KDDI財団の挑戦。旅する写真家と語る「辺境からのSDGs論」

2019/3/29
 かつての国際貢献は、持てる国が、持たざる国へとモノやインフラを与えるイメージがあった。だが、本当に必要な支援とは何かを問い続け、現在ではより実効的な支援のかたちも見えてきている。
 世界をあげて、“持続可能な開発目標”である「SDGs」に取り組むなか、開発途上国の未来へとつながる関係とは? モンゴルやネパールなど、アジア諸国の情報通信インフラ整備を支援するKDDI財団の内山洋祐氏と、世界を渡り歩いてきた写真家・石川直樹氏が、現地のリアルを語り合う。
遊牧民・山岳民族のスマホ事情
内山 KDDI財団は、世界各地で様々な国際協力活動を行っています。私が近年担当しているのは、おもにアジア地域における情報通信インフラ整備の支援。2016年にはモンゴル国境沿いの3ヶ所で、衛星を活用した遊牧民のための広帯域インターネット接続のプロジェクトを実施しました。石川さんはモンゴルを訪れたことはありますか?
石川 いや、それがないんです。世界中いろいろなところへ行ってきたのに。
内山 モンゴルの国土はご存じのように広大で、都市部から少し離れると人より羊の数のほうが多いと言われるほど。人口の半分が首都ウランバートルに住んでいますが、都市から離れた地域でもほとんどの人が携帯電話を持っています。しかし、国境付近の山岳地域や砂漠地域の集落は、情報通信インフラが未整備で、携帯電話があっても宝の持ちぐされでした。
 そこでモンゴルの情報通信分野の主管庁とKDDI財団は、衛星を活用することで、そういった地域にもインターネットを届けようと考えました。現地の村役場に衛星通信用のアンテナを設置し、行政や教育、医療など、様々なサービスに役立ててもらおうとしたのです。
 それによって、辺境地域でも首都圏で使われている電子的なシステムを使った行政手続きが可能になり、診療所で問題が起こったときにはウランバートルの病院に問い合わせることもできるようになりました。
石川 僕は毎年、ネパールのヒマラヤ地域へ遠征し、3ヶ月ほど滞在するのですが、最近は現地で普通に携帯電話が使えるようになってきました。
 現地の人たちも、今では携帯電話を持っているのが当たり前。シェルパ族の交易路になっているエベレスト街道には、荷物を運んでくれるヤクという牛や村人が行き来していて、車などは通れません。そのような山岳地域でも、地元の人たちはみんな携帯電話で話している。ひと昔前では考えられなかったことです。
 それに、Facebookなどをやっている人も増えましたね。インターネットの活用方法に関しては、実は私たちとそれほど変わらないかもしれません。
内山 そうですね。私も来週、ネパールへ行くんです。貧困層が多い西側の山岳地帯なのですが、そういう地域にもこの5〜6年間で急速に携帯電話やスマホが普及しました。それでもやはり、誰もが快適に使えるほどの通信速度もなければ、収入と比べて料金も高い。
石川 それ、僕も気になっていたんです。「はたして通信料を払っているんだろうか?」って思うくらい、ほぼ自給自足の暮らしをしているような人でもスマホを使っているんですけれど、あの料金ってどうなっているんですか。
内山 Wi-Fiのホットスポットをおもに利用しているんでしょうね。移動圏内にそういう場所があればいいのですが、携帯の電波を使うとやはり彼らにとっては高額になりますね。
辺境のインターネットをどう維持するか
石川 僕がネパールに行くときは、現地のプリペイド式のSIMを使ってインターネットに接続しています。あと、エベレスト界隈だと、コインで銀の部分をこすってパスワードを出し、それでネットに接続するやり方も普及しています。
 でも、標高が高くなるにつれてその値段がものすごく高くなるんですよね。3,000mくらいならまだいいけれど、5,000mになると驚くほど高い。ただ、外国人の場合は高額でも、現地に暮らす住民は安く使えるという話も聞いたことがあります。
内山 地域によって情報通信を構築するコストが変わるのは、日本でも同じです。エベレストの麓の村とカトマンズのような都会で同じ技術やサービスを使っても、やはり利用する人の数がまったく違いますから、料金にも差が出てくる。
 このあたりのバランスを調整するには、技術だけではなく、法律や制度の整備も必要です。日本では、通信料金の地域格差が生じないような仕組みができています。社会インフラとして料金の格差を減らしたり、ビジネスとしては成立しない地域に投資を行ったりすることを、その国の政策として進めてもらう。
 政策を決めるのはその国の方々ですが、日本の経験や技術を活かしてできることを提案することも、国際協力の一つです。
 KDDI財団でも、開発途上国の中央や地域の行政を通して、地域による格差を少しでも減らせるようにアドバイスを行っています。
石川 よく知らなかったんですが、通信事業者が料金を好きに決めていいわけではないんですね。
内山 市場原理だけでは、地域の差が開く一方です。たとえば沖縄まで海底ケーブルを引くには膨大なコストがかかりますが、それを料金に転嫁すると、沖縄では通信料金が高すぎて携帯電話が使いにくくなる。人口密度の低い国や地域では、それがより顕著になります。
 ただ、山岳地帯に都市部と同じ高価な光ファイバーが必要だとは限りません。KDDI財団では、現地の実情に即した技術でコストを下げ、持続的に通信環境を整えていく方法を、現地の人たちと一緒に考えています。
KDDI財団が参加しているネパールでの通信ケーブル敷設パイロットプロジェクトの様子。海底ケーブルと同等の頑丈なケーブルを直接地面に埋めることで、配管を使った工事よりも安価に回線を引くことができる。(写真提供:株式会社OCC/KDDI財団)
 国際貢献について考えるとき、この「現地に寄り添って」「持続的可能な方法を」「一緒に考える」という部分がとても大切です。一方的に与えるだけだと、どうしても上下関係ができてしまうし、その場限りになりかねない。通信インフラに関しても、整備して終わりではなく、その先も継続的に運用できる仕組みをつくることが重要です。
冒険に通信は必要か
内山 ちょっと聞いてみたかったんですけど、世界中を冒険し、数々の過酷な登山を経験されてきた石川さんは、自然のなかでスマホや携帯電話がつながることをどう思いますか?
石川 それはつながってほしいですよ。突き詰めれば、自分の命に関わることですから。厳しい遠征であればあるほど、通信の重要性を身に沁みて感じます。登山中もそうですが、下山したらすぐに日本に電話して無事を報告する。それはとても大切なことです。
 山に限らず、人里離れた川をカヌーで下っていても「今、沈(ちん)したら、誰にも気づかれずに死んじゃうだろうな」という怖さは付きまといます。そういうところが、まだ世界にはたくさんある。そこでスマホがつながるだけでも、安心感が全然違います。
内山 そうおっしゃっていただけると、通信事業者としてはとてもうれしいですね。
石川 もちろん、100パーセントの安全が担保されていないことによって、本当の意味での「冒険」や「探検」が成立します。
 自分の五感を総動員して目の前のことを知覚し、自分でリスクを背負って進んでいくことは、旅の醍醐味でもあります。携帯がつながる、ということはリスクを減らすわけですから、冒険や探検としての質や充実度は下がります。
 冒険や探検の中身はこうしたリスクのレベルによって決まっていくわけですが、いずれにせよ、最後の最後という状況に陥ったら、通信に頼るしかない。たとえば救助を呼ばなければいけないとか、日本にいる人に状況を伝えなければいけないとか。そういった不安を解消し、安心を与えてくれるのが通信であると、僕は考えています。衛星電話は毎回遠征に持っていきますが、通信費用が高いのがネックですね。
シリーズ『K2』より、バルトロ氷河上にて。撮影:石川直樹
内山 エベレストのベースキャンプでは、シェルパの方もスマホやパソコンを使っているようです。あそこに高速回線が引けたら、いろいろな変化が起こりますよね。
石川 エベレストに? それは最高に便利にはなりますが、そんなことできるんですかね。
内山 ベースキャンプから4K映像を送れるといいなって、現地の人たちと話したんです。さすがに高信頼度の光ファイバーを引くのはコストが大きすぎますが、もっとコストのかからない方法でやってみよう、という企画もあります。
 今は衛星電話を使っていますが、高速回線が通れば、そこから映像配信などのビジネスが広がるかもしれない。そうすれば、現地で生活している人が安くインフラを使える仕組みもできます。
石川 エベレストは世界一高い山なので、世界中の誰もが知っている。その麓からきれいな映像を簡単に発信できるとなると、世界に与えるインパクトも大きそうですね。
 冒険や探検をする人は、体験することが大きな目的なわけで、その先の記録してシェアすることに強く意識を向けている人はそんなに多くないんです。
 登山家は、新しいルートを見つけて山の頂上に立つことや、未踏の頂に立つことに人生を懸けている。それは本当に素晴らしく稀有な体験なんですが、同時に非常に個人的な行為でもあるので、何も知らない他者とはその体験を分かち合いにくい。
 一般の方に、どのようにして極限の体験をシェアするのか、あるいはできないのか。それを考えるのは重要なことだとも思っています。
 少なくとも、より標高の高いところまで通信がつながれば、安全性は高まるし、日本にも情報を送れますからね。それによって冒険的な要素が薄れるとしても、安全のことを考えると整えられたらなぁ、と思いますね。
通信を起点に、途上国の未来を紡ぐ
内山 現在の国際貢献といえば、まずは水や道路ですが、情報通信も同じようにインフラなんです。
 辺境地域に水道や道路を整備すれば、たとえば何もなかったところにレストランや工場がつくれるかもしれない。そうやって生まれる経済圏を、情報通信によって拡大していくことが、地域の持続可能性のために重要だと思います。
石川 途上国支援のかたちは様々です。ネパールやパキスタンの山奥へ行くと、氷河から流れ出た暴れ川があって、そこに架けられた橋が日本のODAによるものだったりする。あるいは、途上国の工事現場では、日本の工事車両やブルドーザーが寄付されて活躍していたりします。
 世界各地を旅するなかで、日本の働きについて現地の人たちから感謝されている現場には何度か出くわしました。
内山 そんな関係をつくるには、提供した仕組みがちゃんと活用され、現地の人や暮らしの役に立ち続けないといけない。その考え自体は昔からありましたが、より強く、明確になってきていると感じます。
 国際貢献活動にも時代ごとの変化があって、ずいぶん長い間、「寄付」が一般的でした。その後、「CSR(企業の社会的責任)」として、企業が環境をつくっていく活動が奨励され、ちょっと前には経済的価値と社会的な価値を両立させ、企業活動を通じて社会課題を解決する「CSV(共通価値の創造)」という考え方が提唱されました。
 今は、国連が提唱している「SDGs(持続可能な開発目標)」ですよね。継続性に重点が置かれ、通信技術で貢献するとしても、そこからいかに現地の力でインフラを維持できるようにするかがより重視されるようになっています。
 KDDI財団は、KDDIグループが得意とする情報通信をベースとしたSDGsを開発途上国とともに考え、長期的な視野で、持続的で良好な関係を築いていきたい。そう考えています。
(取材・文:榎本一生[steam]、写真:堀清英、編集:宇野浩志、金井明日香 デザイン:九喜洋介)