【提言】日本のためになる移民政策とは

2019/4/28
近年、日本で働く外国人労働者が急増している。今、日本と世界で何が起きているのか。日本の移民戦略は正しいのか。一橋大学大学院の楠木建教授が、海外人材の人材紹介などを行うフォースバレー・コンシェルジュの柴崎洋平社長と語った(全3回)
【楠木建】安価な労働力としての移民に反対する理由

人手不足は大チャンス

楠木 前回、僕が安価な労働力としての移民の受け入れに反対である一番の理由は、経営規律が緩むからだと申し上げました。それについて詳しくご説明します。
結局、企業経営が外部から評価される場所というのは、次の3つしかありません。
1つは競争市場です。
よいサービス、よい商品。これを提供しないと、お客さんはお金を払ってくれないので、競争市場での規律が働いて、ろくでもない会社は淘汰される。これは最もオーソドックスな評価の場ですね。
2つ目が資本市場です。
株主から見てちゃんとリターンをつくれないと、そういう会社は株主からのプレッシャーという規律が働いて、お前どうなってるんだという話になる。
3つ目が労働市場です。
良い経営をしていないと人が来ない。いい人が働いてくれなくなる。僕は人手不足の今こそ、いよいよ労働市場の規律が日本企業の経営に影響を与え始めたという「人手不足大チャンス説」を唱えているんです。
楠木建(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)
1964年、東京都生まれ。 1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学 部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、 2010年より現職。専攻は競争戦略論とイノベーション。
ただし、まだ労働分配が遅れていて、人々の賃金上昇に至っていない。だから所得が伸びない。だから景気も改善せず、依然としてデフレ傾向が続いている。
これは結局、3つ目の労働市場からの規律が弱いからです。僕は人手不足というのは、労働市場の規律を真っ当に利かせるための、最高の外的条件だと思うんですよね。
ところが、せっかくのこの人手不足を、安価な労働力の移民を受け入れることで解消してしまうと、どうなるか。
もはや競争市場で成立しないようなダメな会社が、安価な外国人労働力を利用して、自分たちの経営のダメさ加減を相殺するという行動に出る。
本当はなくなったほうがいい商売をしてるのに、これが低賃金で人を雇うことで、いつまでたっても持続してしまう。
依然として人海戦術というか、「安い労働力でどうにかしよう。人件費を下げればまだやっていける」と思ってしまうので、本来消えていくべき、存在価値のない商売が残っていく。
こういう商売というのは、労働集約型のビジネスです。AIなどの新しいテクノロジーが応用されることによって、非効率な部分が改善される余地の大きいビジネスですよね。
例えば介護とか工場の単純労働とか、留学生がやたらと働いているコンビニのレジなどですね。これらはどう考えても、テクノロジーを導入して、生産性を上げていくべき分野です。
外国人介護福祉士候補生(写真:Natsuki Sakai/アフロ)
安価な労働力が入ってしまうと、その技術の導入のインセンティブを弱めるので、それも進まなくなる。
極論すれば、日本の労働力不足が深刻になればなるほどいいと僕は思っています。真剣に新しいテクノロジーを現場で応用しようというニーズが発生するので技術の現場での応用が進む。
僕がつくづく嫌だなと思うのは、政治家などが、「いや、やっぱり人手不足なんだから、移民受け入れにも一理ある」と言うことなんですよ。
一理あるに決まっているんですね。たいていのものは「一理ある」。
一理ないものなんて、世の中でほとんどありませんよ。「一理ある」と言って政策を決めていたら、どんな愚策でも正当化されてしまう。
僕は優れた意思決定というのは、二理、三理くらいじゃまだ足りなくて、五理ぐらいなければいけないと思いますね。
僕は今ここで、人手不足をテコにいろんなことを進めていくというのが、五理、六理ぐらいある大チャンスだと思ってるんです。
だから安価な労働力としての移民の受け入れは、それを根底からぶち壊す恐れがある。このことについては、どうお考えですか?
柴崎 完全に同意ですね。

専門学校の留学生は不可にせよ

楠木 政治というのは妥協の芸術ですから、妥協は必要だと思います。どうしても仕方ない業種は許可してもいいでしょう。
事前に限定しておけば、違反のチェックもよりやりやすくなる。
原則として僕が一番効率的で効果が上がると思うやり方は、とにもかくにも大卒に限定すること。もしくは、昔アメリカがやっていたような「スタディー・アンド・ワーク・イン・ジャパン」。
つまり正規の留学生としてやって来て、卒業後は日本で働くことをセットにする。学校は大学でなければ駄目で、専門学校は不可にする。
今、専門学校や語学学校に通うという名目で日本に来て、実際はろくに学校に通わずコンビニでバイトをするというパターンが増えています。
本当は週28時間という労働時間の上限が決められている。けれども、完全に形骸化していますね。
柴崎 誰も守ってないんですよ。
柴崎洋平(フォースバレー・コンシェルジュ 社長)
1975年、東京都生まれ。幼少期をロンドンで過ごす。上智大学卒業後、ソニー株式会社に入社。2007年ソニー株式会社退社後、フォースバレー・コンシェルジュ設立。
楠木 コンビニで働かせる側は法令を守っていたとしても、別の店でそれ以上働いていたらチェックできない。
柴崎 みんなアルバイトを2つ3つ、掛け持ちしています。
楠木 そうすると、28時間の上限ギリギリまで働いても、それを3カ所でしているとなると。
柴崎 週84時間ですから、毎日12時間くらい働いている人たちは、ざらにいますよ。本当に年に350日くらい働く人も珍しくありません。
毎日深夜のコンビニで働けば、985円の最低賃金に25パーセントの手当がつくから時給1200円。8時間働けば、あっという間に1万円になる。
そういう仕事をもう1つ掛け持ちしたりすると、年間400万円くらい稼ぐ人もいるんですよね。
楠木 でも、GDPが日本の20分の1の国から来ているということは、感覚としては20倍ですよね。ということは、1日で20万円になる。
柴崎 1万円というのは、だいたい父ちゃんの月収です。
楠木 それを350日やると。
柴崎 まず日本語学校に行くことにして、2年間滞在する。その後も、なんとか別の専門学校にもう2年間入って、合計4年間いれば、下手したら1600万円ぐらい稼げる。
そのあと不法で滞在してギリギリまで稼いで、強制帰国になったとしても、一族みんなを大学に行かせられるから、それでいいんです。
出入国管理法違反(旅券不携帯)の疑いで逮捕された外国人(写真:YUTAKA/アフロ)
楠木 家も建つでしょうしね。
柴崎 でも大卒の人はそういう考え方はしません。二度と日本に入れなくなりますから。
楠木 でも短期的にお金を稼ぎたくて、そんなに荒稼ぎできる抜け道があるなら、僕だってやるかもしれない。
柴崎 以前は日本語学校生って、あんなにバイトできなかったんですが、政府は(労働時間の上限を)倍にしたんですよ。文科省の30万人計画は、いま29万9000人ですからほぼ達成です。でも増えたのはほとんど専門学校と日本語学校生。大学、大学院に入る人は10パーセントくらいしか増えていません。
楠木 専門学校は儲かるでしょうね。しかもろくに学校に来ないんだから、実際にサービスを提供しなくても、ちゃんと事業料を払ってくれるのはありがたいかもしれない。
でもそういうことが横行するのは、長期的にはどう考えても日本のためにならない。ですから僕はわかりやすく、専門学校ダメ、語学学校ダメ、大学に限定するべきだと思います。
ただし今のアメリカがビザを出すときのように、トップ1パーセントの超高度人材でなくても全然いい。普通に日本のいろんな会社に入っていって、そこで働いていけば、日本で家族ができて消費をするだろうし、日本の社会も多様性を獲得できる。
これが僕は一番実用性・実効性が高い政策だと思うんです。

こうすれば、多彩な人が日本に集まる

柴崎 しかも日本は大学の授業料が先進国の中でダントツに安いんです。欧米では、自国民や自分の州の出身以外の学生は、授業料が数倍高くなることが一般的です。
逆に日本は東大にしても30パーセント減免なんですよね。さらに奨学金も大量に出る。
だから実は、外国人留学生を受け入れる環境にあるんだけど、日本の大学は海外の若者から人気がないんですよ。彼らのお父さんお母さんが「日本の大学に行け、日本語を学べ」と勧めた時代は終わってしまったんです。
今は「中国語を学べ」なんです。
でも企業はどうかというと中国も韓国も、サムスンがトップMBA人材を集めている以外は、ほぼホワイトカラーの若者を受け入れていない。
(写真:picture alliance/アフロ)
僕らは日本のいろんな大学の留学生の募集もやっていますが、卒業したらそのまま日本で働けますというデータを見せると、みなさん一気に食いつきます。大学だけの魅力では誰も食いつかない。
ですから「留学プラス就職」を最初からパッケージにして、卒業した後そのまま就職できるようにすることが大事です。
昨年でいうと4万人強の留学生が卒業して、2万人強が日本に就職しています。卒業生の半分というのは驚異的な数字で、アメリカでいえば50万人学生が就職するようなものですよ。留学生が100万人いますから。
楠木 昔と違って、いまの受け入れが厳しくなったアメリカでは、留学生がそのまま就職する率は1パーセントくらいでしょう?
柴崎 彼らはパーセンテージを公表していないのでわかりません。本当は調べ上げてるでしょうけどね。
なぜかというとネガティブすぎるから。
OPTといって卒業後も1年だけ残れる仕組みで、なんとなくご機嫌をとっていますけど、イギリスはそういったものすら廃止しました。オーストラリアもかなり減っていて、2014年から2017年までで、9万人が6万人になっている。
とにかく日本はアルバイト天国すぎて、大学に行くよりも、4年間アルバイトをして1600万円稼ぐ方が、はるかに価値がある。
本当はマイナンバーと銀行口座を全部連携させれば、すぐに発覚するんですけどね。
働いていいのは1週間に28時間までだから、月にして112時間。時給換算したら5000円になるけど、何でだというように。
まずそこが厳しくなれば、日本への留学生は、本当に大学に行きたい人にしぼられてくる。
次に大学をちゃんと卒業しないといけないとなると、バイトばかりしていられないから、奨学金を中心に生活するようになるでしょう。
ただ、そうすると新興国からなかなか来にくくなる。でも、そこは企業の奨学金をもっと充てればいい。
僕らが推奨しているのは、高校生のトップゾーンに企業が内定を出して、その人の学費を一部持つ、というやり方です。
その代わり、その人はその会社で5年は働く。その期間を過ぎれば返済義務はなくなる。シンガポールなどでも実際に行われている制度です。
楠木 それは初めから「スタディー・アンド・ワーク・パッケージ」で売り込むということですね。
柴崎 これならいくらでも人が来ます。僕は現地の高校の学長に何回かその話をしに行ったんですが、みんな大歓迎です。日本にはブラックなイメージがあるから、いい会社で働けるとわかっているのはありがたいですよ。
楠木 決して日本全体がそうではないのに、ものすごく特殊な日本しか見ずに帰っていて、そういう噂が現地でどんどん広がっていくんですよね。
柴崎 ただ、この高校生に内定を出す方法には、1つだけ問題があります。日本語という関門があることです。
僕が政府に提言したいことは、東南アジア、南アジア一帯という、安全保障上も政治上も経済上も非常に大事なエリアに、日本語のトレーニングセンターをもっと国がガンガン作るべきだということです。
海外の日本語教育(写真:Alamy/アフロ)
しかも授業料を無償にして、日本語が一定レベルに達した人だけが日本に来られるようにする。
そうすると、あらゆる専門性を持った人が、欲しいだけ日本に来てくれるでしょう。そして、彼らも現地で生かせない自分の能力を日本で生かせる。
国際交流基金の日本語国際センターというところもありますけれど、僕らはいろんな国にジャパンセンターという無償のトレーニングセンターをつくっていて、テストに合格した人に、日本語やプログラミングを教えています。
楠木 それを柴崎さんは会社としてやっているわけですか。
柴崎 授業料は無料ですけどね。そういう人材を採用する企業が僕らにお金を払ってくれます。僕らは絶対にブローカーになりたくないので、現地の若者からはお金をとらないようにしています。

零細企業の応援なんか要らない

楠木 しばらく前、NewsPicksに『「ひとつの日本」なんてない』というタイトルで、望月優大さんという方のインタビューが載りましたよね。
あなたが知らない「移民国家」日本の実像
望月さんは現場のファクトをご存じの方です。僕も望月さんの『ふたつの日本〜移民国家の建前と現実〜』(講談社現代新書)という本を読んで、いろいろ勉強になりました。
ただ望月さんは「日本に来た外国人のケアが大切だ」というふうにおっしゃっていたと思うんですけど、僕の意見は違っています。
日本に来てからケアしないといけない人は、そもそも入れちゃダメだと思うんですよ。そうでないと相互に不幸になる。
これはどこの国でもそうですよね。もし英語圏であれば、英語が喋れないとやはり厳しい。
入ってくる前に、日本語のトレーニングをする。そういう一定のトレーニングを経て、ちゃんと大学に行くという人でないと、僕は入れるべきではないと思います。
しかしこういうことを言うと、「いや、そういう安価な労働力がないと、やっていけない零細企業が地方にはたくさんあるんだ。そういう小さい会社を応援しなければいけないんだ」みたいなことを言う人がいるんです。
けど、「応援」って何ですか?具体的にどういうことをするんですか?
と聞きたいですね。存続してはいけない企業が不当に存続して、社会的に問題を増幅しています。
「応援」なんて必要ない。
僕はさきほど申し上げた通り、経営規律が緩むことに反対しているわけです。「移民は是か非か」ということではありません。
今日ずっと話してきたような大卒ホワイトカラーと、ブローカーにお金を払って来た人たちのアルバイト地獄は全然違う話なので、ここを明確に区別して考えることが大切ですね。

留学生の単純労働を減らせ

柴崎 いま日本には146万人の外国人労働者がいますが、その前の年は128万人でした。だから順調に増えているように見えます。
しかし内訳を見ると、永住者、定住者、韓国籍などの人たちが50万人。次に多いのが留学生の資格外活動で30万人。留学生を労働者としてカウントしているので実際はもっと圧倒的に少ない。
技能実習生も30万人いて、前の年は25万人でした。だから5万人増えているんですね。さきほどからずっと問題になっている特定技能は、初年度は3万人から4万人と言われています。技能実習の伸びはそれを上回っています。
ですから特定技能の受け入れ人数は、技能実習を含めて設定しなければ何の意味もない。
楠木 現実的には技能実習をやめて、特定技能のカテゴリーをちゃんと絞って、チェックやモニタリングを厳しくするというのが、当座できることかもしれませんね。
柴崎 日本の外国人労働者146万人のうち、われわれが携わっている技術・人文・国際分野のホワイトカラーのビザは、たった21万人しかいないんです。その21万人のうち、メルカリや楽天が採用するような世界を代表する高度人材は1パーセントもいません。
受け入れ先はアルバイトも含めると、20万事業所が受け入れている。だけど、全体の4分の3以上が、従業員99人以下の会社です。
もっとホワイトカラー大卒を日本中が受け入れていき、それと同時に留学生の単純労働アルバイトを減らしていけば、日本は十分活性化できると思います。
楠木 そうですよね。他の移民先進国がホワイトカラーへの門戸を閉ざしている今こそ、日本はちょっと戦略的なマーケティングをすれば、大きなROIを期待できます。
ホワイトカラーとして日本でキャリアをつくり、日本社会に定着してくれる人々を受け入れるための官民挙げてのマーケティングは、一理どころか四理も五理もあると思います。
(構成:長山清子、撮影:是枝右恭)