高度なAIなしで密に交流できる、高齢者向けペットロボットの世界

2019/4/23

なでたり抱いたりして、心に安らぎ

ここはAIに関する記事を書くコラムなのだが、今回は「高度なAIがなくてもこれだけのことができる」という例を取り上げたい。「トムボット(Tombot)」という、ペットロボットに関するものだ。
トムボットは、最近クラウドファンディングのキックスターターで6万ドル以上を集めた犬ロボットである。見た目はゴールデンレトリバーの子犬風で、ペット用ベッドに座っている。名前はジェニーだ。
このジェニーについては、少し前からメディアでしばしば取り上げられていて、そのビデオも見ていた。動き方が愛らしく、本物っぽい。確かにうまくできているなあと感心していたのだが、先日現物を見る機会があってびっくりした。本当にうまくできているのだ。
ジェニーは、認知症やアルツハイマーなどによって心細さを感じたり、うつ病になったりする高齢者をターゲットにしている。なでたり抱いたりすることで、心の安らぎを感じるようにと作られたものだ。
実際トムボットの創設者も、自分の母親がアルツハイマーに侵されて、長年可愛がっていた犬を手放さなくてはならなくなり、何か代わりに癒やしになるすべはないものかと考えてトムボットのアイデアに行き着いたという。
ジェニーは、なでられるとしっぽを振り、ちょっと頭を上げたりし、顔をかしげたりしかめたりもする。口もわずかながら開いたり閉じたりする。時々、鳴き声やうなり声を上げる。

「アニマトロニクス」の第一人者

文字でこれらを羅列しても、実際の動きを見るまではその本物っぽさはなかなか納得できないだろう。
普通ならばどこかでうそっぽさが漏れてくるはずなのだが、それがない。おもちゃのはずなのに、その本物っぽい動きのために機械仕掛けのぬいぐるみであることを忘れてしまいそうになるほどだ。
トムボットのメンバーは、エンジニアとソフトウェアプログラマーの集団で、この本物っぽい動きについては外部の助けを得た。それがジム・ヘンソン・クリーチャーショップだ。
ジム・ヘンソンは、セサミ・ストリートのパペットやコカ・コーラCMの白クマなど、いわゆる「アニマトロニクス」という機械仕掛けの動物を本物っぽく動かすエンジニアリング分野での第一人者だ。
ジェニーにも16のモーターが仕掛けられ、首回りだけでも7つのモーターが連係して複雑な動きを生み出している。
人間がなでるのに反応した動きは、毎回ランダム化されて違った出力をするように考えられている。アルツハイマーなどの患者は、動くもの、しかも本物っぽく動くものに対して愛着を感じるという調査結果もあり、ジェニーならば十分に合格すると思われる。

ペットと飼い主、双方向の関係性

それで肝心のAIだが、ジェニーは自分の名前の呼びかけに反応するという以外に、何ら高度なAIを使っていない。相手の感情に応じて異なった反応をするとか、飼い主の癖を学習してどんどん賢くなっていくということもない。
そもそも歩いたりすることもなく、じっとベッドに身を横たえているだけ。その代わり、限られた動きだけを高度なメカトロニクス技術によって実現しているのだ。
ただ、細かな認識力を失った飼い主とつながり合うという用途には、これで十分以上なものだろう。そもそも、ペットとの関係性とは、ペットと飼い主の双方向から作り上げるものである。ペットのちょっとした振る舞いに、飼い主側が少々過剰とも言える思い入れをして関係が作られていたりするのだ。
だからペットロボット自体が完璧である必要はない。ジェニーは、ちょっと助けを必要としているような表情に作ってあり、それも相手の思いを誘発するのに加担しているだろう。
トムボットは、ともかく価格を安くすることに留意したという。キックスターターでは300ドル、来年実際に発売されると500ドル程度を目指している。同じようにアルツハイマーの高齢者に効果があるとされるアザラシのパロは6400ドルもするし、ソニーのaiboは2900ドルだ。それに比べるとかなり安い。
AIに関する話題があふれるなかで、用途によって別の方法で人間とインタラクトさせる仕組みはいくらでもあると感じさせる新しいペットロボットだった。
*本連載は毎週火曜日に掲載予定です。
(文・写真:瀧口範子)