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客観的な実在などというものは、人間のマクロな繰り返し経験からくる感覚でしかないので、なんら証拠もなければ、証明することもできないものです。

一方、量子力学や相対性理論から、客観的な実在と考えられていたものは存在しない幻想だということがわかっているので、「ウィグナーの友人」という実験が実現したことは意義深いですが、現代の物理学において客観的実在が存在しないこと自体はなんら驚くことではありません。


神谷さん
ハイゼンベルグも混同していましたし、後の物理学の教科書や解説も混同していたのですが、量子力学の不確定性と観測効果は区別するのは難しいものの別のものです。それらを区別する式は小澤の不等式と呼ばれ、2012年に実験的にも示されています。
http://www.nikkei-science.com/?p=16686
量子力学の本質は、現在では局所実在論の破れ(ベルの不等式を超える)だと考えられています。


追記
「実在」という言葉を使っていますが、これ自体は哲学ではありません。哲学における不毛な実在論争や因果律論争はそろそろ終わりにして欲しいものです。
実在のみならず、認識だって 

仮にリンゴがそこに実在したとしても、ワタシが見ているリンゴの赤色は、ムスメが見ているリンゴの赤色と同じかどうかは怪しいものです ムスメは、彼女の目に映るそれを「赤色」と呼ぶと、生まれてから今までの経験で学習しただけで 

子供の頃、自分の見て感じている世界が他の人より数秒先のものだったとしたら、世界の終わりが来た(とワタシが感じた)とき、その後数秒間のワタシの存在はどうなるんだろう、ってクヨクヨ心配してたことを思い出しましたねぇ(だって普段は自分では分からないんですから、数秒先だって)

どうなるんだと思います? ディナー後の話題が尽きた時にどーぞ

ちなみに、すっかりオジサンになった今は数秒後なんじゃないかと思ってます で、世界が終わる(とワタシが思ってる)数秒前に突然終了 その方が怖くないので
ふむふむなるほど、、、ん??
これはシュレディンガーの猫でいうところの、生きてもいるし死んでもいる状態を別の表現で定義してる、ということでよいのかな??
ある人にとっての事実さえ、重ね合わせの状態にあるかも、らしい
幼い頃、物の存在についてふと疑問に思ったことがあります。考えれば考えるほど恐ろしくなり、恐ろしさのあまり泣いてしまいました。

疑問に思ったのは、
"自分が感知している世界は本当に存在するのか"
ということでした。
実は、存在するというように感じているだけで、本当は存在していないのではないのか…と。
であれば、何のために生きているのか、生きるとは、死ぬとは何なのか。そんなことを考えると、とても怖くなり、ワンワン泣いてしまいました。親は何が何だか分からないようで、ただただ困惑していました。懐かしい記憶です。