GAFAは目指さない。産業の深淵に潜り続ける謎の少数精鋭企業

2019/4/30
 ヨーロッパを中心に「Deep Tech」がバズワード化しはじめた2018年末、イギリス発の謎のスタートアップが、日本の東証マザーズに上場した。日本人の創業によるDeep Techベンチャー「Kudan」だ。
 天変地異の予兆として出現すると伝承される妖怪 “件(くだん)”を社名の由来に持つこの会社は、上場会社であるにもかかわらず従業員数わずか3人海外子会社を含めても14人という超少数精鋭主義。
 本社を日本に置くが、事業の根幹を担うR&D部門は創業の地であるイギリス西南部のブリストルに位置し、人員のうち70%はPh.Dを保有する数学や物理の研究者だという。
 Kudanの既存顧客や提携先はすでに世界40カ国にまたがり、その大部分はFortune2000に名を連ねるグローバル規模のテクノロジートップ企業だ。
 一般的な認知度はゼロに近い。だが、すでに従業員一人当たりの時価総額はGoogleやFacebookすら遥かに超えており、破格の高バリエーションを実現している。
 彼らは、自らのビジネスモデルを「産業の最深層に潜り続けること」だとしている。 その言葉の真意とは。謎の少数精鋭集団・Kudanの実態に迫る。

あらゆる機械に「視覚」を与える

 Kudan創業の地であるヨーロッパは、「Deep Tech」の最前線といわれている。
 Deep Techは日本語に直訳すると「深層技術」だが、その呼び名の通り、最も技術的に困難で、最もインパクトがありながら、社会の表層にあわれにくい様々な技術に、多くの新興企業が取り組んでいる。
 象徴的な事例として、“囲碁で人間に勝利可能な人工知能アルゴリズム”である「AlphaGo」を開発したDeep Mindの創業地もロンドンだ。彼らが2014年、Googleに5億ドルで買収されたことは記憶に新しい。
 こうした深層技術の隆盛のなかで、Kudanが注力しているのは「人工知覚(Artificial Perception:AP)」の追求──コンピュータやロボットに“視覚”を付与し、自律的に動けるようにする──そのアルゴリズムの研究だ。
 地球上の生命の歴史において、約5億5000年前に発生したとされる「カンブリア爆発」。その要因には様々な学説があるが、「生物が“眼”という器官を獲得したことにより、指数関数的な進化が引き起こされた」という説がある。
 眼=視覚から得た情報を脳が適切に処理することによって生物が爆発的な進化を遂げたように、 Kudanはロボットやコンピュータなどに「機械の眼(AP)」を与えることによって、あらゆる科学技術・産業分野に進化を引き起こそうとしている。
 Kudanが研究するテクノロジーは、学術的にはSLAM/ALAM/VIO/SfMなどと呼ばれる技術群を、「機械の眼」による高次元空間・位置把握のために発展させた認識技術だ。
 例えば、自己位置推定と環境地図作成を同時に行うSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)は、ロボットがはじめての環境でも空間における自身の位置を認識することで進みたい方向を判断することができ、より自律的な行動を取るためなどに用いられる。
 今後発展していく、自動運転、ドローン、ロボティクス、ARやVRなど、動き回る機械やコンピュータの”眼”として、なくてはならない技術として注目を浴びている。
「産業の深層に潜ることで、競合を顧客にする。これを繰り返してきた結果、テクノロジーの最深層である基盤技術にまでたどり着いたのがKudanです」
 そう語るのは、創業者である大野智弘氏だ。その独創的な経営戦略の本質について、CFOの飯塚健氏、COOの項大雨氏を交えた3者に聞いた。

市場トレンドを見極め“深く潜り込む”

──KudanがDeep Techの研究開発に注力するきっかけは何だったのでしょうか。
大野 私はKudanの創業に至るまでに、いくつかの英国企業で経営に携わっていました。あるゲームコンソール用のコンパイラ会社ではコンピュータ技術を、また別のゲームIP会社ではIP(知的財産)ビジネスに取り組んでいました。
 Kudanを創業する時点では、それまで存在しなかった事業を作ろうと考えていたのですが、私自身が熟知している技術とIPの双方を掛け合わせて、まったく新しい領域を開拓しようとしてたどり着いたのが人工知覚(AP)です。
 とはいえ、いきなりDeep Techであるアルゴリズム開発に着手したわけなく、実は戦略的に狙いすました結果として今のポジションに至っています。
 まず創業時に着目したのは、人工知覚(AP)の応用技術として期待されていたAR(拡張現実)です。当時、ARはプロダクトが技術的に未熟で使いにくく、競合もまだ少なかったため、自社開発のARアプリを比較的簡単にビジネスにできました。
大学卒業後、アクセンチュアに入社。東南アジア、アメリカ、ヨーロッパにてコンサルティング業務に携わる。2001年、イギリスのベンチャー企業に役員として入社。2011年イギリスのブリストルにてKudan Limitedを創業、2014年に日本にKudan株式会社を設立し、同社代表取締役CEOとして現在に至る。
 しかし、ARアプリ開発はあくまでも人工知覚(AP)の研究開発を目指す上での入り口と位置付けてましたので、長く止まるつもりはありませんでした。
 次に扱ったのはAR関連のSDKです。つまり、ARのソフトウェアを開発するために必要なプログラムや技術をパッケージにして、新規参入する競合に売るビジネスにシフトしたのです。あの「ポケモンGo」がリリースされる2年ほど前でした。
──アプリ開発を経てからSDKに至った。
大野 エンドユーザーに近い領域を上層、逆に遠い、つまりコアな技術を扱う領域を下層と考えてください。プレイヤーの数からいえば、上の領域の方が多いですから逆三角形になります。
 プラットフォーマーを志向する人々は、上に、あるいは横に広がりながら多くのエンドユーザーを取り込んでいきます。でも我々はあえて下層に向かう戦略を採りました。
 AR関連のSDKを作る企業も今では増えていますが、我々はこれも見越して「ARエンジン」の領域に下がり、さらに「アルゴリズム」の領域まで下りてきたのが現在地です。アルゴリズムの領域は、まさにDeep Techだと思っています。
一般的に、Deep Techは短期的にはお金になりにくい。大きな資金調達をしてアプリやサービスの開発といった上層のビジネスをしたほうが爆発力はあるでしょう。
 ただ、我々には「超少数精鋭で圧倒的に面白いビジネスを作り上げたい」という思いがあり、そのような普通のビジネスアプローチを意識的に避けてきました。
 というのも、上層の領域に進んでしまうとDeep Techの追求が止まってしまうからです。たとえばKudanがARアプリの販売を始めたら、その瞬間にメンテナンスやカスタマーサポートで大きなチームが必要になり、エンジニアに求められるスキルもまったく変わってしまう。
 すると優秀で尖ったエンジニアはKudanから離れてしまい、再びDeep Techに戻るのはほぼ不可能です。
中国生まれ、日本育ち。トヨタ自動車にてエンジン開発・生産技術開発・製造現場の生産性改善を経験。その後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて、大手日本企業の成長戦略、オペレーション改善、M&A、IT 戦略の立案・実施など幅広く経営支援に携わる。2016年よりKudanに転じ、COOに就任。
大野 うまくいかないDeep Tech企業に典型的ですが、ニーズがないところをいくら掘ってもビジネスにはなりません。
 我々はエンドユーザーに近い領域は扱わないと言いましたが、まったく見ていないわけではなく、将来的な需要を見込んだうえで下層に進むことを徹底しています。
 我々が市場を作るのではなく、市場にいちはやく気付いて、そこに種を仕込む。そのうえで技術力をもって下層に潜り、競合を我々の顧客として取り込んでいく。ここは戦略として一貫したものです。
 そのために続けてきたことは、「現状の領域で優位性のある状態で、より下層の領域に移る」ということです。
 たとえば、ARアプリの領域で圧倒的に優位性のある状態で、SDKの領域に移る。ARエンジン領域の技術を十分に高めたうえで、アルゴリズムに移る。こうした動きをしていなければ、生き残ることは難しかったでしょう。

Kudanが考えるDeep Techの姿

──Deep Techの盛り上がりをどのように捉えていますか?
大野 海外でDeep Techが盛り上がっていますが、基本的にはマーケティング戦略の一貫ですよね。ヨーロッパの投資まわりの人々がDeep Techというバズワードで人を集めようとしている、と理解しています。
 我々は日本語で「深層技術」と呼んでいるのですが、いわゆるバズワードとしてのDeep Techとは少し異なっていて、次の三つの要素を兼ね備えたものです。
① 最先端の科学技術であること
 (Deep in Science)
② 産業を底で支えること
 (Deep in Industry)
③ すべての産業に影響すること
 (Deep in Impact)

 実は、世の中でDeep Techを標榜している企業の多くは、特定のプロダクトカテゴリや産業を対象としていたり、他の要素技術の上で成り立っているものがほとんどです。先ほどの逆三角形の図に照らすと、我々と比べてまだまだ浅い領域にいます。
 一方、Kudanは先端技術のなかでも、特定の産業に特化しない基盤技術を扱っています。自動車でもドローンでも、医療分野でも、あらゆるインダストリーにとって必須となる技術を生み出すことを目指しています。
──Deep Mindの買収のような例もあるなかで、あえて1社で上場したのは?
大野 我々にもアメリカや中国の大手企業から多数の買収が持ちかけられましたが、すべて断ってきました。
 名前を売ったり、短期的な成長を目指すならGAFAのような会社に買収されるのも選択肢ですが、KudanはあくまでもDeep Techのインパクトを最大化するために、独立性を保って成長する道を選びました。
 これまで多くの新興技術企業がGAFAをはじめとする大企業の傘下に入っていくのを見てきましたが、ほとんどの場合、大企業のリソースが手に入る代わりに、特定の事業領域に技術が閉じ込められてしまいます。
 我々はあらゆる産業で使われる技術の汎用的な普及を目指しており、GAFAといえど一大企業に囲われてしまうことで、それが止まってしまうのは絶対に避けたいのです。
 Kudanが取り組んでいるDeep Techは技術として圧倒的に「深い」からこそ、圧倒的に「広がる」技術として育てるべきだと考えています。
──大手企業や大学発ベンチャーなどが研究開発に長らく取り組んでいるにもかかわらず、Kudanが技術面で優位に立てた理由は?
 大企業は、最終的に自社のプロダクトやソリューションを売るためにR&Dを行なっており、Kudanのように「深く潜る」ことで技術の汎用性を極限にまで高めるようなアプローチをしません。
 結果として、そのような大企業はすべてKudanの潜在顧客です。実際、汎用的なDeep Techとして技術開発しているプレーヤーはKudanだけとなっており、我々がこれまで買収を拒んできたテクノロジー大企業は、我々の顧客になっています。
 一方でアカデミックに目を向けると、我々と重なるアルゴリズムを扱う大学発のラボもありますが、うまくビジネス化できていません。
 そうしたアルゴリズムはオープンソースとして公開されていますが、学術的な理論の証明を目的に作られており、理想的な環境下でしか正しく動作しないため、やはり現実のビジネスでは使いにくい。
 オープンソースを利用していた企業の多くも、やがて実用性が圧倒的に高い“商用アルゴリズム”を提供するKudanの顧客になってくれています。
──Kudanの技術は、将来的にどのような活用シーンを考えられているのでしょうか。
大野 アメリカでも「世の中のどんな課題を解決するんですか?」とよく聞かれますが、正直言って考えていません。そもそも、今分かっている課題の解決は面白みがないんです。過去の延長でしかないので。
 たとえば現代はGPSがタクシーの配車アプリに使われていますが、おそらくGPSの開発者はそのような利用シーンを考えていなかったのではないでしょうか。
 これまでに世の中に出てきたインフラレベルの技術も、現在大きなインパクトをもたらしているソリューションを目的に開発されたものではなかったはずです。
大野 私は、Deep Techのユースケースを問われても、Kudanとして明確に答えるべきではないと考えています。仮に私が何らかのソリューションを提示して、そこにスポットライトが当たってしまうと、その瞬間にDeep Techの追求が難しくなってしまう。それはKudanがKudanでなくなることを意味します。
 現状の課題を解決する事ももちろん多々ありますが、まだ実現されていない将来を創り出すと同時に、将来の課題を解決する一端となるのがDeep Techです。
2005年12月新日本監査法人入所。14年10月より監査法人のマネージャーとなり、IPO支援を中心に活躍。15年6月よりKudanに転じ、CFOに就任。
飯塚 ただ、株式上場できたというのは、やはりビジネスとしてもきちんと利益を出せているから。Deep Techを我々がビジネスにできているのは、市場が完全に育つ前の段階で利益を出せていることもポイントだと思います。
 これはIPビジネスの方法論ですが、Kudanではアルゴリズムをライセンス化して使用料を得ています。そのため、ドローンや自動運転など、我々のアルゴリズムが実際に使われるマーケットが成長する前の段階で、収益を上げることができているわけです。
 同様のIPビジネスのモデルとしてバイオ技術企業などがありますが、実は仕組みとしてかなり似ています。

あらゆる深層技術の“ハブ“になる

──今後、Kudanはどう成長していくのか、ビジョンを聞かせてください。
大野 現在のKudanの人工知覚(AP)が目指す先は、機械の“眼”としてあらゆるデバイスに技術が埋め込まれることです。
 たとえばテレビや洗面所、ドアなど、生活のあらゆる場面でKudanのアルゴリズムを使った “眼”が使われている。世の中の人々が知らず知らずのうちに我々のテクノロジーを活用している。そんな未来をイメージしていますね。
 機械の“眼”が関わる市場はまさに発展途上。それだけでも非常に大きな機会が広がっていますが、Kudanはあえて「Deep Techをもう一段階深く潜る」ことで、あらゆるDeep Techに関わっていくことを目指しています。
──それは具体的には?
大野 Deep Techが持つ社会的インパクトを最大化するために、コーポレートエンジンとしての活動が必要になると考えています。
 Deep Tech企業にさきがけて出資をすることで、Deep Tech領域の競合をも顧客にしていく。これが「深層に潜る」次の段階として進めようとしていることです。
飯塚 独立系Deep Tech企業として上場したKudanの経営資源と経験を、これからの新興Deep Tech企業に還元することで、Deep Tech企業群のエコシステムを作り出し、我々はそのハブになろうと考えています。
 Deep Techへの投資がいかに難しいかということを我々自身が熟知しているので、その知見を生かし、コーポレート・ベンチャー・キャピタルならぬ「コーポレート・エンジェル・インベスター」というKudanの立ち位置を確立したいです。
大野 将来への布石として、第2、第3のKudanを発掘して育てるべく、北米や中国、欧州、イスラエルなどで、次のKudanになる可能性があるスタートアップへの投資を加速していきます。
 最も技術的に困難で、最もインパクトがあり、社会の表層にあらわれない技術であれば、Kudanの経営的な強みが活かせますので、コンピュータサイエンスだけではなく、バイオサイエンスなどの技術企業も対象となります。
 Deep Techというのは、見方を変えると「いたるところでなくてはならない技術」です。現在バラバラに見えている技術は、将来必ず領域をまたいで繋がり、大きな価値を提供できるようになると考えています。
 我々はGoogleのように誰もが知っているような会社になるつもりはありません。Deep Techによって課題を解決したいと思う人達が、それを実現するための技術的基盤を作ることがKudanの使命です。
(編集:呉琢磨 構成:小林義崇 撮影:岡村大輔 デザイン:Seisakujo)
▶Kudanの概要、技術の詳細情報はこちらから。
(https://www.kudan.io/)