8つの急カーブがある坂道を走る

サンフランシスコのロンバード・ストリートは、8つの急カーブがある坂道として有名だ。観光客はその美しい街並みの中、レンタカーを慎重に走らせ、その経験を旅行サイトに書き込む。
ズークス(Zoox)の場合、この坂道は自動運転ソフトの性能がどれだけ改善したかを把握する場所だ。
「1年前は、ロンバード・ストリートのような急な坂道や狭い道は走れなかった」と、ズークスの共同創業者で最高技術責任者(CTO)を務めるジェシー・レビンソンは言う。
私たちはズークスのソフトが制御する黒いトヨタ・ハイランダー(クルーガー)の後部座席に座っていた。運転席と助手席には、2人のセーフティドライバーが緊張した面持ちで座っている。
ハイランダーはきついカーブをゆっくりと通り抜ける。歩道を歩いていた観光客が写真を撮るために6人横並びになると、スムーズに停止したあと、6人組の横を右側に弧を描いて通り過ぎた。道路にゴミ箱が吹き飛ばされてくると、今度は左によけた。
グラント・ストリートの急な上り坂で、ハイランダーは驚くような走りを見せた。ずらりと路上駐車がされていて、走れるスペースは非常に狭かったにもかかわらず、センサーを駆使して一気に丘を登りきったのだ。
人間だったら、どんなお気軽ドライバーでも慎重にならざるを得ないコンディションだった。「ソフトは2週間毎にアップデートしている」と、レビンソンは語る。

2020年の配車サービス開始を狙う

技術面は順調に改良されてきたが、ビジネスを構築するのはずっと難しいとレビンソンは言う。
ズークスは最終的に、完全自動運転車「ロボタクシー」を運営する計画だが、この分野はゼネラル・モーターズ(GM)やグーグルの親会社アルファベット(Alphabet)など、潤沢な資金を持つ巨大企業が競い合っている。
それなのにレビンソンと一緒にズークスを立ち上げ、CEOを務めていたティム・ケントリークレイは昨年8月、取締役会によって更迭されてしまった。新CEOにはこの1月、インテルで最高戦略責任者などを務めてきたアイシャ・エバンスが就任した。
ズークスは2020年の配車サービス開始を目指すなか、エバンスとレビンソンは現在、新たな資金調達を計画している。昨年集めた4億6500万ドルを上回る資金を集めたいと、レビンソンは意気込む。
昨年のラウンドの中心になったのは、グロック・ベンチャーズらベンチャーキャピタル(VC)だが、今回は戦略的パートナーからも投資を得たいとレビンソンは言う。大手自動車メーカーがパートナーとして、クルマの製造やアフターサービスを手伝ってくれれば最高だ。
「戦略的投資家と金融投資家の両方に参加してほしい」と、彼は言う。「この2つの組み合わせを期待している」

独自のクルマづくりにこだわる

アルファベットの自動運転車開発企業ウェイモとは異なり、ズークスは他社のクルマに自動運転機能を後付けするのではなく、独自の自動運転車を製造する考えだ。テスト走行に使われたトヨタ・ハイランダーも、もっぱらテスト用で、いずれズークスのクルマに取って代わられる予定だ。
これに対してウェイモは、フィアット・クライスラー・オートモービルズとジャガーランドローバーからクルマを調達している。GMには自動運転車開発部門のGMクルーズがある。
エバンスがCEOに選ばれたのも、ズークスが独自のクルマづくりにこだわっているためだ。エバンスはインテルの前は、プラットフォーム・エンジニアリング・グループの副社長(広報・デバイス担当)を務めていた。
ハードウェアのメーカーにいた彼女の経験は、ズークスがグローバルにスケールするうえで助けになるはずだと、最高安全イノベーション責任者のマーク・ローズカインドは語る。そのローズカインドも以前は、米運輸省の道路交通安全局(NHTSA)局長だった。
「典型的なシリコンバレーだ」と、ローズカインドは言う。「ビッグ、大胆、そして全部をやる」
そのためには資金が必要だ。これまでズークスが調達した金額は計8億ドル。GMクルーズはソフトバンクと本田技研工業から50億ドル調達しているほか、親会社のGMから年間10億ドルの投資を得ている。ウェイモはアルファベットの莫大な資金を利用できる。
これに対してズークスは、資金面でもテスト走行の距離でも、ライバル2社に遅れを取っている。
「ズークスはプロダクトとサービスを同時に構築している。これはどんな会社にとっても極めて難易度が高い。スタートアップにはなおさらだ」と、トラックス・ベンチャー・キャピタルのゼネラルパートナーで、スタンフォード大学で教鞭もとるライリー・ブレナンは語る。
「通常の自動車メーカーよりも多くの資金を製造に費やすだけでなく、ウェイモよりも多くの資金をソフトウエア開発に費やさなくてはいけない」

難易度の高い六差路をマスター

だが、レビンソンは、ズークスには独自の自動運転車が必要だと譲らない。
現在のプロトタイプは、スチールの管のフレームで、そこに電気回線や集積回路が収められている。最新モデルのVH5の場合、座席は向かい合っており、ハンドルもペダルもない。これがズークスがこだわる自動運転車だ。
ドライバーはいないことを想定しているから、トップスピードで前後に動く。前と後ろがないデザインだから「もうクルマの向きを変える必要はない」と、ローズカインドは言う。
ロボタクシーの時代になったら、さほど多くのクルマは必要いと、ローズカインドは考えている。サンフランシスコくらいの都市なら、約1000台でトラフィックの約半分をカバーできるというのだ。
サンフランシスコでテスト走行をしていたトヨタ・ハイランダーは、6差路の1つに差し掛かった。歩行者が通り過ぎるのを辛抱強く待ち、飛び出してきた日産車を右に避けてから、左に戻して走行を続けた。
この六差路をマスターすることは、ズークスのAI開発のもう1つの節目だった。1年前は、ソフトが混乱してストップしてしまったと、レビンソンは言う。彼によると、じつはズークスにも独自のテスト車両がある。ハンドルもアクセルペダルもブレーキペダルもないものだ。
カリフォルニアなどの公道における自動運転車のテストドライブは、詳細に地図化された場所に限定されており、セーフティドライバーが同乗する。人間の助けなしで、地図化もされていない場所を走行する能力は、自動運転のエンジニアたちが「レベル5」と呼ぶ最高段階だ。
ズークスはまだレベル5に達したかどうかを公表していない。「でも、来年には(独自開発車を)公道で走らせるよ」とレビンソンは言う。
原文はこちら(英語)。
(執筆:David Welch記者、翻訳:藤原朝子、写真:©2019 Bloomberg L.P)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.