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弱者に冷たいSNSであるNPで、苦労を知る古坂さんがこの発言をベストコメントとして選ばれたことは、意義あることに思える。

マズロー説は、近代社会における「個人」という人間像を前提としたモデルだが、実際の人間は「個人」と呼べるのかどうか曖昧な存在であることも多い。だから、家入さんが平野さんの「分人」の話をしたかったということは繋がっていると思う。ただ、1人の人間の中に複数の個人がいるというだけでなく、家族や社会、国や生物種など、様々なレベルの集団のマクロな利益を代表する人格も併せ持っているものだ。

そうした様々なタイプの人間にとって、マズローのような欲求の階層構造に意味はない。特に「承認欲求」というのは、一言では言えない複雑な概念で、「褒められたい」「共感されたい」「知られたい」「認められたい」「お墨付きが欲しい」など様々ある。

最近思うのは、「周りと比べて得してたい(損したくない)」と言う欲求は、承認欲求と呼んでよいのか微妙なところだが、実際のところかなりの場面できいてくる欲求であるように思う。

SNSが全ての「弱者」のセーフティーネットになるとは思えないが、家入さんの言っている弱者が、「実社会で自分のやりたいことがうまく現金収入に結びついていない人」を指すならば、既にツイッターやユーチューブはそうした人達のためのメディアになりつつある。

最近ツイッターで見た話で、京大で理学部と工学部を見分けるのは、ツイッターをやってるかやってないかだという説がある。趣味で数学をやっている人は大抵ツイッターをやっていて繋がっていて、限られているが少なくない数で盛り上がっている。
家入さんの「次世代のセーフティネットとしてのSNS」論は本当に優しい。資本主義が終わっていくだろうという考えに立脚すれば、承認欲求とか自己実現とか言ってる場合じゃない。という意見は、この日の円卓での議論に多面性を持たせてくれた。