弱かった日本バスケを急成長させた「ビジョン」

2019/5/19
バスケットボールの男子日本代表は2019年に「13年ぶり」にワールドカップ出場(自力出場は「21年ぶり」)、2020年には「44年ぶり」にオリンピックに出場する。
長らく世界の大舞台から遠ざかっていたのは、それだけ低迷していたことの表れだ。
ではなぜ、再び国際舞台に舞い戻ることができたのか。
日本人として2人目のNBA選手である渡邊雄太、そして6月のNBAドラフトで1巡目指名が確実な八村塁の台頭、元NBA選手のニック・ファジーカスの帰化が大きかったのは間違いない。
ワールドカップ2次予選から合流し、2試合に出場した渡邊雄太(写真:Takashi Aoyama/Getty Images)
ただし追い風に乗ることができたのは、その裏で躍進のシナリオが描かれていたからだ。その中心人物こそ、日本バスケットボール協会(JBA)の東野智弥技術委員長である。
「Bリーグができ、プロ意識を持って何をするか。“世界基準”で日常を変えていくことで日本バスケは変わり、成長物語の1ページ目が描かれました」
(写真:是枝右恭)
組織にとって優秀な人材を獲得するのは不可欠だが、それだけで停滞から脱却することはできない。上昇を目指すには、明確なストーリーが不可欠だ。
日本バスケのシンデレラ物語は、停滞する組織にとって、多くの示唆がある。
日常を世界基準に
──長らく世界の大舞台に立てない中、男子日本代表はワールドカップ、オリンピックの出場権を獲得しました。渡邊、八村、ファジーカスの加入が大きかったと言われますが、チームとしてなぜ低迷から脱し、結果を残すことができたのですか。
東野 JBAではまず、日本バスケの弱点を見ていきました。すると挙がってきたのが、「フィジカル、メンタル、スキルの3つが弱い」。
そこに強みはないというところから、立て直しが始まりました。
フィジカルを定義するものはいろいろありますが、1つは三次元での大きさ。バスケは平面だけで決着がつかず、ジャンプ力が求められます。日本はこれまで“忍者バスケット”みたいにやってきたけれど、それでは追いつけないほど世界は向上しています。
そこで考えたのは、我々の弱いインサイド、さらにリバウンドという弱い部分を最小化しない限り、強みである速さ、アウトサイドのシュートの効果は最大化しないということでした。
東野智弥/日本バスケットボール協会技術委員長。1970年石川県生まれ。現役時代は早稲田大学、アンフィニ東京でプレー。アメリカでコーチとしての経験を積み、帰国後は日本代表のアシスタントコーチなどを務めた。アルゼンチン代表が強化された研究などが評価され、2016年から現職(写真:是枝右恭)
──世界との差はどれくらいあるのですか。
現在の話をする前に、話をさかのぼらせてください。
バスケは1936年のオリンピックで正式種目になりましたが、当時、日本代表は出場していたんです。1891年にアメリカでバスケットボールというスポーツができたとき、石川源三郎という日本人がその場所にいたこともあり、世界にバスケが広まる前から日本ではすごく行われていました。
しかし1976年モントリオール大会以来、44年間、オリンピックに出ていません。
オリンピックに出場できるのは12チーム。一方、日本の世界ランキングは48位です(2019年2月時点)。
リオ五輪のアメリカ代表の平均年俸は20億円弱に対し、Bリーグの平均年俸は1000万円台前半。世界との差は大きい(写真:是枝右恭)
何が違うのかと前回のリオ五輪のデータを見ていくと、世界の平均身長が2メートルくらいであるのに対し、当時の日本は190センチ。ここを改善しないと勝ち目がありません。
いきなり身長を伸ばすことはできないので、海外で活躍する2メートル級の選手を連れてこようとしました。
渡邊雄太(NBAのメンフィス・グリズリーズ、206センチ)、八村塁(ゴンザガ大学、203センチ)、渡辺飛勇(ポートランド大学、207センチ)、シェーファー・アヴィ・幸樹(ジョージア工科大学を休学し、2018年末アルバルク東京に加入、205センチ)などです。
それまでの日本代表は、「チームスポーツなのでケミストリーを大事にする」と、長い合宿に参加できない選手はチームに入れないという方針でした。それをサッカー日本代表のように、海外組を予選途中でも合流させるように変え、その選手たちを活かせるようにしたんです。
さらにフィジカルに優れるニック・ファジーカスが帰化し、日本代表に加わりました。
ワールドカップ予選は4連敗でスタートしましたが、そこから8連勝とドラマチックに変わっていく上で、渡邊、八村、ファジーカスの加入が引き金になったのは確かです。
2012年から日本でプレーするファジーカスは2018年に日本国籍を取得し、代表入り(©B.LEAGUE)
──チームの構造的に変えた部分はありますか。
まず、世界を知るスタッフを入れました。現在、日本代表のヘッドコーチを務める、アルゼンチン人のフリオ・ラマスです。
空白の44年間、日本代表のコーチたちは、誰一人としてオリンピックを経験していませんでした。まずはここから変えなければと、世界の経験があるスタッフを連れてきました。
そして「日常生活であるBリーグを変えなければいけない」と、Bリーグのコーチたちにコーチライセンス制度を導入しました。
今、Bリーグのコーチは3分の1が外国人ですが、「外国人コーチに関する特例措置」に基づく一定のレベルをパスしないとライセンスを付与しません。そうすることで必然的に日本人コーチは高いレベルで戦うことになり、リーグのレベルが上がっていきました。
キーワードは、「日常を世界基準に」。これをやらない限り、いくらスーパースターを連れてきても勝てません。
いくらマイケル・ジョーダンが加入しても、シカゴ・ブルズは最初、勝てませんでした。1人のスーパースターだけでは勝てないのがチームスポーツです。