた全体のPVやMAUを増やしても、メディアの影響力にはつながらないので、その常識は変わっていくと思います。
自分たちで自分たちの商品を提案する価値
徳力 これからのメディアの「新しい常識」をつくるためにどんなことにトライしていますか?
青木 時代とともに顧客に影響を与えられる人は変わっています。
 1980年代はデザイナーなど「作り手」が発信力を持っていたのが、90年代にはセレクトショップの時代になって「キュレーター」に発信力が移りました。
 2000年代に入ると“読モ”という「プロの消費者」が発信力を持つようになり、現在は自分で自分の商品を発信する「インフルエンサー」が影響力を持っています。
 だから僕らは、自分たちが好きなものを自分たちで提案する集団になるために、元お客さんだったスタッフが欲しい商品を仕入れて、顔と名前を出してコミュニケーションを取りながら売っています。
徳力 メディアは中立であるべきというイメージがあるから物を売ろうとすると“ステマ”になりがちだけど、自らが「店長です」と名乗って商品を提案するのは当たり前、というのはなるほどなと思いました。
青木 内部の人たちが商品やコンテンツを作ることでトンマナを完璧に踏襲できます。
 インスタグラムに動画広告を流す際も、スタッフの自宅でスタッフが出演した動画をつくる。リアルな生活の場で、元お客さんだったスタッフが商品を自然に紹介することに意味があると思っています。
誰が何を言うかを重視して、マーケットを動かす
堀江 誰が何を言うのかが重要ですよね。
 料理・レシピ動画サービスのクラシルも、タイアップ広告を作る際に「動画を安く大量に作ってFacebook広告でどんどん流そう」という話になりがちですが、それを否定する事例が出ました。
 安易に広告を出稿しても購買意欲は上がらないけれど、「豆苗の肉巻き動画」をクラシルで配信したところ、豆苗の市場シェアNo.1である村上農園様の豆苗の出荷量が前年比160%になったんです。
徳力 それはすごい。クラシルが発信したことでマーケットが動いたということですね。
堀江 しかも販売数ではなく出荷量。誰が言うのかが重要であることを証明したと思いました。
 もちろん、インスタグラムに195万人、Facebookに100万人を超えるフォロワーがいるので、クラシルをダウンロードしていない人にも拡散されやすいという背景はありますけどね。
 もう一つ、3月にヤフーから株式取得した女性向けメディア「TRILL」のオフライン施策で、大丸松坂屋百貨店様のコスメキャンペーンをTRILLプロデュースで実施したときのこと。
 オンライン上での特設サイトに加えて、店頭には美容コンテンツを盛り込んだ無料のカタログを置き、店内の装飾もTRILL色に染めたんですね。
キャンペーン会場の一角。
 結果、店舗の売り上げは昨年同時期比で5.1%増え、このタイアップ企画経由でTRILLのサイトに訪れたユーザーの滞在率が、他のメディアから来たユーザーよりも70%高くなりました。
 PVを疑って、誰が言うかを注視した取り組みをしたら、売り上げ貢献につながった事例です。
徳力 思えば、インターネット以前の雑誌時代なら、これは当たり前の価値観でしたね。
コスメ系の商品を、ゴシップ系の週刊誌とファッション誌のどちらに載せるかで、本来の効果はまったく違うはず。
 でもなぜかインターネットになった途端この考えがぶっ飛んで、すべてのメディアがPV順に並べられることが多くなりました。
 約15年前、「Yahoo! JAPANにバナー広告を出せば、インターネット人口の約90%にリーチできるから他の媒体は使わなくていい」とある広告主に言われて衝撃を受けたことを思い出しました(笑)。
渡辺 誰が何を言うかは新R25でも強烈に意識しています。インターネット上に情報があふれている今、面白いと思うコンテンツにはほとんど「人」が出ていますよね。“文脈”があるコンテンツ。
 だから、新R25はほとんどがインタビュー記事で、誰に何を語ってもらうかをすごく考えています。
 ひとつ、メディアの常識とされていたことで壊せたなと思うのが、PV至上主義です。
これまで、総PVが多いメディアが正義とされていましたが、本来は一つひとつの記事が与えるインパクトが大きいことの方が重要だと思ったんです。
 だから、記事の大量生産ではなく、キャラクターとインパクトのあるコンテンツを丁寧に作っていった。その結果、出稿したいと言ってくれる企業が増えました。
世界が変わる可能性に投資したい。だから映画を作る
徳力 みなさんが自社のマーケターとして挑戦していることを教えてもらえますか?
渡辺 新R25はコンテンツがブランドを作っていくので、届いた人にどんなキャラクターを印象付けられるかを考えています。
 わかりやすいのは、吹き出しスタイルの記事フォーマットやサムネイルのデザイン。偶然でも何回も接触しているうちに「新R25だ」と認識してもらえるようにしています。
堀江 僕はオンライン・オフラインのあらゆるところでユーザーとの接点を作っています。いかにブランドをナーチャリングして能動的に来てもらえるようにするか。
 メディアというよりはブランドをいろんな場所に作っているイメージです。
徳力 スマホの料理動画だけでなく、リアルも組み合わせた方がよりブランドになるということですか。
堀江 圧倒的にそうだと思います。世の中の広告宣伝費はGDPの数%ですし、ネットメディアの売り上げも数十億から数百億円規模がほとんどです。
 一方で、日本はオフラインでの購買率が圧倒的に高いから、ネット企業はもっとオフラインで与えるインパクトを考えないといけないと思っています。
青木 我々は、「青葉家のテーブル」というオリジナルの短編ドラマを制作して、YouTubeで流しています。
徳力 ドラマを制作? どういうことですか?
青木 単にお客さんとのタッチポイントを増やすのではなく、コミュニケーションの深さを出していくために、心を揺らすような要素、物語を加えようと考えたんです。
 出演者の洋服はもちろん、家具やインテリアなど映っている物の中には弊社の商品もあります。お客さんが見たときに、自分が買ったものの良さを肯定できる番組を作りたいと考えました。
徳力 いきなりメディアがドラマを作り始めたという話になると、意味が分からない人が多いと思うんですけど。これはいわゆる広告動画ということではなく、完全なドラマということですか?
青木 広告要素のない作品で、2020年には映画化を目指しています。
 というのも、映画館で映画を配給するのは、ポップアップショップをやるのと似ていると思ったんですよね。映画館は、よりリッチな体験をフィジカルに経験できる場所だから。
徳力 たしかに、映画館は視聴者が他のコンテンツに逃げない唯一の場所。
青木 そう。だからポップアップショップよりも映画を作った方がオペレーションコストも低いし楽しさもあると思ったんです。
これから複数タイトルを制作し、映像レーベルとして進化していこうと考えています。
徳力 なぜそう考えるようになったのでしょうか?
青木 売り上げが1億~2億円程度のころ、3000万円前後を投資して広告を出稿していました。その結果、ダッシュボード上では成果があっても世界は変わらなかった。
 3000万円といえば、中古マンションが買える金額です。個人にとって家を買ったら世界は変わりますが、同じ額を広告に投じても事業にとっての世界は変わらなかった。
 だから、少しでも世界が変わるかもしれない可能性があるものに投資したいと思いました。
徳力 初めて100万円を投じたメルマガ広告の手ごたえが、あまりになかったのを思い出します。
青木 17分程度の短編ドラマは、YouTubeのインストリーム広告で50万回配信したところ、平均視聴時間は9分を超えました。
こういった、「そんなことが起きるの?」という可能性にかけていきたいですね。
徳力 デジタルマーケティングの世界では、5万インプレッションなら5万人と、どうしても短絡的に見てしまいます。
でも同じ5万人でも接触時間が3秒かもしれないし10分かもしれない。その深さをどう見ていくかが大切ですね。
 今日のディスカッションは、始まる前はマスメディアとネットの比較の話になるかなと勝手に想像していましたが、全く違う話題になって私も気づかされることがたくさんありました。
 「マスメディアは古い、これからはデジタルだ」という議論から「デジタル信仰」「PV信仰」が広まり、Excelでデータを管理するようなマーケティングが主流になった。
 その結果、大量の広告を露出する技術が発達し、ネット広告が嫌われる社会になってしまった。
常識だと思っていたことをいかに疑えるか、いかにして本質を捉えるかが、これからのメディアには大切なことかもしれません。
(文:田村朋美、写真:岡村大輔、デザイン:Seisakujo)
「そのマーケティングを疑え」をテーマに、見せかけの数字ではなく本質を追求すべきと言及した今回のディスカッションは大盛況のなか幕を閉じた。

記事では紹介できなかった、ワンメディアの明石ガクト氏らが登壇した「DOUBT! THE CREATIVE.」とナイアンティックの足立光氏らが登壇した「DOUBT! THE PLANNING.」の様子は、下のボタンから確認できる。