【伊藤忠・野田CSO×楠木建】次世代商社が担う“大人のビジネス”とは?
伊藤忠商事 | NewsPicks Brand Design
2019/4/2
Amazonやアリババなど、ネット上にプラットフォームを持つグローバル企業がリアル領域へと進出している。インターネットを介して商品の売買を行うEC化率はまだ全体の約10%に過ぎないが、これからビジネスを拡大するには、残り90%のリアル領域をいかにデジタルにつなぐかがカギになる。
こうした時代背景を受け、伊藤忠商事は新中期経営計画「Brand-new Deal 2020」で、新しいデジタル技術やパートナーシップの強化によってビジネスを前進させる「商いの次世代化」を打ち出した。ここには、好調な業績に安住することなく次世代に向かう、攻めの姿勢がうかがえる。
ネットから生まれたデジタルプラットフォーマーの存在に戦々恐々とする日本企業も多いなか、日本固有種ともいわれる総合商社の立ち位置はどう変わるのか。伊藤忠商事の次世代戦略を担当する野田俊介CSO(Chief Strategy Officer)と、競争戦略を専門にする一橋大学大学院の楠木建教授が語り合った。
こうした時代背景を受け、伊藤忠商事は新中期経営計画「Brand-new Deal 2020」で、新しいデジタル技術やパートナーシップの強化によってビジネスを前進させる「商いの次世代化」を打ち出した。ここには、好調な業績に安住することなく次世代に向かう、攻めの姿勢がうかがえる。
ネットから生まれたデジタルプラットフォーマーの存在に戦々恐々とする日本企業も多いなか、日本固有種ともいわれる総合商社の立ち位置はどう変わるのか。伊藤忠商事の次世代戦略を担当する野田俊介CSO(Chief Strategy Officer)と、競争戦略を専門にする一橋大学大学院の楠木建教授が語り合った。
ネクタイをゆるめられる大人の強み
── 楠木さんから見る伊藤忠の強みはなんでしょう。
楠木 伊藤忠に限らず、日本の総合商社は様々な事業の集合体として、特殊な形で発展してきたわけです。その強みや弱みは、個別の事業単位でないと語れません。ただ、少し違った切り口で捉えると、商社というカテゴリーは、「大人の商売」であるといえるのではないでしょうか。
イメージ論ですが、仮に「大人の商売」と「子供の商売」を分けるとします。これは優劣ではなくあくまでもタイプの差異なのですが、子供の商売というのは、たとえばNewsPicksです(笑)。ビジネスとしての参入障壁が低く、新しくて、人が「イェーイ!」とか言って集まってくる(笑)。その分、乱戦に巻き込まれやすい。
NewsPicksの場合は独自の戦略があってきっちり利益を出せるポジションを比較的早く構築しましたが、多くの場合、「子供の商売」はもっと長い赤字の期間を抱えながら「一発当てるぞ」という感じ。たまたま今はデジタル領域にそうした商売が多いのですが、昔からずっとあるひとつのパターンです。
大人の商売はそれと対照的で、一見して新規性はないけれども、相当なお金や人を投資しなければ始められない。いろんな人との交渉や調整が必要で、よく事情がわかっていないと、物事が前に進まない。つまり、参入障壁が高い。
どちらが良いというものではないし、正面から競合するような関係でもありません。大人ができないことを子供がやって新しい技術が生まれたりするし、子供の商売が広がっていくほど、大人のサポートも必要になる。むしろ相互補完的な関係にあります。
子供ならではのカジュアルで猪突猛進型のスタートアップだけでなく、これからの時代は、大人の商売の必要性が高まっていくんじゃないでしょうか。「カジュアルからシリアスへ」という流れと言ってもよいでしょう。それが、伊藤忠商事のような総合商社の役割でもあるように思います。
私が面白いと思うのは、大人の役割を担っている商社のなかで、相対的に見ると伊藤忠商事が子供に対してオープンだということです。商社のなかでは、子供との接点が多い大人というイメージ。大人でありながら若者との付き合いもいい感じがする。あくまで、僕の印象ですが。
野田 伊藤忠の特徴をよく捉えていただいています。大人という点では、創業から160年と歴史も長いですし、世界各地でベタベタなオペレーションにまで入り込んでいる。レガシーではあるけれど、緻密に築き上げてきた商売があります。
ご指摘いただいた商社のなかでの子供らしさという点は、他の財閥系ほどは資源やエネルギーの分野に強くないことの裏返しかもしれません。その代わり、当社は生活消費関連に力を注いで強みにしてきました。
BtoCの領域ではファミリーマートがその中核ですが、コネクシオが運営するドコモショップや、ほけんの窓口、伊藤忠エネクスというガソリンスタンドなどの店舗もあります。我々の祖業である繊維部門でも、エドウインなど多数のブランドショップを持っています。
これらを合わせると、グループで2万を超える拠点で、1日2000万人規模の消費者と直接接しているんですよね。これは他の商社と比較しても、大きな強みではないかと思います。
シリコンバレーを拓いた伊藤忠
野田 もうひとつの伊藤忠の特徴は、IT系のベンチャービジネスに昔から力を入れていることです。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)を通じて1980年代からシリコンバレーの優良ベンチャーと提携し、その商品群を扱うという商売をやってきました。シリコンバレーの新しくていいものをどんどん持ってこよう、と。
楠木 当時のシリコンバレーというと、どんなプレイヤーですか。
野田 有名なところでは、サン・マイクロシステムズやシスコシステムズ、オラクルなどがありました。シリコンバレーは、コミュニティに入れないとなかなか情報が取れないのですが、これらベンチャーが急成長し、シリコンバレーの新たなベンチャーに資金を還元させていくなかで、伊藤忠はコミュニティのインサイドに入れるようになりました。
1995年頃からシリコンバレーで始めたベンチャー投資を通じて、日本やアジアでの商権を取ったり場合によってはジョイントベンチャーを作ったり。そうした活動を通じて、シリコンバレーでの伊藤忠のプレゼンスが高まりました。
たとえば、アンドリューセン・ホロビッツ、NEAのような有名なベンチャーキャピタルファンドにリミテッドパートナーとして出資参画。イスラエルの有名ファンドにも20年前から入っています。
楠木 先ほどの大人と子供の比喩で話を続けると、入場料が高い、あるいは大人同伴でないと立ち入れない店があります。子供が行っても相手にされないし、仮に潜り込めたとしても、中のルールを知らなければ、どうしていいかわからない。伊藤忠は、ずいぶん昔からシリコンバレーに入り込み、大人と子供の世界をつなぐ役割を担ってきたんでしょうね。
ITビジネスでも、テック人材だけでなく、商売ができる大人が必要になります。そこには会社対会社ではなく、人対人で築いた関係がないと入り込めないゾーンがあり、日本の商社はそれを知っているから個人の名前で仕事しているところがある。このことは、これから伊藤忠が行おうとしている次世代化でもますます重要になるのではないでしょうか。
── 伊藤忠商事は中期経営計画のなかでも「商いの次世代化」を掲げました。その背景についてお聞かせください。
野田 市場の変化に対応する必要性を感じたのは、2017年のAmazonによるホールフーズ・マーケット買収でした。GAFAを含め、いろんなネット企業がどんどんリアルの方に出てきている。これにどう対応するのか、社内で真剣に議論するきっかけになりました。
伊藤忠には、数多くのリアルな商売を持っているという強みがあります。やはり、我々の足場であるリアル領域を固め、そこからできる範囲でデジタルと連携していく方が、現場第一主義の伊藤忠らしい。
そう結論づけ、伊藤忠グループのあらゆる場所で、リアルの商売と親和性の高いスタートアップベンチャーとの資本提携をクイックに意思決定できる新しい制度を作りました。これは、リターン目的の投資ではなく、ベンチャー企業の発想やデジタルの活用法をオープンに取り入れて、新しい事業を創出するための投資です。
もう1つ大事なのはデータエコノミーへの対応ですが、これは少し難しいと感じています。
データ活用に取り組むにあたって一番難しいのは、莫大なコストをかけてグループの「ビッグデータ」を用意しても、そのリターンがどのくらいあるのか予測できないところ。やってみないとわからないのが現状です。
また、各グループ会社の状況や領域によってデータ整備や活用状況に差もあります。そのため、動きやすく、関連性が深く、リターンを描きやすいところから進めています。無理やりにグループで統合データベースを作るのではなく、各社に分散しながら相互に連携できる状態が理想だと考えています。
楠木 最近は誰もが「データで稼ぐ」と言うけれど、データを使ってなぜ儲かるのかと聞くと、収益に至るストーリーがよく見えないケースが多いものです。データそれ自体はコストというか「在庫」ですから、ちゃんとした目的やリターンまで描いたビジネスモデルがないと意味がないのですが。
そうやってリターンへの筋を見極めて投資をするというのは、これまでの蓄積をベースにして、大人としての商社が果たすべき役割だと思います。
── 具体的には、データを使ってどんな次世代化が進められているのですか。
野田 先ほどお話ししたように、当社には様々な消費者接点がありますし、そこに向けた様々な取り引きがあります。たとえば、これらをデジタルで相互に連携させれば、バリューチェーン全体の最適化が一挙に進む可能性があります。
わかりやすいところでいうと、ファミリーマートが出口となるバリューチェーンでは、卸・物流の日本アクセスをはじめ、食材やレジ袋、弁当容器など、いろいろなグループ会社がつながっています。
そこで、ファミマの購買履歴データを分析することで、需要予測や物流効率改善に活かせる可能性がある。どのくらいのインパクトがあるかは検証中ですが、これはやはり、伊藤忠全体でやらないとできません。
また、当社の食料分野ではドールがフィリピンに巨大な果物農園を持っていますが、そこではセンサーから収集するデータをもとにした収穫予測など、様々なIoTによる効率化の可能性があります。
農業、モビリティ、電力など、一次産業からインフラまで幅広く手がけている我々だからこそ、データを活用することでリアルの現場を効率化し、収益を増やせると考えています。
── データプラットフォームでは、それこそGAFAと真っ向勝負になりませんか。
楠木 ひとつ気をつけないといけないのは、「GAFA」というのはわりとミスリーディングな集合名詞だということです。「デジタルプラットフォーマー」として一括りにされますが、商売としては広告会社であるGoogleやFacebookと、リアルなオペレーションを持っているAmazon、ハードウェアの製造・販売を商売の基軸とするAppleはまったくの別物です。「競技種目が違う」と言ってもよい。
Amazonは、仕入れて、在庫を持って、売った時のマージンを取る。物流とオペレーションに絶対の強みを持つ、ある意味では昔ながらの「流通小売り企業」です。Appleにしても「ハードウェア」の会社です。
どちらもリアルの領域にベースがあり、そのリアルオペレーションを「ごはん」だとすると、データやテクノロジーは「ふりかけ」みたいなものに過ぎません。確かに強烈な旨みを持つふりかけではありますが、素晴らしい「ごはん」があることが前提条件として大切です。そこに美味しい「ふりかけ」をかけるから、食が進むんです。
ところが、リアルの領域にベースがあるにもかかわらず、「ごはん」が炊ける前から「ふりかけ」ばかりを食べようとしている企業がとても多い。「ふりかけ」だけ独立して食べても美味しくないし栄養もない。
長期的な利益がビジネスの目的だと考えると、本業となるビジネスの稼ぎを加速するための「補助的なデータ」という主従関係が本来は正しいのです。要するに、順番の問題。データを活かす、商売全体の戦略ストーリーが物を言うということです。
次世代ビジネスにおける「大人」の役割
野田 お話を伺っていて、やはりリアルの現場でのオペレーションこそが、伊藤忠商事の「ごはん」であり、その上でデータを使った効率化や収益拡大があるのだと感じました。
楠木 たとえそれが数パーセントの効率化でも、伊藤忠商事が手がけるビジネス全体に適用できれば、大きな違いが生まれるでしょう。その運用ノウハウ自体を売ることもできると思います。
オペレーションという強みがあれば、BtoBでもデータやデジタル技術の活用で儲けられる分野はたくさんあります。私は以前、伊藤忠建材のお手伝いをしたことがあるのですが、住宅建材のような極めてリアルな業界で商売している現場の人は、それはもう究極のアナログで、昔ながらのド商売をしている。
そこにはやっぱりロスがあります。伊藤忠が本格的にデジタルを導入すれば、すでに相当程度まで効率化されている消費財のeコマースよりも、もっとリターンが大きいと思いますよ。
野田 効率化だけではなく、ESG(環境・社会・ガバナンス)という観点で、リーダーシップをもって解決すべき社会的な課題もあります。たとえば、天然ゴムの流通において、環境や人権に配慮したサプライチェーンの高い透明性が世界的に求められています。
天然ゴムは主にタイやインドネシアなどの東南アジアで生産され、その約7割がタイヤに使用されていますが、原料生産者からタイヤメーカーに至るまでに多くの業者を介するため、流通経路をトレースすることは非常に難しいのです。
伊藤忠では、インドネシアで大規模な天然ゴム加工を行っていて、大きなシェアを持っていることから、ブロックチェーン技術を使ったトレーサビリティシステムの実証実験を開始し、持続可能な天然ゴムの普及に取り組んでいるところです。
ESG投資の一環としては、LIMEXという、石灰石から紙代替品やプラスチック代替品を作る技術を持つ会社にも出資・参画しました。ストロー廃止など脱プラスチックが盛り上がっているヨーロッパの支店のスタッフは、「こういう道具があれば、いろいろな企業をノックドアできる」と、張り切っています。
このようなビジネスがあると、LIMEXの商品を売るだけでなく、リサイクルのような新しい商流ができます。そのきっかけになるところへ投資するという観点は、世界中に現場を持つ商人だからこそ持てるものだという自負があります。
楠木 そういうのは商社の本領ですよね。自社の商売がブレずに美味しい「ごはん」を仕込んでいれば、その上にのせて美味しい技術やデータは次々と現れています。
大人と子供の話に戻しますが、やんちゃな子供たちと手を組むことは、一朝一夕にできることではありません。確かに商社は規模が大きく資本力もあるのですが、「体格」だけでなく、そういうコラボレーションに向けたオープンさや柔軟性という「体質」が大切になりますね。
それに、子供は個人の理想ややりたいことから入るから、勢い余って「儲ける」ことから外れることもある。大人はちゃんと儲けを考える。継続するため、儲けのための商売だという点がずれてしまってはいけません。
野田 そうですね。0から1を作ろうとすると、ある意味、儲け度外視でクレイジーじゃないと突き抜けられない部分もあります。一方、もうちょっと広い視野で、1を5や10にする収益モデルを仮でもいいから作ってみようと提案する。そうやって、大人が付加できる価値はたくさんあると思うんですね。
ベンチャーとのオープンな連携、楠木さんのお言葉を借りると、子供らしさを併せ持つ伊藤忠だからこそできる大人と子供のコラボレーションで、「商いの次世代化」を進めていきたいと思います。
※インタビュー内容及び役職は2019年3月時点の情報です。
(編集:宇野浩志 構成:加藤学宏 撮影:後藤渉 デザイン:Seisakujo)
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