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本当の教育者。
ようやく井本先生の本が出たんだな。
教育は誰でも何か言えるし、少し目新しいことして注目されるその時々の「時の人」はいるけれど、本当に芯に当たっているのは井本先生だなと、ずっと思っていた。
次代の教育です。
自分がイラッとしてしまうということは、そこに自分の中にもある弱さを見いだしているはずなんです。だからイラッとしてしまうんです。その子の中にある未熟な部分、弱い部分を認めてあげることは、結局は自分自身の中にも同じくある未熟な部分、弱い部分を認めてあげることになるんです。
逆に言えば、子供の未熟さにイライラしてしまうということは、大人自身が自分の未熟な部分を直視できていないということ。自分の未熟さを棚に上げて子供にだけそれを直させようと考えるのは、少々虫が良すぎるということ。
高校や児童養護施設に訪問して講演をしていると"ふざける"子はたくさんいますが、こと彼らはこちらを怒らせようと思っているのではなく、注目してほしい為の手段であることは正にその通りだと思います。

そこで彼らの目的を理解し、認めることができたのであれば、怒るや叱るではなく、他の最適な手段を提示してあげることができるはず。
自分に対しても"なぜ、今注意しようとしたのか"という目的を理解して、最適な行動を取るよう心掛けていきたいと思います!
彼は(厳密には)教師ではないのでしょうね。ご自身で「授業人として飛び回りたい」と仰っている通り、数学を教えるプロフェッショナルではなくて、授業を行うプロフェッショナルなんだと思います。おそらく、教師と授業人には求められる能力が全く違うので、周りの教師と比べては駄目だし、カリスマ塾講師が見学するのも意味ないのでは。カリスマ塾講師に求められるものを彼が持っている訳ではなさそう。

以下のコメントは子育てでも言えると思うので、意識したいと思います。

>子どもが『ふざけ』『いたずら』『ずる』『脱線』をしているときは、いちばん自分の頭で考えているときなんです。それをむやみにストップしてしまうのはもったいない
サッカーで怒るところあたりが本質をついていてよい。

大概、怒鳴る叱るという場面というのは、その領域で自信がないこと。知識やスキルの欠如により目の前で起こった行動に対して評価ができないので、怒鳴るという行動につながりがちだ。見ているものが1か0かになっちゃうんだよね。


まあ、とりあえず勉強でもスポーツでも心理的安全性を確保することは大事。
子どもたちがそれぞれ思うようにできれば、大人にはないクリエイティビティを発揮できる。大人が規律を求めすぎるとそんなクリエイティビティも出せなくなるし。
「そもそも子どもが『ふざけ』『いたずら』『ずる』『脱線』をしているときは、いちばん自分の頭で考えているとき」
糸井さんのお話と合わせて読むとすごく納得できます。
【糸井重里さんと考える、企画って何だろう。】
https://newspicks.com/news/3898353

サッカー部の顧問のお話も何だかんだ考えさせられました。私が普段子供に対してイライラしている時は明らかに自分の心が安定していない時。そこで、強くなろうとしなくてもいいのですね。「まず大人自身が自分の“弱さ”を認める」か。なるほど!

私が不完全なので子供たちが手伝いをしてくれます。子供の成長を感じるところの一つ。それに甘えていてはもちろんダメだと思うけれど、親も先生も完璧すぎるのもよくないのだろうなと思います。