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必読。
現代に場面設定を置き語らせる方式は分かりやすく理解が深まる。ありそうでなかった!です。

「インスタ投稿は不幸になるゲーム」
「本当の働き方改革は、かなりきついですよ」など。

冒頭の一例からパンチありです。
ロジック思考だけでは、ビジネスの世界ではしょせん「課長どまり」でしかない。むしろ白黒がつけられない判断こそ、もっとも役に立たない学問の代表とされてきた哲学が、最高の武器になるーー。

コンサルタントでありながら作家の山口周さんに、そんな偉大な思想家・哲学者10人から学べるエッセンスを、これでもかというトークを交えて解説してもらいました。その具体例がとにかく面白くて、こんな哲学の先生と若い頃に出会えていたら、きっともっとこの学問の奥深さにたどり着けたのではないかと思えるほどでした。

ちなみに書籍『武器になる哲学』の冒頭には、無教養なエリートは世界にとっての脅威である、とすら書かれています。これは半世紀前にシカゴ大学総長が語った言葉の紹介ではあるのですが、いまなお多くのビジネスパーソンにグサリと刺さる一言ではないでしょうか。

シュールで面白い、哲学者たちのイラストも楽しみながら読んでみてください。
面白おかしく読めて教養を学べた気分になれる、まさに「良い記事」の典型だと思います。
冒頭にあるように、哲学は「幸せになるための学問」ではありますが、ビジネスシーンではそれ以上に「意思決定の方法論」なのかな、と思います。

・1と2はどちらが大きいか?

といった明確な答えがあるシーンは別ですが、

・100のコストでクオリティが低いサービスを作るか、
・1000のコストでクオリティが高いサービスを作るか

は往々に来て哲学的な問題になり得ます。面白い記事でした。
〉人がマウンティングする方法は、大きく3つあります。
一つ目は「育ち」です。自分は高貴な生まれであるとか、血筋がこうだとかいう話ですね。「山県有朋は遠縁です」とか、そういうみっともないことを言う人がいまだにいるでしょう。
二つ目は「お金」です。ここでマウンティングしたがる人は、爆音を出すスポーツカーに乗ったり、ばかでかい高級時計を付けたり、フランスの有名メーカーのバッグを持ったりするわけです。
三つ目は「頭の良さ・学歴」です。社会人になってからも、俺は東大卒なんだぞとか、駿台の模試で偏差値74取ったことがあるなどと言ってくる。そんなこといいから、仕事をやってくれよっていう感じなんですけれどもね。

個人的には、この文章こそがマウンティングなのでは?と思った。
そもそも、マウンティング自体が悪いことでもない。
「インスタ映え」とかもいいじゃない。
何か、自分が依拠できるものをもっていたら、それを誰かに承認して欲しい「いいね!」と言われたい。とても自然だと思います。

僕は学生の頃にそれなりに多くの哲学書を読みまして、いわゆる西洋哲学に触れて感化もされましたが、結局、今となっては「で?」という感想しか浮かびません。

哲学は役に立たないかというとそんなことはなく、というか、そもそも役に立つとか立たないとかいう尺度のものではない。「バスケは美味しいですか?」という質問をされてるみたいなものです。

いかに役に立つかを必死で答えるのは滑稽ですらあります。

アリストテレスは言っています。「私が哲学をできるのは奴隷のおかげ」と。

つまり、暇だからこんなことを考えられるのだと。

簡単に言えば、「最古のエンターテイメント」であり、
「モテない人のエンタメ」であり、「暇人のエンタメ」なのです。

これ以上ないほどの自己満足はなく、しかし、だからこそ「美しい」し「愛らしい」。

ニーチェなんか「ルサンチマン」だの「超人」だのと偉そうなことを言ってますが、ニーチェこそルサンチマンの塊だし、人間的です。
今の時代に生きていたら、ヤフコメとか2ちゃんねるとかをバカにしながら、必死で反論コメント書いてそうです。

だからこそ大好きになるのです。
競争に疲れたとき『超訳ニーチェ』『アランの幸福論』など原版でない解釈版ベストセラーにでが出てしまう。

ウィンルーズにこだわり続ける、競争相手は過去の自分、
しかも誰にも頼まれてない笑

要するに誰かに『頑張らなくていい』と言われたい。
そんな日本のビジネスパーソンがなんと多いことか!
様々なルサンチマンを抱えた起業家の友人がいます。それを素直に言うから良い奴なんですが。
ただちょっと面倒なのは、誰かに会った時、その人のルサンチマンの源泉が知れないと信用ができないこと。他人から見たらささやかな人生でもルサンチマンもなく幸せに暮らしてる人も結構いるってと言っても信じてくれません(笑)。
ただ彼のこんなところが起業家としての力の源泉であるのも確かです。
ルサンチマンはカッコ悪いですが時に大きなパワーを生み出すことも同時に認めなければいけないと思います。
私が一番影響を受けた哲学者は、この記事では名前が出ませんでしたがフランスのポストモダンの哲学者、ジャック・デリダです。デリダの脱構築、そして、再構築の考え方は、ポストモダンの時代あるいは変化の大きな時代には、不可欠な考え方です。
それは簡単に言えば、当たり前を疑い、その背景まで理解した上で、ニヒリズムに陥ることなく、新たな意思決定をすることであり、現代の経営行為そのものだと思うのです。

デリダに至るまでの構造主義の考え方含めて、大学時代に学んだことは実務の中でも生かされています。哲学はビジネスでも武器になると私も確信しています。
今回の特集は、「リベラル・アーツ」を21世紀のビジネスパーソン向けに換骨奪胎しようとする新しい試みと受け止めました。

「リベラル・アーツ」は、精神的に自由になる(liberal)ための技術(arts)です。欧米では、その中心が大学でした。

明治時代、大学という仕組みを輸入した日本では、大学は、精神的な自由を得るための場というよりも、むしろ「立身出世」の手段として機能してきました。

例えば、「リベラル・アーツ」に含まれない「法学」を教える法学部が、東大の安田講堂の正面に位置しているのは象徴的です。(東大とは対照的にハーバード大学の中心部に位置するのは、Harvard Law School (HLS)でも、ましてやHarvard Business School (HBS)でもなく、Faculty of Arts and Sciences(FAS)です。他の大学も同様です。

今回の「リベラル・アーツ」特集は、リベラル・アーツ」の巨人たちを特集しながらも、その学問の本質に迫るのではなく、ビジネスでどう役立てるのかにフォーカスしている注目しているところにユニークさがあります。それは、「リベラル・アーツ」の本来のあり方とは正反対です。

それでも、今回のように、わかりやすく興味深い記事が、リベラル・アーツ」への関心が広まるきっかけになれば、と思います。
”自分のコナトゥスに素直な人=今の自分に満足している人” だと思います。
承認欲求が強いからマウンティングするのだと思います。

また、やりたいことがない人が多い現在、「自由はキツイですよ」というのは、まさにその通りだと思います。
手帳のスケジュールが空白だと不安を感じる人が多いのは、そのせいではないでしょうか。

ギバー(人に惜しみなく与える人)は、持っているものが多く、誰かに与えてもなくならない自信があるからだと思います。
ギバーになれる人はそれだけのものを積んできているような気がします。
ギバーになれるよう、積み重ねを増やしたいです。
大学で哲学を専攻した人が「ビジネスには何ら役に立たないものを勉強してました」と言うのを聞いたことがありますが、良く生きるためのスキルとビジネスのためのスキルは違う、ということだったんですね。

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哲学というのは、一言でいうと「幸福になるための技術」です。
経営学やファイナンスのスキル、論理思考というのは、ビジネスマンの年収を上げるためには役立つかもしれません。
しかし「幸福な人」と「年収が高い人」のどちらの人生が良いでしょうか。私は間違いなく「幸福な人」の勝ちだと思います。だからこそ哲学は最強のスキルだと言えます。
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・コナトゥス: 本来の自分に戻ろうとする力(スピノザ)
・頑張っちゃいけない。無理に努力したって、パフォーマンスは上がらない(カルヴァン)
・ルサンチマン: やっかみ(ニーチェ)
・ペルソナ: 人が外界と接する「仮面」の部分ニーチェ
・自由からの逃走(フロム)
・悪とは「システムを無批判に受け入れること」(アーレント)
・解凍混乱再凍結何かを始めたければ、まず終わらせること。(レヴィン)
・ナッシュ均衡: 必勝法は裏切らない、でもやられたらやり返せ(ナッシュ)
・スキゾ型: ここはやばそうだと直感的に感じたら、さっさと逃げる(ドゥルーズ)