【楠木建】安価な労働力としての移民に反対する理由

2019/4/27
近年、日本で働く外国人労働者が急増している。今、日本と世界で何が起きているのか。日本の移民戦略は正しいのか。一橋大学大学院の楠木建教授が、海外人材の人材紹介などを行うフォースバレー・コンシェルジュの柴崎洋平社長と語った(全3回)
【移民論争】海外のトップ人材は日本に来るのか?

日本は行きたくない国

楠木 前回も言ったように、安価な労働力としての外国人の受け入れには、問題が山積しています。
NewsPicksの読者のみなさんは、「外国人技能実習制度」を聞いたことあると思いますが、これが僕はやり方として、相当行き詰まっているのではないかと思うんです。
柴崎さんはどのようにご覧になってますか?
柴崎 日本のホワイトカラーの在留資格には技術・人文知識・国際業務や高度専門職などがあります。でも、これらの資格で、われわれがアジアから人材を獲得するときは、ほとんど競合がいないんですよ。
ところが外国人技能実習制度を利用して、ブルーカラーの単純労働に就く人たちにとって、日本は条件面もマインド的にも、まったく行きたい国ではないんですね。
楠木 つまり単純労働とホワイトカラーでは、日本に来る側の人々のマインドセットがまったく異なるということですね。
楠木建(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)
柴崎 例えばインドネシア人が、各国で単純労働に就くときの金額で比較しても、日本はもっとも条件が悪い国の一つです。手取りの給料だけ見れば、最下位ではないが、さらに家賃や食費が引かれる。
マレーシアやシンガポールは、手取りは日本より低くても、家賃、食費が全部込みです。
また、滞在期間についても日本だけが異常に短い。他は無制限なところも多いです。
にもかかわらず、なぜこんなに外国人労働者が多いかというと、理由が2つあります。
1つはブローカーがどんどん自国の田舎に行き、「さあ日本に行かないか」と仕掛けているから。
もう1つは、パイが大きいからです。南アジアだけでも18億人強の人がいて、そのうち約98%、17億人が日本の1人当たりGDPの1/10以下なんですよ。
つまり初任給が2万円以下。それなら単純労働でも、日本の最低賃金がもらえるんだったら行くよという人がいる。
だから、いまの日本は、その国において教育水準の低い人たちをどんどん受け入れる傾向にあるということですね。
柴崎洋平(フォースバレー・コンシェルジュ 代表取締役社長)

なぜ技能実習生は失踪するのか

楠木 ここが重要なポイントだと思うのです。日本だけを見ているとわからないけれど、雇う側が何よりも低賃金だけを動機に採用しているようなカテゴリーにおいて、外国人が増えている。
それは技能実習を典型とする日本の制度が、外国人を入れたいのか、そうでないのか、よく分からない。相当矛盾を抱えた仕組みになっているところが、大きいと思います。
ちょっと事実だけ確認しておくと、ホワイトカラーかブルーカラーかは別にして、単純に労働者に占める外国人の割合を見ると、日本は依然として低い。
柴崎 1パーセントから2パーセントに増えたとはいえ、低いですね。
楠木 それに対して、移民問題が社会的なコンフリクトになっているイギリスやドイツは、10パーセント弱。アメリカ、カナダは20パーセント台。シンガポールにおいては、もう3分の1が外国人。
柴崎 そうですね。シンガポールはおよそ40パーセント。中東には90パーセントの国もあります。
楠木 ドバイにいたっては、96パーセントが外国人です。日本に技能実習制度を利用して入ってくる人たちは、彼らの立場で考えても、あまりいいことないですよね。
柴崎 ないですね。まず短期間しかいられないということ。そして多くの人が最低賃金で働きますが、その額は九州なら平均で769円です。769円×8時間×22日だと、13.5万円ぐらい。
13.5万円だとしても、それがちゃんと支払われて、頑張って切りつめて毎月1〜2万円貯金ができるのなら、故郷の家族に対して、かなりのインパクトが出てくるんですよね。
父ちゃんの月収が1万円以下のエリアから来る人も多いので。
問題は、それがちゃんと支払われないことです。「技能実習 法令違反」で検索すると、厚生労働省のデータが出てくる。監督指導を受けた受け入れ先企業の約7割(4000社以上)が、いまだにコンプライアンス違反だと。
月収13.5万円でも、とにかく頑張って働いてお金を貯めようという人たちが、それすらも入ってこないとなると、失踪するしかない。
(iStock/stevanovicigor)
つまり現地のブローカーにもかなり問題があるケースが多いし、受け入れ側も約7割が監督指導を受けています。だから日本は海外で評判が悪い。
それなのになぜ相手国からもっとクレームが来ないのかというと、現地の送り出す政府も日本と協定を結んでいるので、それなりのメリットがあるわけですよ。
せっかく親日国から親日家を呼び寄せているのに、みんな日本が嫌いになって帰って行くんです。
楠木 長期的に見れば、日本が技能実習生制度の名の下でいまやっていることは、負の資産を一生懸命ため込んでいるのに等しい。国益に反していると言ってもよいと思います。
例えば所得が日本の20分の1という国というと、具体的にはどんな国になりますか?
柴崎 ベトナムあたりになります。
ベトナムからの技能実習生(写真:ロイター/アフロ)
楠木 そういうところからすると日本は給料が20倍なので、単純労働、最低賃金でもいいよねということになる。
ただし彼らは日本で職を得るために、まず借金して民間のブローカーに仲介手数料を払うわけですよね。そのブローカーが、ビザなどの面倒を見て、日本に来てからも、受け入れの手配主みたいな組合がある。
技能実習生で来ると、職場を移る自由もないわけですよね。しかも多額の借金を背負って、マイナスからスタートする。
そういう自由がないところで、最低賃金で毎日ひたすら同じ作業をして、一生懸命お金を貯めて、借金を払い、本国に送金する。だから当然、日本で消費はしない、かつ日本に定着もしない。
イメージとしては地方の工場で働き、寮と職場を往復するような生活です。だから日本語もそれほど上達しない。社会的にも孤立している。
(写真:ロイター/アフロ)
そういう人が本国に帰ったら、「日本って最悪だよね。よく我慢したな」ということにしかならないですよね。
柴崎 はい、われわれも現地で聞いています。

ブローカーが日本を勧める理由

楠木 しかも7割が法令違反ときたら、逃走するのは当然でしょう。僕だって逃げますよ。「誰が得するの?」という話なんですけど、何でこんな変な制度がずっと続いてるんですか。
柴崎 まず、人材獲得におけるマーケティングがされていない。日本の外国人の受け入れに関わっている人たちは、自分の領域しかマーケティングをしていない。
世界における日本が、外国人材の受け入れに関して、どんな優位性があるのか、あるいは無いのか、ということに理解がないんですね。
ですから、われわれは世界の人材の獲得戦略をメソッド化したりデータを定量化したりして、メッセージをどんどんぶつけているわけなんですけど。
単純労働、技能実習の領域には、人はたくさん来ているかもしれない。
でも、マレーシアやシンガポール、韓国や台湾を選んだ後の人が来ているということは知らないと思います。
逆に韓国なんて、日本を反面教師として、早いうちからブローカー禁止のスキームにしているんですよ。
そうするとブローカーにとって韓国はおいしくないから、「日本がいいぞ」といって勧めて回る。
「日本に行けばこんなに収入があるから、すぐに借金が返せるぞ」と言われて、実際に行ってみると、給料が全然払われない。たまったもんじゃないですよね。
だから日本は国として、どの領域で人材獲得の優位性があるかを認識していないということが問題です。
今は上の人材を取りやすいから、チャンスですよ。僕らはずっと、ほんの一握りのエリートだけでなく、普通の大卒ホワイトカラーを受け入れようと提唱しています。
でも企業からは「大卒の人は、工場の単純作業的な仕事をしないでしょ」と返ってくる。
ところが電子工学を学んでも、地場には産業がない国も多い。日本の工場はものすごく技術的にも進んでいる。
日本の工場で、部品の組み立てに関わることで、月17万~18万円もらえるんだったら、全員手をあげますよ。

定住したいと思わせるには

楠木 そこは僕も、重要な認識のズレだと思いますね。
AI、IoT、プログラミングというような、もともと労働需要が多い分野では、わざわざ高度人材だとか言わなくても、勝手にやってもらっていいんですよ。
そうではなくて、最初は工場の現場の仕事から入ったとしても、徐々にその工場で生産管理の責任者になったり、長期的なキャリアを持ったりして、日本の社会に定着しようとする層を増やすことが大事だと思うんですよね。
(写真:ロイター/アフロ)
日本の社会に溶け込んで、家族と一緒に暮らし、当然消費もするという層が、僕は一番いいゾーンだと思います。いわば大卒ホワイトカラーだけど、AIの天才でなくてもいい。
そもそもそんな人は、たくさんいない。普通の大卒ホワイトカラー。ただし、日本でキャリアをきちんとつくっていこうという人です。
ところが今はそういう人の層が薄い。極端に優秀で、ものすごく需要の多いスキルを持った人か、技能実習のアルバイト地獄かという両極端になっている。
例えばブローカーというのは、最初にいくらぐらい取るものなんですか?
柴崎 単純労働系だと、50万円から100万円と聞いています。
楠木 でかいですよね。
柴崎 現地では大変な金額です。
楠木 所得が日本の20分の1の国から来れば、50万円でも彼らの感覚にすれば1000万円の負債を背負ったようなものでしょう。
柴崎 本当にそうですよ。
楠木 ブローカーは、自分の目先の収入に走りますからね。
さらに今度、日本の政府が新しく、「特定技能」という制度を設けて、34.5万人を受け入れようとしていますね。
柴崎 はい。最大5年で34.5万人です。
楠木 特定技能の中にも、いくつかカテゴリーがありますね?
柴崎 14業種です。
楠木 これはどういうふうにご覧になりますか? 技能実習の暗黒が改善されるのか、それともさらに悪い方向にいくのか。
柴崎 まず、いまの暗黒面はまったく改善されません。それどころかもっと広がります。
どういうことかというと、改正入管法が決まる決まらないで昨年の後半、大騒ぎになりました。
あのときに、なぜ大騒ぎになったのかというと、この特定技能の対象は技能実習と同じ満18歳以上です。
なので同じレイヤーの人たちが入ってくることが前提になってています。
いま日本にいる外国人労働者146万人のうち、技能実習生はすでに30万人いて、毎年10数万人入ってくる。技能実習があんなに叩かれているのに、激増しているんですよ。
そこへさらに新しく特定技能というビザができる。特定技能が技能実習のリプレイスになるならいいけれど、そうではない。
楠木 僕は一刻も早く技能実習を全廃して、新しい特定技能に置き換えるべきだと思いますね。
柴崎 僕もそう思います。

入管法改正の楽観的すぎる意図

楠木 なぜ政府は、今までの技能実習は技能実習で残しつつ、さらに大したインパクトもない特定技能の法案をわざわざ急いで通したのか。
どういう意図なんでしょう?
柴崎 これは私の個人的な見解ですけれど、入管法を通過させたことで、「これで勝利だな」と思っていると思います。
法律では、受け入れ人数は最大26万人から34.5万人となっています。でも、これは省令政令レベルで変えられるんですよ。
だから法律が通るまでは「これぐらいの人数ですよー」とうたっておくけれど、実際は今後もっと膨れ上がるんじゃないでしょうか。
僕は特定技能が技能実習のリプレイスになるんだったら、膨れ上がってもいいと思っています。
今は技能実習も増加の一途。おととしは10万人、去年は13万人入ってきて、こちらも膨れ上がっている。そして70パーセント以上が法令違反。
ここが拡大し、さらに特定技能で同じレイヤーが入ってきたらでは、日本の外国人受け入れは大変なことになっちゃいますよ。
楠木 しかもそれで来る人が、先ほど言ったような制度の歪みの影響をもろに受けている。日本であまり幸せではない経験をして、それと引き換えに一定の所得を得て本国に戻り、ますます日本の評判は悪くなると。
結局、急いで法案を通して、受け入れ人数34.5万人をさらに広げようとしているということは、自民党は基本的に安価な労働力の受け入れに賛成であるということでしょうか。
柴崎 それはもちろん絶対にイエスとは言わないでしょうが、必ずしもそうではないと思っています。
楠木 ヨーロッパではあれだけ社会的なコンフリクトが広がっているのですから、表立ってはイエスと言えない。
柴崎 特定技能は4半期ごとに給与情報を出したりして、日本人と同等かそれ以上の収入を得ているかどうかを、かなりチェックする仕組みになっています。
しかし、それならなぜ、技能実習で来た人たちへの賃金は払われていないのか。国はなぜそれを放置しているのか、という話じゃないですか。
楠木 一応はチェックする仕組みがあるわけですよね?
柴崎 あります。日本人と同等か、それ以上の賃金というと、東京の最低賃金が985円。ほぼ1000円ですから、8時間×22日で、17万6000円。23日なら18万4000円。
これがちゃんと払われるんだったら悪くないですよ。貯金もちゃんとできるでしょう。
しかしそれが本当に払われるかどうかは、今の技能実習を見ていると極めて疑問です。
この枠に、アジアの高卒中卒の人たちが、なだれ込んで来ようとしているんですよ。
(写真:ロイター/アフロ)
この人たちに罪はないですが、現地のブローカーというか、人材の送り出し機関の人たちは、枠が広がったことをむしろ喜んでいる。
でも、今回の特定技能では、ブローカーが介在してはいけないことになりました。そこで、彼らは今まで人材派遣に近いシステムだったのをやめて、自分たちが直接紹介することにしたわけです。
楠木 要するに「直販」に切り替えると。
柴崎 ですから今は、元ブローカーたちが現地に養成所をつくって、研修のようなことをしています。体育館のようなところにベッドがズラッと並んでいて、1000人くらいが寝起きしている。
だから、むしろ日本の受け入れ枠が広がったと言って、みんな喜んでいるんです。
楠木 あえて好意的に、今の政策というか政治的な意図を解釈すると、新しいカテゴリーを作ることによって、技能実習から徐々に、よりマシな特定技能のほうへスイッチしていく。
そして、最終的には技能実習の問題を解決しようという意図があるのかもしれませんね。
楽観に過ぎると思いますけど。
実際のところ、地方の中小企業が人手不足で困っている今、人材獲得はある種の利権になっていますね。その地方のそれぞれの政治家が、地元の人手不足に悩む中小企業の利益代表になっている。
昔の土建工事のバラマキならぬ、人のバラマキみたいなことになり、自民党が急いで法律を通過させるエンジンになっていたのではないかと思います。

人手不足はチャンス

楠木 ここは僕が今日一番言いたいところなので、フォント大きめでお願いしますね(笑)。
僕が安価な労働力としての移民に反対な理由は、色々あります。例えば、長期的に日本の評判が悪くなるとか、実際に制度がめちゃくちゃなこととか、働いている人たちが他の国に行く場合と比べて不幸になるとか。
ただ、最大の理由は、企業の経営規律が緩むからです。
裏を返せば、僕は人手不足というのは、今のこのタイミングで日本企業に訪れた千載一遇のチャンスだと思っています。日本の経営の質を上げるという意味では、こんなにいい話はない。
どうしてチャンスなのかということについては、長くなるので、次の第3回でお話ししたいと思います。
(構成:長山清子、撮影:是枝右恭)