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インターネットという技術が歩んできた道とほぼ同じ
と思ってます。

インターネットの登場によって皆さんは幸せになりましたか?不幸になりましたか?その両方ですか?
一生活者である素人の素朴な疑問として、AIによって例えばヘルスケアや保険、パートナー選びなど、様々な生活における選択と判断が効果的なものになる世の中が想像出来ます。
ただ、例えば自分が将来どんな病気になるか?みたいなことを出してくれるAIにも競合他社が出てくると思います。そうした場合、どのAIの確率、判断がより正しい?(効果的?)かどうかって、どう判断されるのか?価格ってどう決まるのでしょうか?市場の需給バランスで淘汰されていったりするものなのでしょうか?
GAFAや中国のようにデータを一元的に持てる企業こそがより正しいのでしょうか?
AIに支援される未来はイメージ出来るのですが、私たち一市民の日常生活レベルではどう浸透していくのか、まだよくわかりません。
各専門家の推察、予想、妄想。そうなるかは専門分野ごとの進展を観察しよう。AIの進展を生み出しているグーグルの人がこう本質を言ってるのは噛み締めたい「AIと機械学習は、ダグラス・エンゲルバート的な『人間の認知の拡張』だと理解している。乱用や欠陥はあるだろうし、危険もあるだろうから、こうした技術をどのように実装し、利用するのかはしっかり考える必要があるが、おおむね建設的なものだと思っている」
インターネットやパソコンと同じように、利便性の代償として人々の分断を広げ、戦争が高度化し、人は戦争を止めるための血のコストとしての役割が大きくなる。
AIの未来について悲観的な意見がまだ多いのが意外です。

いまのAIはネットでいうと実名性のSNSが出始めたくらいの段階ではと感じます。これで人は幸せになれるか議論してますが、答えはその使い方次第、ということでしかないのかなと。
災害の現場では、人命救助のためのリソースが極端に減りますから、AIが大いに役立つことになります。

ただし、自衛隊が災害救助で活躍しているように、裏を返せば戦争時にも悪用されてしまう技術とも言えます。化学兵器や対人地雷と同様に、AIの軍事利用も急ぎ規制が必要です。
AIの台頭は人間に新しい幸福感を考えさせてくれています。
単純労働や苦痛を伴う作業からの解放をしてくれることが増えていきそうです。一方で…

・減った分の余暇時間をどうすごすか
・人間(自分)の価値の発揮どころはどこか

これらが焦点になっていき、そこへシフトチェンジを進められる人と進められない人で幸福度が大きく変わってしまう印象。
私は、AIと聞くと”2001年宇宙の旅”が条件反射で思い浮かぶくらい、この小説には衝撃を受けました。
長い間に何度も読んでいるのですが、実際にAIの技術を身近に感じるようになった最近は、AIは人間を幸せにするだけではないんだなぁと、思うようになって来ました。
HALが、自分が置いていかれるのは嫌だ!!という感情を持つことでシステムが自律して動くことが、初めのうちは感動していたのですが、最近では怖いと感じています。
→とコメントしていますが、本を繰り返し読み過ぎて内容を勝手に理解していたらすいません…

でも、スターウォーズシリーズを観ると、やっぱりAI技術がないとこの世界は実現出来ないし…というジレンマも感じたりします。

きっとAIは人間に新しい不幸ももたらす可能性が高いですが、新しい幸福が増えると信じたいです。
hype curveも後半ですかねぇ、こういうのが出始めると
ディストピア論は「格差/差別の拡大」と「監視社会」が2大テーマですね。AIを含むデジタル化でこれらが進むことは間違いなさそうです。進歩を止めるのは難しい中で、新たに出てくる負の側面をいかに防ぎ、どう折り合いをつけてゆくかは本当に課題です。

一方、AIにより最適化や自動化が進み、何もかも便利になり安価になり、多くの人々がその恩恵を享受できるようにもなるでしょう。自動運転、ロボットハンド、AIエージェント、機械翻訳など、AIがプロダクト化したとき、一気に拡がるはずです。2030年には実用化から普及期に入るとみています。

ただし、それはユートピア=幸せな社会とは限りません。AIに任せるところは任せた上で、多くの人がやりがい・いきがいを見つけられるか鍵でしょう。単にAI依存症になってしまったら不幸です。

DMM.comの亀山社長は「AI時代に残る職業は経営者とキャバ嬢だけ」と言われました。一面の真実を捉えています。企画者・実行責任者と、コミュニケーションする人は2大分野でしょう。それは堀江さんの言われる「遊ぶんです」と表裏一体です。

AIの助けを借りつつ、やりたいことが出来る世の中になったときに、やりたいことを見つける課題設定能力こそが、ユートピアへの鍵を握ると思います。そして、本来「ゆとり教育」はそこを目指していたことを思い出したいです。