【ユニコーン・オア・ダイ】「思い込み」の制約を解除して大競争の入り口へ

2019/6/21
 2018年のスタートアップによる資金調達額は3848億円に上り、過去10年での最高額を更新した。2012年の資金調達額が638億円だったことを踏まえると、ここ数年で飛躍的に資金規模が拡大したことになる。
 こうした変化は、スタートアップの生態系にどのような影響をもたらすのか。そして、起業家はどういった意識でファイナンスに向き合うべきなのか。
 話を聞いたのは、Forbes Japanが選ぶ「2018年 最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」の1位にもなったVC高宮慎一氏(グロービス・キャピタル・パートナーズ)。
「日本発世界へ!」を掛け声に、メルカリをはじめとする数多くのスタートアップへ投資を行ってきた高宮氏は、ファイナンスの現状をどのように見ているのだろうか。
ベンチャーキャピタリスト。グロービス・キャピタル・パートナーズで、コンシューマ・インターネット領域の投資を担当している。戦略コンサルティングファーム、ハーバードMBAを経てグロービスに参画。主な支援先:アイスタイル、オークファン、カヤック、クービック、ピクスタ、しまうまプリント、ナナピ、ビーバー、ミラティブ、メルカリ、ランサーズ、リブルーなど。
 なお、高宮氏と共に、ロングセラー『起業のファイナンス』の著者である投資家・CFOの磯崎哲也氏(フェムト・パートナーズ)と、連続起業家・エンジェル投資家でもあり、シード期のスタートアップに特化したベンチャーキャピタル「NOW」の設立を発表した家入一真氏の3人が講師を務めるパワーゼミが開催される。
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閉まることないファイナンスの蛇口
──スタートアップの資金調達市場の動向について、どのように見られていますか?
高宮慎一 昨年も、ゼミでお話しさせてもらったように、もともと良くなっていた資金調達環境が、さらにポジティブになってきています。
“アフターメルカリ”で激変する、スタートアップ生存戦略のこれから
 ここ3年ほどの国内スタートアップの資金調達額の推移を見ると、2231億円、3145億円、3848億円と、年々大きく増えているんですよね。ユニコーンがひしめき合う、言わば「ユニコーン大競争時代」が来はじめているなと感じています。
──ユニコーン大競争時代、ですか。そもそもユニコーンとは、設立10年以内で、未上場にもかかわらず評価額(時価総額)が10億ドル(約1000億円)を超える“珍しい”ベンチャー企業のことだと思いますが、それが珍しくなくなってきていると。
 そうです。シリコンバレーを中心としたベンチャーエコシステムの活況によって次々と生まれました。今は、日本もメルカリのようなユニコーン企業を、再現性をもって輩出するフェーズに突入しており、実力のあるスタートアップにはとくに大きな資金が流れやすくなっています。
 表面的な時価総額が、いろいろな投資スキームのテクニック論で1000億円を超えるとか、未上場、上場とかを超えて、本質的な企業の価値として1000億を超えるような企業同士の殴り合いが始まると思っています。
 これまでのベンチャーブームの時代は、大企業や銀行、金融系VCによる投資が主だったため、景気が悪くなれば蛇口を閉められる傾向にありました。だから彼らの投資モードがオンのときは良くても、オフになった瞬間にスタートアップ界隈が冷え込んでしまっていた。
 ところが、今はVCやファンドに資金がプールされていますので、景気の影響をすぐに受けずに済むようになっています。VCやファンドは、5年間は新規投資、10年間は追加投資をするモデルですので、数年分の投資余力がプールされているのです。ですから、たとえ景気が下向きのサイクルに入っても、スタートアップの資金調達額はしばらく維持されるでしょう。
──そうすると、起業家にとって投資家にアクセスしやすくなっていると考えていいのでしょうか?
 圧倒的にアクセスしやすくなっていると思います。最近では、学生で起業してもいきなりVCから投資を受けるというケースも珍しくありません。2000年代初頭だとそもそもアクティブなVCも少なく、業界のネットワークも今ほど強固にできていなかったので、誰経由で紹介してもらうとVCにつながるというルートを見つけるのも大変でした。
 かつては、起業したくても、誰にファイナンスを頼ればいいのかわからないし、「VCって何?」っていう時代がありましたよね。今はVCへの認知も広がって、VC同士の棲み分けも浸透している。起業家のコミュニティにおいても、「創業直後のシードなら、このVCが1000万円くらい出している」といった共通認識が形成されています。
 ただ、スタートアップなら何でも大丈夫かというと、もちろんそうではありません。好調なファンダメンタルズ(事業の状況を示す基本的な指標)を備えるベンチャーには、より多くの資金が集まりますが、そうではないベンチャーは、やはり思うように資金調達ができない可能性が高い。
 たとえば、KPIに2倍の差があるベンチャーで比較すると、資金調達時の時価総額には2倍以上の開きが生まれるのが今のファイナンス環境です。強いベンチャーは、ロングテール構造の中のヘッド側のように累乗的に資金が集まるので、勝ち組がより勝つというサイクルに入りやすい状況と言えます。
“プラチナチケット”を持つベンチャーは一握り
──日本のベンチャーで、実際にいいサイクルに乗っている事例があれば教えてください。
 最近の事例では、名刺管理サービスを扱うSansanが1000億円を超える評価で上場しました。他にも、まだ上場承認を受けていないながら1000億円程度の時価総額を期待できるベンチャーは複数思い浮かびます。日本のユニコーン現象は、メルカリだけのラッキーパンチではないということです。
 先ほど、スタートアップの資金調達環境がかつてないほどに良くなっていることを話しましたが、マクロの景気を考えると、すでに10年以上の長過ぎる好景気が続いているわけですから、いつからかはわかりませんが、いずれ下向きのサイクルに入ることは明確です。
 そうすると、資金調達がうまくいくところと、そうではないところに、よりはっきりした差がつくことが予想されます。ユニコーンになれるような、“プラチナチケット”を持つ一部のベンチャーに資金が集中することになる
 それはつまり、経営力に勝る、またはそう言わしめる実績がある起業家に資金が一極集中し、新しいプレイヤーが勝ちにくい構造ができあがるということ。小さく細々とビジネスをしていたら、ユニコーンが市場に乗り込んできて一気に淘汰されるといったことも起きてくるでしょう。大げさに言えば、「ユニコーン・オア・ダイ」というような状況になりつつあるのです。
経営のオプションを増やすには、ファイナンスを知らないといけない
──なるほど。それでは、起業家はファイナンスの細かなテクニックに精通するよりも、経営力を高めることに注力をしたほうが良さそうですね。
 そうですね。CEOがものすごく細かいテクニカルな部分まで知っておく必要はありませんが、事業とファイナンスは両輪なので、CFOと議論する中で、事業を伸ばすためにファイナンスで何をするかをCFOに投げ、あるいはCFOからファイナンスでこうすると事業を伸ばせるという球を受け取れるようなレベルは求められるでしょう。
 丸ごとすべてCFOに丸投げでは、事業を伸ばす選択肢を考える上で、思い描ける戦略は少なくなるばかりです。結論としては、「ユニコーンを目指すようなベンチャー起業家は、絶対にファイナンスの経営的な意味合いを知らないと駄目」ということになります。
 また、スタートアップはアーリーであればあるほど、ファイナンスは死活問題です。マーケティングで少しミスっても、まだリカバリーできますが、お金がなければ一発アウト。
 新しいチャレンジをするベンチャーは、もともとオーガニックなキャッシュフローがあるわけではありませんし、外部環境の影響も大きく、ちょっとしたミスから資金ショートにつながる可能性もあります。しかも、大企業のように銀行からすぐに資金を借りられるわけでもありませんからね。とにかくキャッシュが尽きたら、そこで終わりなわけです。
 ベンチャーにとって一番大事なことは、「柔軟性」だと私は考えています。取りうるオプションの数とも言い換えられます。立ち上がるかどうかわからない自社の事業、変化の激しい外部環境、これらの結果いかんで無数の未来のシナリオが考えられます。いずれのシナリオが現実のものとなっても、最悪のシナリオが現実のものとなっても、それに対処できる柔軟性を確保しておくことが重要なのです。
──オプションの具体例としては、どういったものが考えられますか?
 たとえば、日本ではいまだに「黒字経営で無借金がいい」というマインドが染み付いていますが、この思い込みを払拭するだけでも、選択肢は広がります。本来、無借金で10年かけて100億円をつくるオプションも、途中で外部のファイナンスを活用して赤字を掘ってでも5年間で100億円をつくるというオプションもあるはずです。
 競争環境によっては、早く面を抑えたほうがネットワーク効果などで価値のサイクルに入れるのであれば、赤字を掘ってでも成長スピードを速くしたほうがよいということもありえます。
 大学に行く資金がないから、大学に行くことを諦める子が、奨学金があるんだって気が付けばいろいろ選択肢が増えるみたいなことなんです。
 同様に、未上場でも大きな資金を集められるということがわかれば、必ずしも急いで上場を目指す必要もなくなります。
 VCからの資金供給がここまで大きくなかった時代は、10億円を超える資金調達をするためにはIPOを目指すのがセオリーでした。しかし、上場すると短期的な業績や株価に対するプレッシャーが生まれ、経営者としては赤字を出しづらくなるものです。
 一方、未上場でもファイナンスで資金を確保できるのであれば、いったんは思いっきり赤字を出して、トップラインを伸ばす戦略も選択肢に入ってきますよね。このようなフレキシビリティを得るために未上場にとどまっておこうというトレンドは、今実際に来ています。
伸びる市場を目指すべきか否か
──ファイナンス環境は業種や市場によっても異なると思いますが、起業するのであれば、有利な環境を目指すべきだと思いますか?
 投資家として考えると、でかくて伸びている市場に投資をすることがセオリーです。そして、その市場でナンバーワンの企業、最もイケてる経営陣に投資をしたい。
 でも、起業家の立場から考えると、伸びている市場だけを狙って起業すべきとはまったく思いません。パッションを感じず、原体験とも紐付かないような市場で、市場がオイシイからという理由だけで無理に起業しても、続きませんからね。
 どんな市場であれ、起業すれば困難な状況は少なからず訪れるわけで、その時に踏ん張れなければ、いかに伸びている市場であっても成功するのは難しいでしょう。そのような時に、起業家を支えるのはパッションや原体験だと思っています。
 たとえば、伝統工芸をビジネスにしたいという場合、市場としてはあまり期待できないかもしれませんが、それでも確信的に挑戦するようなパッションがあれば、道が開けることは十分にあると思います。
 それに、伸びている市場だから勝てるとも言い切れません。キャッシュレス市場がいくら伸びているからといって、Yahoo!、メルカリ、LINEが殴り合っているなかで、スタートアップが乗り込むのは相当大変ですよね。
 市場が魅力的かどうかというのは、多分に一般論なわけです。誰にとっても魅力的な市場は、強力な競合にとってもオイシイ市場。ですから、自分のパッションや原体験と強みを掛け算して、両者を満たす部分こそがスイートスポットなのです。
 市場やファイナンス環境ばかりを意識するのではなく、まずは自分が起業する意義を大切にしたほうがいいのではないでしょうか。
──山登りにたとえると、まずは自分が登るべき山を決めた上で、山の特徴を押さえて攻略していくという感じでしょうか。
 そうですね。ただ、上級編としては、制約条件をいったん度外視して戦略を考えてみることを勧めたいと思います。人間、無意識に自分の常識や業界のルールといった制約条件に縛られるものですから、それをいったん外してみるのです。
「頑張って調達しても10億円でしょ」と思えば、相応のアイデアしか出てきませんが、「100億円でも調達できる」と考えれば、思いもよらなかった大胆な打ち手が思い浮かぶかもしれませんよね。
 もちろん、実際にはベンチャーが100億円を調達するのは、プラチナチケットを手に入れるようなものです。でも、最初から無理と思って諦めていたら、競合にプラチナチケットを取られるかもしれません。まずは競争の入り口に立つ意味でも、“思い込み”による制約条件を外してみたほうがいいでしょう。
「ユニコーン・オア・ダイ」でも起業家が死ぬことはない
──ファイナンス環境にポジティブな変化が起きている今、起業すること自体のリスクも下がっているのでしょうか?
 起業家がチャレンジしやすい状況には確実になっています。振り返ると、90年代に脱サラをしてベンチャーを起業すると、個人保証がつけられ、失敗したら個人で返済していかなければならず、人生終了という雰囲気があったじゃないですか。
 でも今は独立系のVCからの投資で個人保証がつくなんてことは、ありえません。会社が倒産しても、社長が借金を保証する必要はないんです。VCの“リスクマネー”としての、最も基本的な価値がここにあるのです。
 しかも、我々VCからすると、たとえ1回目の起業に失敗したとしても、その失敗から学んで2回目の起業に臨むのであれば、過去の失敗がプラスの評価になります。また、起業経験を買われて大企業の新規事業部門などに採用されるケースも確立されてきていますよね。
 トランスコスモスのCMOの佐藤俊介さんのように、大企業とベンチャーの壁を越えてキャリアを形成している人も出てきています。heyの佐藤裕介社長は、起業家としてイグジットしてから、プロ経営者としてベンチャー経営に参画していて、こうしたモデルケースもあります。
 こうして考えると、1回目の起業は、2回目のチャレンジに向けた登竜門と言えるかもしれません。これからは、1回目の起業はクイックにイグジットして、新たなチャレンジをする人も増えてくるでしょう。先ほど申し上げたように、「ユニコーン・オア・ダイ」という状況が今後起きてくるとしても、今や起業家は何度もチャレンジすることができるんです。
──最後に、ゼミを受講する方に向けてメッセージをお願いします。
 まずは、事業上は、事業とファイナンスは、陰陽図のように相互に関連しているものです。経営を行う以上は片方だけでは足りず、両者を相互に補完し、レバレッジをかけあうようにコントロールしなくてはなりません。
 そして、人生、キャリアという点では、僕は人生のピークの設計の仕方は人それぞれであるべきで、必ずしも早く成功する必要はないと思っています。たとえば、今では起業に失敗しても、いかようにでもキャリアを設計できます。キャリアのどのタイミングで起業家としてのピークをもってくるのかという考え方もできます。
 1回目で一発必中で成功する必要はないのです。起業を繰り返す中で、経験や知見を積み重ね、運や市場のタイミングに恵まれた時に成功すればいいのです。それが、40歳でも50歳でもいいわけです。
 目指すビジョンに至る過程、すなわち旅路を楽しむことが大事なのだと思っています。新幹線で最速で到達点を目指してもいいし、ローカル列車でゆっくり車窓の景色を眺めながら進んでもいい。もっと言ってしまうと今は途中下車も許される環境があります。
 到達点に至ることだけが大切ではない、自分のパッションや原体験に素直にしたがうことこそが幸せをつかむために大切なことだと思っています。
(編集:中島洋一 構成:小林義崇 撮影:工藤慎一 デザイン:堤香菜)