もはや「ドライブレコーダー」ではない。次代のドライバー安全システムの正体

2019/3/29
商用車だけでなく一般の自動車にも普及が進むドライブレコーダー。運転中の動画を記録することで、万が一事故や事件が起きた際の「目撃者」になってもらおうという目的で購入されることが多い。
そんなドライブレコーダーの一つとしてカテゴライズされる米国発の「Nauto」。しかし、この気鋭のメーカーのプロダクトは、録画の域を完全に超えている。「事故が起きた後」に備えるのではなく、「事故が起きる前」にAIがドライバーにリアルタイムで警告を発して事故を未然に防ぐことができる。
そのNautoにいち早く注目し絶大な期待を寄せているのは、国内自動車リース会社としてNautoと独占販売契約を締結したオリックス自動車だ。車両管理台数で業界首位の責務として、安全運転にかける情熱がある。そして、国内における普及に向けて営業面でサポートするのはソフトバンクで、この3社がタッグを組み、今年から本格的にビジネス展開を開始した。
ナウト・ジャパン日本代表の井田哲郎氏、ソフトバンク デジタルトランスフォーメーション本部で本部長を務める河西慎太郎氏、そしてオリックス自動車の竹村成史リスクコンサルティング部長の3人が、Nautoがもたらすドライブ革命を語り合った。

AIで安全を創る「Nauto」とは

──まずはNautoは、どのようなプロダクトかをご説明いただけますか。
井田 2017年に販売を開始したナウトのドライバー安全システムは、自動車の内外から得た画像をAIで瞬時に解析し、危険な運転を検知すれば即座に警告することで事故を未然に防ぐことができます。
具体的には、車外と車内の双方に向けた2台のカメラやセンサーを搭載しており、危険な出来事が起こった際に車内外でどのようなことが起こっているかを認識することができます。
ナウトのカメラはコンピュータービジョンと独自のアルゴリズムを搭載しており、加速度センサーなどと合わせて、わき見運転、あおり運転などの危険な動作を検知しリアルタイムに警告音を発します。
一般的なドライブレコーダーでも車内記録用カメラの搭載モデルが出始めていますが、あくまでトラブル発生後に安全運転をしていた証拠とするためです。Nautoがユニークな点は、デバイスに搭載したAIで複雑な情況判断を高い精度でリアルタイムに行うところです。
メディアなどでは「AI搭載型の通信ドライブレコーダー」とご紹介いただくこともありますが、記録を後から振り返るだけではなく、画像をその瞬間、瞬間で分析しながら、安全なモビリティを提供するソリューションです。
日米合わせて250社超に導入し、AIが処理しながら走行した距離の合計は4億キロ以上にも上ります。集めたデータはAIのアルゴリズム改良に使用し、その結果をNautoにアップデートすることで安全性を高める循環を回しています。
2006年3月、大阪大学卒業後、同年4月にトヨタ自動車株式会社入社。中南米地域の販売戦略を担当。新興国戦略車のローンチや新ブランドの立ち上げに参画。2014年、カリフォルニア大学バークレー校MBA。2016年、Beepiでオンライン中古車マーケットプレースの立ち上げに参画。シリコンバレーのユニコーンスタートアップで唯一の日本人として、全米でのオペレーション立ち上げを経験。2017年、ナウト米国本社に移籍。同年6月、日本支社設立と同時に帰国し、日本代表に就任。
──ナウトが問題意識を持っている危険な運転とは、どのような運転ですか。
井田 衝突事故の原因は、約70%が「わき見運転」だと言われています。これは不可抗力ではなく、ドライバーが気をつければ防げるはずですよね。でも、つい注意力が散漫になってしまっているわけです。Nautoが教えてあげるだけで、状況は大きく改善するんです。
──そのためには、刻一刻と変わる膨大な画像情報をリアルタイムに処理しているわけですよね
井田 その通りです。Nautoは常時録画を行っていますが、その動画の全てをクラウドにアップロードしているわけではなく、デバイスに搭載したAIが危険なイベントを検知した時だけLTEを使って企業の運行管理者にリポートします。また、デバイスのAIに常に最新の安全アルゴリズムを搭載するために、OTA(オーバーザエア)でのアップデートを行っています。
そのため、通常のドライブレコーダーのようにSDカードを随時取り出して動画を見直す必要はありません。安全指導が必要な危険運転を検出した場合や事故発生時にだけ、自動で動画をクラウドにアップロードする仕組みを持っています。

業界最大手オリックス自動車が注目

──オリックス自動車は、Nautoに早くから着目していたと聞きます。
竹村 私たちは自動車リースとレンタカー・カーシェアリングを事業の柱としていて、管理している自動車台数は国内で約137万台です。
あまり知られていないかもしれませんが、新しい技術やサービスには積極的に取り組んでいて、たとえば、カーシェアリングサービスは2002年から始めていました。
また、自動車の走行データや危険挙動を管理者に送るテレマティクスサービスも2006年に開始し、これまで16万台の車両でご利用をいただいています。今回のテーマであるドライブレコーダーも、10年以上前に導入していました。
私たちのミッションは、単純に自動車という移動手段を提供するだけでなく、安全なモビリティを提供すること。ですので、事故の削減に向けた取り組みは重要なプロジェクトです。
これまでの経験から言えることは、事故は未然に防げる、減らせるということです。そのためには、3つの危険挙動である「速度超過」「急加速」「急減速」を減らすことが大切です。わき見もこうした挙動の原因で、何か対策はできないかとアンテナを張っていたところ、Nautoの存在を知って早速コンタクトを取ったんです。
1988年日本大学商学部を卒業後、旅客運送関連の企業を経て、1997年にオリックス・オート・リース株式会社(現オリックス自動車株式会社)入社。2011年、リスクコンサルティング部部長に就任。当時は運転を見える化するだけだったテレマティクスサービスを、取得データを活用することで、企業のリスク削減を支援する体系的なコンサルティングサービスへ転換し、16万台以上のストックを抱える事業へ拡大することに貢献。現在は、リスクコンサルティング上級コンサルタントとして、企業の「安全」「環境」「コンプライアンス」リスク削減をサポートしながら、交通安全や環境関連のイベントなどで講演も務める。
──その結果、取り扱いを始めたわけですね。
竹村 今だから言えますが、最初は懐疑的でしたよ(笑)。AI自体が今ほど実用的ではない頃ですから、どこまでのクオリティなのかは未知数でした。
おかげさまで、過去の実績からお客様に「オリックス自動車が取り扱うものなら品質は高いだろう」という評価をいただいていますから、そのイメージを壊すようなプロダクトをやすやすと扱うわけにはいきません。
ですから、ナウトCEOのStefan Heckさんや井田さんを質問責めにしたものです(笑)。その過程で、ビジョンやクオリティに対するこだわり、そしてテクノロジーの先進性について的確にお答えいただき、信頼できるパートナーだと確信したんです。
井田 質問攻め、よく覚えています(笑)。ナウトはデバイス(ハードウェア)とソフトウェア、そしてアルゴリズムを一気通貫で開発していて内製化しています。だから、竹村さんの質問攻めにも難なく対応できました。
──竹村さんは、Nautoのどういった機能に、これまでのドライブレコーダーとは違う価値を見いだしたのですか。
竹村 危険を検知する機能自体も素晴らしいのですが、多くの車両やドライバーを抱える管理者の目線で優れています。安全な走行に熱心な会社だとSDカードを車両から集めて、担当者が動画をチェックするんです。
──大変な手間ですね
竹村 そうですね。Nautoなら、全ての画像を見なくてもリスクが高い可能性がある行動だけ即時にリポートしてくれます。顔認証を実装しているのも便利ですね。社用車だといつも同じドライバーとは限らないので、運行管理簿と突き合わせて誰が運転している映像か特定する必要があったのですが、AIが自動的に判断して記録してくれます。
Nautoは1台月額5500円で提供しているのですが、事故の未然防止対策の一環としてすでにドライブレコーダーを活用している企業の方であれば、価格を聞いた瞬間に「安い」という反応です。一般的なドライブレコーダーの機能に加えて、運転中に事故を防ぐ機能が付いているわけですからね。
河西 竹村さんがおっしゃるように、安いと感じる企業は増えていると私も感じています。
営業などで自動車を活用している企業や、運送会社など運転そのものがビジネスの根幹を担っている企業にとって、安全対策は最重要課題ですから。
2003年、日本テレコム株式会社(現ソフトバンク株式会社)に入社。2012年、法人第一営業本部第三営業統括部統括部長。2014年、広域法人第一営業本部本部長。2017年、デジタルトランスフォーメーション本部本部長に就任。

ソフトバンクが体験したNautoの衝撃

──Nautoの提案活動を進める中で課題を持つ企業が多いと実感されているわけですか。
河西 働き方改革やECの台頭による「宅配クライシス」が注目されていて、運送業においては適正な労働環境づくりのために生かしたいという話が多いですね。製薬会社で医療機関を回るMR職なども同様です。
ソフトバンク自身も自動車で移動する従業員がいます。ソフトバンクでは「自分たちで扱う商材は売る前に自分たちで使う」というポリシーがあるので、実は、まず自社の営業車にNautoを載せてみたんです。
そうしたら、事故率が前年比で50%も下がりました。それまでもさまざまな防止策を講じていて、そこからさらに大幅な効果の上積みがあったわけです。Nautoの力には驚きました。
──ユーザーとしてもNautoを評価しているんですね。それにしても、半減というのはすごい威力です。でも、監視されることを嫌がられませんでしたか。
河西 いや、ドライバーにとっても安全運転につながるので歓迎されています。それに、AIが見ているということは、言い方を変えれば、「人が見ない」ということ。ドライブレコーダーの映像を人がチェックするなら、AIの方がいいという人もいますよ。
竹村 プライバシーを監視することになるからとドライブレコーダーを嫌がる会社もあるのですが、Nautoであれば、抽出された映像以外は、意図的に見にいかなければ管理者の目に触れないことを説明すると、「それならぜひ導入したい」という話になります。
今回オリックス自動車は、ソフトバンクと一緒になってNautoの普及に努めているところですが、ソフトバンクの強力な営業力に加えて、Nautoの効果をじかに伝えてもらえるのは心強いと思っています。
──河西さんは、デジタルトランスフォーメーション本部ということですが、なぜナウトとオリックス自動車との協業に至ったのでしょうか。
河西 デジタルトランスフォーメーション本部は2017年に立ち上がった、デジタルを使った新規事業創出およびパートナーとの協業を行う組織です。
この20年間で日本がアメリカや中国にGDPで水をあけられた理由は、デジタル化の遅れです。そこで、デジタルで収益を得るだけでなく、社会のために貢献できる事業を創りたかったんです。
最初は0→1をやってやろうと意気込んでいたのですが……これがなかなか難しくて。
──ソフトバンクは新規事業が得意中の得意というイメージでしたが。
河西 もちろん、そういう側面もあります。ですが、これまで印象的だった事業を振り返ると、Yahoo! BBによるブロードバンド回線の普及、日本におけるiPhone 市場の創出、ともに世の中にはすでに存在したものをソフトバンク流のやり方に乗せて爆発させた手法です。
つまり、「1→10000」ぐらいのグロースが超得意な組織だとも言えます。ですから、利益と社会性を両立したプロダクトのNauto、社会性を求められる業界で先進性を取り入れながら市場をリードしてきたオリックス自動車と組めば、自分たちが目指していた結果を最大化できると考えたわけです。そして実装を手伝いながら今度は自分たちが生み出せるように学び、次につなげていくつもりです。

安全な自動運転の実現に貢献するポテンシャル

──パーソナルなデータを扱うということで、ポリシーに配慮する必要があるかと思いますが、ナウトはどのような思想を持っているのですか。
井田 ナウトは個人情報を社外で利活用するということは一切ありませんし、お客様がデータを所有することを明確にしています。個人情報は、ナウト社内で安全に関するアルゴリズムを改善するためにのみ、活用しています。
河西 ドライバーにとって利益になる使い方が原則ですよね。Nautoには、かなり早い段階で注目していましたが、ドライブレコーダーとして性能が高いだけでなく、次のビジネスにもつながりそうだという期待がありました。カメラが車窓の内と外を見てずっとデータを収集しているわけですから、しかるべきポリシーを守りながら生かせれば面白いですよね。
外向きではガソリンの値段、飲食店の営業状況、そういった情報を集めて生かせるのではないかと着目しています。今のナビでは、そうしたリアルタイムなメタ情報までは教えてくれませんが、近くで安いガソリンスタンドが分かったらうれしいですよね。
顔認証でカギがいらなくなるかもしれません。車内に対しては、ドライバーの顔から感情を読み取って体調が悪そうなら注意を促すなど、進んだ安全対策を取れますよね。
──今後の展開をどう考えているか、最後にお聞かせください。
井田 安全のために使えるということは、自動運転を中心にいろんなユースケースで使えるデータや知見がたまっているということです。我々の構築する安全運転プラットフォームを活用して、より安全な自動運転車の開発に貢献することを目指しています。
GM、BMWやトヨタ自動車といったOEMが出資しているのも、その期待があるからです。その他のユースケースは、ソフトバンクなどのパートナーと一緒に考えていければと思っています。
河西 今後は中国や欧州でも、課題先進国の日本と同じように少子高齢化にともなう課題に見舞われるでしょうから、そのとき輸出していくことも考えられますし、ビジネスとしての広がり、ポテンシャルを強く感じています。
まずはこの強力な3社のタッグで国内の法人向けドライブレコーダー市場を席巻したいですね。
(取材・編集:木村剛士 構成:加藤学宏 撮影:森カズシゲ デザイン:田中貴美恵)