【磯崎哲也】起業家は本能的恐怖と100億円でできることをイメージする力が必要だ

2019/5/31
 長らく続いてきたシリコンバレー一強時代は様相を変え、世界中でスタートアップに向けた資金の流れが加速している。日本のスタートアップにおいてもメガベンチャーやユニコーン企業が勢いづき、ファイナンス戦略は欠かせないものとなった。
 かつてない追い風をとらえ、スタートアップが目指す「高み」に突き抜けるには何が必要なのか。
 多くの起業家が手にするバイブルがある。『起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと』だ。今回のプログラムでは、同書の著者である投資家の磯崎哲也氏によるゼミが行われる。
 磯崎氏はスタートアップのCFO等を歴任した経験を有し、現在はメガベンチャーを目指すITを用いたスタートアップに投資を行っている。常に最前線に立ち続けてきた磯崎氏は、“スタートアップ新時代”のファイナンスをどう見ているのだろうか。
1984年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。長銀総合研究所で、経営戦略・新規事業・システム等の経営コンサルタント、インターネット産業のアナリストとして勤務した後、1998年ベンチャービジネスの世界に入り、カブドットコム証券株式会社社外取締役、株式会社ミクシィ社外監査役、中央大学法科大学院兼任講師等を歴任。公認会計士、税理士、システム監査技術者。著書に『起業のファイナンス』(日本実業出版社)があるほか、ビジネスやファイナンスを中心とする人気ブログ及びメルマガ「isologue」を執筆。
最前線の投資家や起業家を訪ね、激動のビジネスを巡る連載企画「スタートアップ新時代」。創業期のスタートアップをPowerful Backingするアメリカン・エキスプレスとNewsPicks Brand Designの特別プログラムをお届けします。

10年間で大きく様変わりしたベンチャー投資

──『起業のファイナンス』を執筆された2010年ごろと比較して、現在の日本の起業環境にどのような変化を感じていますか?
磯崎 冗談抜きで、「違う国になった」というレベルで変わりました。2012年に、億円単位のベンチャー投資を行っている事例は5つほどしかありませんでした。
 そうした中で我々Femtoは、アーリーやシードステージ※のネット関連のベンチャー企業を対象として、1社に1億円以上を投資する総額16億円のファンドを2013年に組成したんです。ちょうどそのころから、多額のベンチャー投資を行う事例が増え、2013年には億単位の投資事例が50件くらいになっていました。
※ベンチャー起業の成長段階をステージごとに区分したもの。「シード→アーリー→エクスパンション→レイター」という表現や「シード→アーリー→ステージA→ステージB→ステージC」などがある。
当時はベンチャー投資を取り巻く急速な盛り上がりに驚いたものですが、現在は日本のVC(ベンチャーキャピタル)による出資額が1,000億円以上、事業会社からの投資額も合わせると4,000億円近い規模ですから、さらに桁違いの変化が起きていることが分かります。
 こうした盛り上がりは日本だけではなく世界的な現象です。かつてはスタートアップ投資の世界はアメリカの一人勝ちで、他国の投資額を全部足してもアメリカには到底およばなかった。ところがここ数年、アメリカ以外の国の投資がアメリカを追い抜くようになってきています。
 海外の投資家たちと話していて、やっぱり「ベンチャーの生態系」は産業革命に近いような「革命」なんだなと強く思ったんです。
 ただし、産業革命には例えば、ワットが発明した蒸気機関車といった「目に見える物」がありました。蒸気機関車を見た人は「すごい! これは間違いなく次世代の社会を動かす原動力になる!」と一瞬で理解できたはずです。しかし、スタートアップを発展させるものは、起業家、従業員、メンター、エンジェル、VC、VCファンドに出資する機関投資家等、様々な主体が共生する「生態系(エコシステム)」で、これは、目に見えません。目に見えないので、なかなか理解が進まない。
 加えて、ベンチャー投資というのはシードで投資をしてから、上場したりM&Aされたりするまでに5年、10年といった月日がかかる、非常にゆっくりしたサイクルで、ノウハウや実績・信用が蓄積されるのにも長い時間がかかります。このため、1970年代からシリコンバレーで始まったベンチャー投資が社会に極めて重要であることが、(シリコンバレー以外の米国の地域すら含む)そのほかの世界ではまったく理解されずに最近まで来てしまった。
 南米や中近東など世界中のスタートアップをサポートするNPO「Endeavor(エンデバー)」のアレン・テイラー氏は、「15年前には、ヨーロッパに2〜3のVCがあった他は、世界中どこにも米国流(独立系)のVCは存在しなかった。しかし最近では発展途上国を含めて、世界中に米国流のVCが存在している」とおっしゃっています。
 中国をはじめとするシリコンバレー以外の世界でも巨大企業が次々に誕生するのを見て、シリコンバレーから30年遅れて、世界中が今、革命の波に乗り始めているのです。
──日本でも投資規模が大きくなることで、具体的には何が起きるのでしょうか?
 一番はスタートアップに優秀な人が集まることですね。これまでの常識では、大手企業に勤める優秀な人をスタートアップが引き抜こうとしても難しかったですよね。「給料は下がるけれど、夢のある仕事ができる」と口説くしかなかった。
 でもスタートアップの資金が増えると、「君の力を思う存分発揮してほしい。もちろん待遇も今まで以上にするから」と言えるようになります。あるいは、「10億円規模のプロジェクトを任せてもらえるから大手に残りたい」という人は、今までは給料を多少高く提示してもなかなか動いてくれなかったですが、「うちなら50億円のプロジェクトができる」と切り返すことができるかもしれない。
 実際、メルカリはゴールドマン・サックス出身の長澤啓氏をCFOに据えていますよね。一昔前であればゴールドマン・サックス出身者がスタートアップのCFOになるなんて考えられませんでしたが、今は違います。自分のやりたい仕事ができてキラキラした毎日が待っているというイメージを伝えることができれば、優秀な人材を集め、事業の成長を加速させることができるのです。
 スタートアップ革命の特質は、「新しい、社会的価値のあることに挑戦した人が、経済的にも、それなりのリターンを得る」というところだと思います。
 週刊ダイヤモンド誌にも掲載された、平成30年間で世界の時価総額の上位がどう変化したかというランキングが有名です。平成元年には日本企業がランキング上位を占めていたのに、平成30年ではGAFAや中国企業をはじめとする急成長企業が上位を占めています。
 なぜこれが起こったかをよく考えてみると、やはり「新しい企業価値を作り出すことにチャレンジした人、それをサポートした人に、それなりの経済的リターンもある」というインセンティブの仕組みを取り入れた会社が伸び、逆に100億円、1000億円といった貢献をした人でも、ボーナスがせいぜい数百万円程度しかもらえないといった仕組みの会社、つまり日本の大企業が沈んでいった、というシンプルな理由ではないかと思います。

伝統的なファイナンス理論と現実のギャップ

──ファイナンス理論にもこの数年間で変化は起きているのでしょうか?
 ファイナンス理論と現実のスタートアップの世界に、一見すると大きなギャップがあるように見えます。伝統的なファイナンス理論には、「株式で資金調達をすると資本コスト※が一番高い」という考えがあり、株式での調達は極力減らし、リスクを考えた上で銀行からの借り入れも行うことが望ましいとされています。
※資本コスト:借り入れに対する利息の支払いや、株式に対する配当の支払い等の資金調達に伴うコストのこと。
 しかし、GoogleやAmazonの上場時のバランスシートを見てみると、借入金は一切計上されておらず、すべて株式で資金調達をしていました。
 Googleは上場時に1000億円単位のキャッシュを持っていましたが、ファイナンス理論に照らせば、「キャッシュを多く持っていても意味がないから、無駄な株式での調達はやめて、借り入れとのバランスを取れ」ということになります。ところが、銀行から資金を借りることが難しいアーリーステージのスタートアップならともかく、いくらでも銀行から借りられそうな上場前後のGoogleですらそうしていない。
 外からの見え方として、「キャッシュが1億円しかなく、あと半年で資金が尽きる会社」と、「キャッシュが1000億円ある会社」を比較すると、後者のほうが、安心感がありますよね。優秀な人材も集めやすいでしょうし、試しに取引をしてみようという会社も増えるでしょう。
 高いバリュエーションでの巨額資金調達の発表や、キャッシュの蓄積は、「資本コストを考えないバカな調達」「無駄に積まれている不効率な資産」ではなく、まだ見ぬM&A候補や優秀な人材を惹きつける最高の「シグナル」であり、それ自体が企業価値を急成長させるための武器になっています。
「お金がなくなったら会社は死ぬ」という法則は昔から変わりませんが、それ以外の多くの要素は時代に合わせて流動的に考えていく必要があるでしょう。
──環境の変化によってビジネス戦略の選択肢も増えているということでしょうか。
 そうですね。伝統的な考えでは「いかに早く利益を出すか」ということに注力しがちですが、スタートアップが売り上げを立て利益を出すには相当な時間がかかります。今は、その何年もかかる売り上げに相当する資金を数カ月で調達することもできる時代ですから、無料でサービスを使ってもらって、ユーザーを増やすといった戦略を取ることもできるようになってきたわけです。
 最終的にスタートアップのビジネスが成功すれば、消費者の生活が向上して社会はより良くなり、起業家や従業員も巨額な資産が形成され、投資家も何十倍というリターンを得られて、関係した人全員がハッピーになるわけですから。現状は赤字であっても将来の可能性に賭けようとする起業家や転職投資家は確実に増えています。

「お金」よりも「ビジョン」の力

──ファイナンスの環境が整ってきているとはいえ、ファイナンスに詳しくない起業家はどのようにファイナンスと向き合えばいいでしょうか?
 ときどき、「起業するので簿記を勉強します」と言う起業家の方がいます。もちろんそれもいいのですが、スタートアップでやるべきことは非常に多岐にわたるので、「関係することを全部自ら納得するまで学ぶ」という姿勢の人よりも、「それを得意とする日本や世界でトップクラスの人を仲間にできる」起業家の方がより速く成長する可能性が高いと思います。Facebookのマーク・ザッカーバーグ氏が簿記や税務を勉強していれば今よりもFacebookが成長していたかというと、おそらく結果は逆ですよね?
 私は今まで何千社というスタートアップにお会いしてきましたが、お金の話ばかりをする起業家よりも、世の中を変えうる大きなビジョンを持っている起業家の方が、結果としてうまくいっています。
 それは「お金が汚らしい、倫理的に悪いものだから」ではなく、「お金のインセンティブとしての力がすごく弱い」からだと思います。Alphabet (Google)も今は時価総額80兆円を超える企業ですが、創業者は「10兆円欲しいなー」と思って起業したわけではありませんよね?
「自分が考えた検索エンジンを世界中の人が使っている姿」や「みんなが欲しいものをネットですぐに買える世界」といった「実態」はイメージできますが、「10兆円」を自分が持っている姿というのは、まったくイメージできないはずなのです。「社会に大きな変革をもたらす具体的な姿」こそが巨大な企業価値を持つのであり、お金というのはそれだけではインセンティブにはなりにくいと思います。
──スタートアップの成長は、お金ではなく「想い」で回っている、と。
 そうですね。想いというと頼りない感じがしますが、スタートアップのCEOのビジョンをイメージする力って、スター・ウォーズのフォースの力みたいなものなんですよね。ヨーダと2人で、ルーク・スカイウォーカーが修行をしているときに、念力で飛行機を持ち上げるように言われて、「絶対にできっこない(“I don’t believe it.”)」と答えたら、「だからうまくいかないんだ(“That is why you fail.”)」と、ヨーダから言われるっていうシーンがあるんですけど。
「できないかもな」と思う人って、やっぱりできないんですね。でも、「このプロダクトで世界を変えるんだ」っていうようなイメージが強く継続してできる人は、必ず到達できると思います。イメージが湧いていれば、それをメンバーや投資家にも伝えられるわけです。
 もちろん、「ただ想うだけ」では想いは続きません。例えば、「アメリカのこの領域の会社はどうビジネスモデルを構築してるのか?」とか「ほかのうまくいってるスタートアップは、どうリーダーシップを取ってるんだろう?」「このサービスには、どういったシステムのアーキテクチャを採用したらいいのか?」など、成功までの道のりをイメージするためにも具体的な知識が必要ですし、それを一緒に実現してくれる仲間がどこにいて、どうやったら当社に来てくれるか、ということもイメージできないと、だんだん自信がなくなってきます。そしてそれを実現するためのお金も重要です。
──なるほど。お金をおろそかにしていいわけではない。
 ですから、専門家のようにファイナンスに精通する必要はありませんが、起業家には「資金調達が止まれば、会社がなくなる」という本能的な恐怖感と、「お金が(1億、10億、100億)あれば、何ができるのか?」というイメージは持っていただきたいと思います。
 もちろん「いくらでも資金調達できるから大丈夫」という油断は禁物。そのためには投資家にもそのビジョンをぶつけて、「こいつらなら確かにそれが実現するかもな」と、ビジョンを実現するまでの道筋を投資家に説明してイメージしてもらえる力も欠かせません。
 特に日本は、まだ投資家の層も非常に薄いし、コンサバな投資家も多い。多くの投資家に説明して、「いまいちだねー」といったことを何十人にも言われると、普通の人ならそこで心が折れるはずです。でも、スタートアップは、今まで実現されていなかったことをやろうとしているわけで、先端的であればあるほど、簡単にはほかの人に理解してもらえないのは当たり前なのです。
 スタートアップの資金調達は投資家候補の多数決で決まるわけではありません。100人の中で、3人でも1人でも、自分の構想を理解してくれて必要な資金を出してくれれば、それで成功するのです。
──具体的には、どういった説明が必要なのでしょうか。
 教科書的な話をすると、将来のどんなビジョンを持っているのか、そのために、どんなプロダクトを作って、どれだけの規模のマーケットを狙うのか。目標を達成するにはどれくらいのお金が必要なのかを逆算して事業計画を考えることになります。
 できる経営者は、世界の競合のビジネスモデルを理解し、そこと比べて自分にどういった優位性があるのかをきちんと説明したりしてくれます。逆に、海外にも似た企業があって、そこが100億円、500億円と調達して日本に攻め込んでくる可能性もあるのに、「ちょっと英語は苦手なんですよね〜」と海外の状況をまったく見てない経営者がいたら、「この経営者、本当にこのグローバル化した時代に、未来を考えてるのかな?」と思われても仕方ないですよね。
 ただ……。私が知る“イケてる”投資家の人は全員、「スタートアップの事業計画がそのとおりに進んだケースは見たことがない」と言いますね(笑)。なので、やるべきことは「いかに精緻な経営計画を立てるか」ではありません。誰もやったことがないからその領域が残されているわけで、計画がそのとおりに行くかどうかは、やってみないと分からない。
 だから、アーリーステージの投資家は、もちろん計画の妥当性は検討しますが、起業家が学校で学んできたことや、今までの仕事の実績も含め、受け答えやそのロジック、これから優秀な人材を引き込んでいけるかなど、「このチームで会社は成長していけるかどうか」を暗黙のうちにイメージしているはずで、その成功している姿をイメージさせられるかどうかは本当に大切です。

シリーズBが最も難しい

──スタートアップにおけるファイナンスで大事なタイミングはありますか?
 我々の世界では、「シリーズBの投資が一番難しい」といったことがよく言われます。初回の調達である「シリーズA」に続く2回目の調達で、一般的には収益を伸ばしていく時期に行われるものです。
 シリーズAは最初の資金調達ですから、まだまったく実績も何もありません。たとえば新しい市場に目をつけて、ある程度のプロダクトを見せれば「これはすごい」と1億円単位の調達ができることも今は珍しくありません。経営者の迫力やトラックレコード、ビジョンの大きさで資金が集まることもある段階がシリーズAです。
 また、シリーズCやDともなると、顧客が10万人を超えたとか、売り上げが3億円になったとか、具体的な成果を見せて資金調達ができる段階になります。売り上げやその他のKPIの成長曲線が急に上昇していれば「投資をさせてくれ」という人が集まってくることもあります。
 ところがシリーズBについては、ビジョンに対して現実がついてきていない場合が多い。経営者が100億円の売り上げを思い描いているのに、現状の売り上げはまだ数百万円が立ち始めたくらいといった状況では、「これをやれば乗り切れる」という必殺技がありません。ここは、投資家を一生懸命説得するほかないでしょう。そういった意味では、たとえピンチのときでも、「下を向かずにガンガンいけ!」と追加投資で応援してくれるような投資家と日頃から付き合っておくことも大切です。
──起業家がみなファイナンスに精通する必要はないとして、社内にCFOを置くタイミングは、いつごろがよいのでしょうか。
 潤沢な投資環境があるシリコンバレーでは、「上場直前まではCFOはいらない」と言うVCの人もいますが、日本はまだシリコンバレーほどの状況ではありませんから、早い段階でそうした人が関与してくれれば、非常に強いサポートになりえます。
 例えば、メルカリに参画する前にミクシィのCFOだった小泉文明氏や、グリーのCFOで現在はメルペイ代表取締役をされている青柳直樹氏のような存在がいると、やはり周囲からの見え方は違います。
 前述のとおり、社長が株や細かい金の話ばかりしている会社というのは、ベンチャー投資家からみて受けがいいものではありません。「社長は壮大で魅力的な事業の話をして、CFOや管理部長が具体的で説得力のある数字を語る」といった「ボケとツッコミ」ができるチーム体制だと非常にうまくいくように思います。
 また、例えば非常に優秀なキャリアを持つCFOがいれば、「この人がフルタイムでこの会社に人生を賭けようと言ってるからには、この会社は確かに成長しそうだな」と思ってもらいやすくなります。
──最後に、ゼミを受講する方に向けてメッセージをお願いします。
 もし、みなさんがお金の枠に縛られることなく、いくらでも自分のやりたいことを実現できるとしたら、何を強く望むでしょうか。そこで描いた夢の実現を資金面から具体化するものがファイナンスです。
 今回のゼミでは、メルカリ等のファイナンスの実例とともに、優先株式を用いた資金調達など具体的なファイナンスの技術についてもお伝えしたいと考えています。ファイナンスの勘所をつかみ、大きなビジョンを実現させるきっかけにしていただければと思います。
近日、創業期のスタートアップをPowerful Backingするアメリカン・エキスプレスとNewsPicks Brand Designの共催でスタートアップ新時代「起業家のためのクリティカル・ファイナンス」ゼミの募集を告知いたします。ご期待ください。
(編集:中島洋一 構成:小林義崇 撮影:工藤慎一 デザイン:堤香菜)