電気バス事業で認知度向上

いま振り返ると、コスト意識の高い公共交通機関が運営する大型車(バス)に集中する判断は自明だった。
マイカー購入時に注目される加速や最高速度といった要素は、数ブロックごとに停車するバスにとって重要な要素ではない。遠出したらバッテリーが切れるのではないかという不安も、路線バスでは無縁だ。
通勤通学者が利用する電気バスなら、電気自動車(EV)全般に対する認知度を高められるし、ブランドの知名度を高めることもできる。さらに太陽光発電機、蓄電施設、高速充電機、ともすれば部品を配達する電気フォークリフトなど、さまざまな高額商品を売る端緒にもなる。
こうしたBYDの「総合戦略」は、深圳東部の本社に行くと明白だ。約4万人が働くキャンパスには、6レーンの「BYDロード」が走っている。その脇には巨大な太陽光照明ポールが並び、従業員はBYDバスで工場やオフィスの間を行き来する。
BYD道路清掃車が頻繁に走っているため、BYDロードはディズニーランドのようにピカピカだ。六角形の中央オフィスの前には、走行試験コースとスカイレール(モノレール)の駅がある。スカイレールはEV革命が定着しなかった場合に備えた投資でもある。
創業者の王伝福会長のオフィスは本館2階。デスクには、真っ赤なSUV「唐」のミニチュアが飾ってある。背後の棚には、BYDダンプカーのミニチュアと毛沢東の白い彫刻、そしてウォーレン・バフェットと抱擁し合う写真が飾ってある。「中国の特色を持つ社会主義」を象徴する光景だ。
BYDでは王は伝説の偉人と見られているが、本人は気取らない温厚な人物で、丸顔に笑みを絶やさない。今回のインタビューのために、着飾ることもなかった。濃い色のスーツに、明るいブルーのボタンダウン。胸ポケットにさりげなく会社のロゴが縫い付けてある。
ちなみのそのシャツの色は、BYDのルールに基づいていた。BYDでは、技術系管理職はベージュのシャツ、生産ラインの従業員は濃い青のつなぎ、など『スタートレック』のような服装規定があるのだ。王が首から下げているIDを見ると、写真が色褪せていて2000年代はじめのもののように見える。
従業員たちは、会長が私腹を肥やすことにまったく関心がないことを、ときに過剰なくらい語りたがる(ちなみにブルームバーグ・ビリオネア・インデックスによると、王の資産総額は約48億ドルだ)。
あるとき会長が、香港の投資家に会いに行くことになったところ、ちょっと身なり整えたほうがいいのではと側近に言われたらしいんです。そうしたら会長は、露天商から新しいシャツを数ドル買ってそれを着て行ったんですよ──。そんな話を社員たちは嬉々として語るのだった。

「すべてを一気に変える」中国流

王は、BYDが厳しい競争に直面していることを認める一方で、世界の電気モビリティーへの移行は不可逆的なもので、BYDはまず国内で、そして次に国外でも先頭に立つと自信を示す。王の予想では、将来的にはBYDの売り上げの2〜3割は外国でのものになる。
「私たちは世紀のチャンスに遭遇している」と、王は大きなジェスチャーを交えて言う。「BYDはすでに生産チェーンを持っている。ほかの誰もやっていないことだ」
自動車業界では、王の予測に懐疑的な見方を示す声は少なくない。確かに中国では2015年からの3年間で、新エネルギー車両(プラグインハイブリッド車、純電気自動車、そして燃料電池車)の販売台数が3倍以上に増えた。しかしそれは依然として、あらゆる車の販売台数の4.5%に過ぎない。
懐疑的な人たちは、中国の改革能力を過小評価していると、王は主張する。「すべてを一気に変えるのが中国流だ」と、王は言う。
「白黒テレビからカラーテレビへは3年で切り替わった。欧米諸国では10年かかった。ガラケーからスマートフォンへの切り替えは約1年だ。ヨーロッパでは3年かかった。クルマも同じだ。非常に素早く変わるだろう」
王は政府高官に、補助金と研究インセンティブ、そして規制を正しくミックスすれば、中国は2030年までに従来型のクルマを全廃できると伝えたという。すでにバスはその方向に向かっているし、タクシーも急速な進捗を見せている。王によると、配達用バンなどロジスティクス車両がそれに続く可能性があるという。
現在世界の二酸化炭素排出量の約3割を占める中国が、電気モビリティーへの切り替えを急速に進めれば、気候変動対策の助けになるはずだ(BYDの業績の助けになるのも間違いない)。「コスト面で一定の反発を受ける可能性があるが、放置すれば環境に与えるコストはもっと大きい」と、王は語る。
これほど急速な変化の準備ができている国はない。ましてや米国などもってのほかだ。トランプ政権はEV購入補助金の廃止を提案するとともに、計画されていた燃費基準の引き上げも中止しようとしている。
そうなれば、米国の電気モビリティーへの移行は遅れるかもしれないが、再びその路線に戻ってきたときは、BYDら中国企業が優位に立つことができると、王は言う。
「現在米国にその市場がないなら、無理に米国に投資する必要はない」と、王は言う。「先端技術は中国が握ることになるだろう」
習近平国家主席ら中国政府指導部も、王と同じビジョンを持っており、国の力でそれを支える準備があるようだ。「中国政府は全知全能だ」と王は語る。

政府による補助金縮小の波

中国はほかのどんな国よりも、脱・石油を進めるべき理由が多い。中国は、経済規模に対して国内の石油埋蔵量が控えめで、必要な原油の多くはペルシャ湾岸諸国から、米国とその同盟国の海軍が支配する海域を通ってタンカーで運んでいる。
公害の問題もある。中国の大気汚染の最大の原因は工場や発電所からの排煙だが、自動車の排気ガスも大きな問題だ。
米国と異なり、中国の主要石油会社は国有で、政府の命令に従うしかない。中国で、米国の化石燃料ロビーに最も近い存在は、石炭業界だろう。この業界は中国の総発電量の約3分の2を占め、大規模雇用主でもある。したがって石炭業界は、EVが中国を低炭素の未来に導くという構想を歪める可能性がある大きな要因だ。
中国政府が、消費者にEVを買わせるために取ってきた手段の一部は、欧米諸国から見ると強引な印象を受ける。
たとえば上海市では、新しいガソリン車を購入する場合、購入前に限られた数のナンバープレートを競り落とすオークションに入札しなければならない。落札価格は1万4000ドル前後。これに対してEVのナンバープレートは無料だ。他の大都市にも似たようなシステムがある。
だが、中国のEVブームを支えてきた最大の要因は、政府の複雑な補助金システムだ。それによると、2018年に長距離走行可能な純電気自動車を購入する場合は、7900ドル以上の補助金が交付され、消費者の実際の購入代金は1万5000ドル以下で済んだ。中流世帯にとっては手頃な価格だ。
おかげで昨年、景気減速と世界的な自動車産業の低迷により、中国の自動車販売台数が約20年ぶりに前年割れとなったにも関わらず、EVの販売台数は増加した。
だが、EV補助金は政府に149億ドル以上の負担を強いるもので、当初から暫定措置の予定だった。それが今、段階的に撤廃されつつある。政府は補助金の代わりに、充電ステーションの設置を進めるとともに、生産台数に占めるEVの割合を引き上げるといった措置をとるだろう。
BYDをはじめとするEVメーカーにとっては難しい時期になるだろう。多くのアナリストは、コスト的に電気自動車がガソリン車と競争できるようになるのは2020年代半ばになると見ている。政府の補助金が縮小しつつある今、多くのEV車種は値上げか、赤字覚悟の値下げのどちらかを強いられることになりそうだ。
中国のEVメーカー間の競争も激しくなっている。北京汽車集団(BAIC Motor)や上海汽車集団(SAIC Motor)といった大手から、急成長するスタートアップのNIO(ニーオ)まで数十社が顧客を取り合っている。ちなみにNIOは今年、ニューヨーク株式市場に上場して10億ドルを調達した。
欧米の自動車メーカーも中国進出を急いでいる。世界最大の自動車メーカーであるフォルクスワーゲンは昨年10月、上海に年間30万台を生産できる工場の建設を開始。中国にEV30車種を投入する計画だ。テスラも、初の海外工場を上海に建設している。
BYDがこの競争に勝つためには、実用車だけでなくクールなデザインの車種を揃える必要がある。

CMにディカプリオを起用

この仕事を任されたのが、2016年以来、BYDの主任デザイナーを務めるウォルフガング・エガーだ。彼のオフィスは、本社の奥深く、中国共産党用のスペースの向こうにある(中国の大手企業はみな、このような党の部屋を用意している)。
ドイツのボバリア地方出身で、アルファロメオやアウディを経てBYDに来たエガーの仕事は、BYD車の見た目を変えること。とりわけ現在ラインアップを拡充しているラグジュアリーモデルのデザインを洗練させなくてはいけない。
BYDの服装規定の「例外」を認められているエガーは、シャープな仕立てのグレーのスーツに身を包み、ネイビーブルーのシャツの袖からはアップルウォッチがのぞいていた。
「テクノロジー指向のブランドになりたい」と、エガーはドイツ語なまりの英語で言う。「でも、非常に情熱的なブランドにもなりたいと思っている。感情や情熱がこもっているようなクルマを作りたい」
とはいえ、中国市場向けの多くの調整も必要だ。まず、色の好みが欧米とは大きく異なる。青とグレーはほとんど売れず、黒は政府高官を連想させるからダメ。一番いいのは白と茶系だ。ハイエンド車には、ダッシュボードに大気汚染センサーの表示スペースを設ける必要もある。
それでも、まだクルマに恋に落ちてまもない国で働くのは楽しいと、エガーは言う。
「私たちが若い頃に持っていたような感覚が、まだ残っている。新モデルの発表を半年前からワクワクして待っているとかね」とエガーは言う。それに長い歴史を持つ欧米企業と比べて「ほとんど白紙状態から始めることができる」。
エガーはそう言いながら、正面から見たSUV「唐」のスケッチを手早く描きあげた。「龍の顔に似ているだろう?」とエガーは言う。「龍のパワーが感じられるんだ」
ちょっとわざとらしい話に聞こえるが、中国の消費者にはウケたようだ。この1月、唐のプラグインハイブリッドカーは、中国で3番目に最も売れたクルマになった(1位はやはりBYDのSUV「元」だった)。
レオナルド・ディカプリオが、ロサンゼルスで唐を走らせるCMもおおいに助けになったようだ。

クリアできない技術的制約

消費者の心を奪うクルマを作れなかった場合に備えて、王はバックアップ計画も準備している。かつてと同じ、サードパーティー電池サプライヤーの道だ。ただし今度は携帯電話向けではなく、EV向けに電池を供給する。
実際、BYDの電池工場の年産能力は昨年末の時点で約28ギガワット時だったが、2020年までに65ギガワット時に増やして、自社モデルだけでなく他社モデルにも供給できる態勢を整えようとしている。そうすれば会社としては、消費者の好みの移り変わり(あるいは配車サービスへの大規模シフト)に耐えられるようになるとの考えだ。
電池というEVの主要コンポーネントを競合他社に相手に供給することは、BYD自身を傷つけるようにも見える。しかしBYD幹部らは、これは家電の世界ではよくある慣行だという。たとえばサムスン電子は、最上位機種のスマートフォンを製造販売すると同時に、iPhone向けのディスプレイを製造している。
しかしこうした態勢づくりさえも、長期的な成功維持の保証にはならない。電池の開発・製造はコストと時間のかかる複雑なプロセスであり、利益が上がるのには時間がかかる。
BYDはその技術を慎重に守っている。深圳本社の多くのビルは、訪問者がかなり自由に出入りできるが、電池工場はセキュリティーはが厳しい。スマートフォンのカメラ部分には青いテープが貼られることになっている。
工場は3シフト制で24時間ラインを動かしている。しかし作業の大部分はロボットが行なっている。20メートル以上も高く積み上げられたげ材料入りの樽を取ってくる作業もそのひとつだ。その材料から車載用電池を完成させるまでには、1カ月かかる場合もある。
工場の出口付近でも、電気革命の限界を示す光景に出くわした。細長いロビーに、いくつかのタイプのBYD車両向け電池パックが置かれていたのだ。プラグインハイブリッドカー向けのベッドマットのような長方形のものもあれば、純電気自動車のシャシーまわりに搭載されるレゴのブロックのような電池もある。
BYDの大型バス向け電池は、2トンもの重さがある。しかもそれは最速の充電器を使っても、フル充電に3〜4時間かかる。こうした技術的制約は、中国政府や最強の中国企業をもってしても容易にクリアできない問題だ。
王は、BYDが世界の電気モビリティーの最大のエネルギー源になることを願っている。ギガワット時代にエクソン・モービルとゼネラル・モーターズを合体させた存在だ。
しかし強力な中央集権国家である中国は、EVへの切り替えを国家の重点政策として推進してきたが、それ以外には中国ほど強力に電気モビリティー革命を進める国はゼロに近い。
中国がEV革命を世界で最も早く経験するのはほぼ間違いないだろう。だが、それがどのくらいのスピードで、どのくらい広くまで進むかは、まだわからない。もちろんそこで、BYDが勝者になれるかどうかもわからない。
王は礼儀正しく、自分にとって心配なのは、BYDの勝利よりも、EV革命がどのくらい広がるかだと語る。「個人的な成功はさほど重要ではない。わたしがやいたいのは、新しい産業を作ることだから」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Matthew Campbell記者、Ying Tian記者、翻訳:藤原朝子、写真:©2019 Bloomberg L.P)
©2019 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.