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ちょうど1週間前に小学3年生の娘が宿題を持って帰ってきました。
「あなたの身の回りで困ったと感じたこと、もっとこうだったら便利なのに、というものを5つ考えてきてください」という内容。

いつもの国語や算数の宿題とは違って、娘は頭を悩ませていましたが、私はなんて面白い宿題だと思いました。
たしかに『どんな問題を解決したいか?』を自発的に子どもに考えさせる機会はもっとあってもいいかもしれませんね。

その宿題を提出した後、「ではそれをどうやって解決するか?」を考える授業になるといいなと思います。
「何になりたいか?」の答えは、身の回りのものにならざるを得ない。視野が狭い子どもには、酷な質問かもしれませんね。その点、「どんな問題を解決したいか?」という問いは、職業関係なく前者の問いよりも掘り下げて考えられ、かつアプローチが一つではないことも学べますね。
「将来何になりたいのか?」に対する子供たちの純粋なアンサーを、質問した側の大人が台無しにしてしてしまうことがあるという意味でも、この質問は非常に難しい。

例えば男の子が「お花屋さんになりたい」と言ったときに、「それはあなたのなるべきものではない」というようなリアクションや、マイナスな表情を周りの信頼する大人から浮かべられたら。

子供たちの選択肢は、大人たちの無意識なリアクションによってどんどん小さくなってしまうかもしれない。
そういうリスクもあるかもしれない。確かにわかる。そういう意味では就職控えた大学生に聞くのも(そして「自己分析が足りない」などといって強要するのも)リスク。

ちなみに私がかつて聞かれたときに答えていたのは以下。

5才くらいまで:ドラえもん
小学生低学年 : 野球選手
小学生高学年 : ゲームデザイナー

中学生以降は恥ずかしくて言わなかったけど、GLAYみたいになりたかったです。

まあでも夢を抱いてそれに向かって突き進むことは、本人の成長を後押しするし良いのではないかな。この記事でかかれているデメリットも分からないことないけど。

ちなみに上記の夢を抱いていた私の現在は、(自称)GLAYプロピッカーになりました。あと、ガジェット好きで色々買う私は、職場で「安東さん、ドラえもんみたいですね」と言われました。

何だかんだ、夢は叶ったのかもしれない。
最近では、YOUTUBERになりたいという子供が多く、親はYOUTUBERにはなって欲しくない…という調査結果が出ていますね。
女の子だと、花屋さんとかケーキ屋さんになりたいというのが多いなぁと調査結果を見ています。
これらは、身近なものしか想像出来ないというシンプルな結論であり、実際にその為に何か一生懸命にやるというのとは違うようです。

子供たちには、身近なもの以外に世界には多くのものがあり、色々な生活スタイルがあることを教えてあげることが先ずは必要なのではないでしょうか?異質なものを受け入れる包容力は子供の頃に身につけないと、大人になってからだと難しいですよね。
「何になりたいか」ではなく「どうなりたいか」と聞くとよい、という話を聞いて納得したことはあります。何に、というと暗黙的に職業ですが、「どう」と尋ねるとある人は職業かもですがある人は、「こんな人になりたい」「誰々みたいになりたい」などいろいろな答え方があって良いとのことでした
どんな問いを投げかけるかってすごく大事なテーマ。
職業はあくまで手段なので、自分の本質を認識した上で職業を紐付けられると選択肢も納得度も増します。うちの教育プログラムでも大切にしてるのは、自分は何を表現したいのか、どんな風に時間を使いたいのか、どんな事を提供し何を得たいのかのような自己認識につながる問い。
それほど目くじらを立てることではない気がしますが、私だけでしょうか?

これを「タブー」とか考えていたら、何も言えなくなる気がします。

要は、こういった「一言」で決まるものではなく、もっと全体の流れが大事だと思います。
「何になりたいか」よりも「何をしたいか?」「なぜそれになりたいか」という追加の質問が大事だと思います。
それこそが子供が大切にしている価値観だし、そこを実現できるように育むことで夢の実現のあり方が変わってくるはず。
考えすぎ