投票システムや暗号通貨の研究者であり、『多数決を疑う』、『暗号通貨vs.国家──ビットコインは終わらない』などの著書で知られる、慶應義塾大学経済学部教授の坂井豊貴氏。
経済学者でありながら、お金に関する失敗を重ねてきたと語る。貧乏留学のエピソードから、現在のお金観について話を伺った。
1.5ドルのコーヒーに憧れた留学生活
──20代のころは、どんなことにお金を使っていましたか?
坂井 とくに裕福というわけではないですが、それなりに恵まれた家庭で育ったので、20代前半まで不自由なく暮らしていました。しかし26歳のときアメリカの大学院に留学してから、一転して貧乏生活がはじまりました。学費は免除されていましたが、生活費を少額の奨学金でまかなうことにしたんです。当時、奨学金は月800ドル、日本円で言えば8万円くらいでしょうか。
──衣食住のすべてを月800ドル以内に?
坂井 はい。家賃や固定電話代を支払うと、使えるお金は残り400ドルほど。このなかから食費やコインランドリーの代金を出すわけです。僕がいたのはNY州のロチェスターという郊外の都市。日本でいうと、東京・町田市で、月4万円で暮らすような感じだと思います。けっこうきついですよね。
クラスメイトには3.5ドルのスタバのコーヒーを愛飲する人も多かったのですが、僕はキャンパス内で売っていた1.5ドルのコーヒーすら買えなかった。毎日の食事は、低所得層向けのスーパーマーケットで買った「3箱1ドル」のパスタが主です。段ボールみたいな味でした。
その後、成績が良かったので奨学金の額が増えて、ようやく1.5ドルのコーヒーを買えるようになりました。
──当時、どんな気持ちで生活されていたのでしょうか。
坂井 それが、意外と楽しく暮らしていたんです。自分の将来に希望があったからだと思います。ひたすら研究に没頭していたし、僕はわりと早いうちに成果が出せたんです。3.5ドルのコーヒーが買えなくとも、論文が良い学術誌に採択されたら、惨めな気持ちにはならないです。
「支出のコントロールが苦手」
──留学時代に節約を経験したことで、その後お金の使い方に変化はありましたか?
坂井 いや、当時の節約は、そうしないと死ぬからやっていただけです。死なないなら、やらない。僕は学生結婚だったんですが、留学から一時帰国した際は、日本で働いている妻からお小遣いをもらって暮らしていました。朝に出勤前の妻から5千円もらって、昼には楽しく使い果たしている感じです。当時、倉田真由美さんがダメな男を描く『だめんず・うぉ~か~』というマンガが流行っていたのですが、それを読むと自分みたいな男がたくさん出ていて共感しました。
──共感なんですね……。でもそれから帰国されてすぐに准教授として働き始められたんですよね。
坂井 29歳のとき、博士号を取って日本に帰国しました。最初の職が横浜市立大学の准教授で、その後すぐに横浜国立大学に移って、35歳のとき慶應義塾大学に移りました。
大学の教授って、べつに儲かる職業ではないんです。でも僕の場合、たまたま本が売れたりして、それなりに収入が得られるようになりました。ところがそれで、お金の苦労は増えたんです。単純に考えたら、収入が増えると、お金の苦労は減るはずなんですけどね。
──どういうことでしょう?
坂井 不定期な収入が増えるにつれ、支出をコントロールできなくなったんです。ポンと入ってきたお金って、ポンと使いやすい。高額の宝くじに当選したけど、身を持ち崩して破産した話って、ときどき聞きますよね。僕はそこまでの金額ではないですが、あれは本当だと思います。人が愚かだからではなく、使い方を知らないから上手く使えない。当時僕は色んなものを買ったはずですが、ほとんど何も覚えてないし、残ってないです。
僕はとくにカード払いとの相性が悪かった。カードだと、お金を払っている感覚が薄くなります。カード払いだと金払いがよくなるというのは、行動経済学やマーケティングの研究で多くあるのですが、自分がまさにそれでした。カードの支払いで現金が枯渇すると、カードで買い物せざるをえなくなります。宮部みゆき『火車』の世界です。
浪費はクセになります。稼ぐのは大変だけど、使うのは簡単ですよね。自由市場では、金銭管理能力の低い人間は、狡猾な人間の養分になります。当時の僕は養分。
──どうやって養分から脱却したんですか?
坂井 自分がおかしくなっているときって、それが常態になっているから、自分でおかしいとは気づけないです。僕の場合は、あるとき何気なく母に浪費の話をしたら、本気で怒られました。最初は「なんでこんな普通の話に怒るの?」と思ったんだけど、数日かけて「あれ、俺、おかしくなってる?」と気づいた。
──そこで初めて現状を理解したんですね。
坂井 うん、情けない話だけど、有難いです。僕は何事も、一度失敗しないと分からないんです。自分で痛い思いをしないと分からない。これはもう、賢くないんだから、仕方ないです。だから大事なのは、一度目が復活可能な失敗であること、二度同じ失敗をしないことです。
それからはプラチナカードを解約し、財布をハイブランドから100均のものに変えました。100均の財布は、レジで支払いをするときに、ちょっと恥ずかしいんですよ。このアイデアの元ネタは、三方ヶ原の戦いに敗れた徳川家康が、そのときの自分の情けない様子を絵に描かせたことです。100均の財布を見るたびに、自分の愚かさを確認するという「仕組み化」ですね。
お金と幸福は別
──坂井さんは暗号資産(仮想通貨)の研究をされていますが、自身でも暗号資産を所有されているのでしょうか?
坂井 はい。僕は、さまざまな通貨の競争を肯定しますし、そもそも社会に流通する通貨が一種類である必要はないと考えています。仮想通貨もですが、トークンのような「準通貨」が価値をもつ社会を面白いとも思います。それらを応援する意味で、いくらか所有しています。
大した金額ではないですが、デイトレードも好きです。株もそうですが、普段から売買していると、情報へのアンテナが立つようになります。アメリカ証券取引委員会の動向が気になるから、Bloombergを楽しく読むようになるとか。これは大真面目に言うんですが、投資や投機の学習効果ってすごく高いですよ。学びが楽しくなるというのは、学びの「仕組み化」として優れています。
──これまでの経験を踏まえ、「お金」に対してどんな気づきを得ましたか?
坂井 一定の生活水準がある前提での話ですが、お金と幸福って、かなり別の事柄ですよね。「お金で幸福は買えない」とかいうベタな話じゃなくて。お金があっても、能動的に幸福になろうとせねば、幸福にはなれない。
たとえば高価なチョコレートも、ただ口に放るだけでは、よさは分からないです。目を閉じて、鼻腔に香りを通して、とやらないと味わいを引き出せない(笑)。よさを味わう努力というか、自分を喜ばせる工夫が必要ですよね。これにはそれなりに手間がかかる。
本や音楽、学問だってそうです。よさを分かろうとしないと、つまらなく感じてしまう。要するに、幸福とは相当程度、精神の姿勢の問題だと思うのです。だから幸福になるのは簡単だと言うつもりは全くなくて、難しいですよね。
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