【討論】常識として語られるテーマを経営者が斬る(前編)

2019/3/25
 毎週火曜日21時から1時間、ライブ配信しているTwitter Japanと連携した新しい経済情報番組「The UPDATE(アップデート)」。

 その1コーナーとして、「識学×The UPDATE NEXT」が誕生。ビジネスの現場で語られるさまざまな「常識」をテーマに、マネジメントの本質を知るプロ経営者が徹底討論。

 今回は、これまで何社もの要職を歴任したHIZZLE Founder / CEOの留目真伸氏とSHOWROOM社長・前田裕二氏、Plug and Play Japan VP , Marketing/Communications・at Will Work代表理事の藤本あゆみ氏をゲストに迎え、識学社長・安藤広大氏とのディスカッションを繰り広げた。

 その様子を前後編の2回にわたってお届けする。
識学とは?
安藤 それでは、このテーマからディスカッションを始めたいと思います。
安藤 前田さん、このケースはいかがでしょう?
前田 これは、組織の成長フェーズによって変わりますよね。
 創業初期のころは、すべてのメンバーと綿密にコミュニケーションを取るだけでなく、メンバーのご両親・ご家族の名前や、どこに住んでいて何をしているかなど、そういったウェットなこともかなり把握した、とにかく濃く深い関係性を持ったチームでした。
安藤 愛を感じますね。
前田 でも100人を超えると、次第にそうはいかなくなってくる。愛や情による「孔子的マネジメント」に限界がきたんですね。それに気付かず、愛による統治が唯一解だと思い込んでいた時期は事業成長が止まっていました。
 それがあるきっかけで、ある種ドライな「法による統治」が必要だと気づいて切り替えてからは、事業が再び急成長し始めました。
 とはいえ、いろんな選択肢がある中で、SHOWROOMを選んでくれたメンバーへのリスペクトや感謝は本当に大きい。
 だから、マネジメントに携わるメンバーには、部下の人生の軸や価値観を把握して、一社員としてではなく、一人の人間として向き合うよう伝えています。
 僕自身、法による統治の中でもベースは愛情や信頼で結ばれている感覚を大切にしたくて、最近も書籍を出版したらサインと一緒に手紙を添えて送っていました。
 SHOWROOMで働くことによる幸福度が、その人の人生における何にひもづいているかがわかると、日々の行動や目標設定につながるんですね。これは創業期から変えていない大事な価値観です。
留目 前田さんが言うように、モチベーションのためのコミュニケーションの取り方は、組織のサイズやフェーズによって変わりますよね。数千人規模の組織になると、正直顔を覚えるだけで大変ですから。
 一方で、自分が社員の立場なら、一人の人間として向き合ってもらいたいから前田さんの話にはすごく納得します。そういう感覚を持ってマネジメントしたいし、社員にもそれが伝わってほしいですね。
 安藤さんに聞きたいのですが、組織が成熟してくると上意下達で効率的に運営するのは大切だと思う一方で、それだけではうまくいかないこともあると思うんですね。
 いいサイクルで回っているときは売り上げを伸ばせても、いずれイノベーションのジレンマにぶつかり、新しい事業を作る必要がでてくる。そんなときでも、現場から離れているトップの上意下達でうまくいくものでしょうか?
安藤 上意下達の組織運営の場合、部下は自ら考えて行動しなくなるのではないかとよく言われるのですが、実は逆なんですね。
 部下の責任と権限を明確にすると、何かあったときに部下は上司に情報を上げるようになります。そうしないと責任を全うしていないことになるからです。
 現場では何が起きていて、今の指示のままでは危険だと言える権限を与えること。そして上司は部下のプロセスに口出しをしないこと。すると、求められた範囲内でのイノベーションは生まれてくるものです。
藤本 役割を明確にすると、その間でこぼれ落ちてしまうものはないですか?
安藤 こぼれ落ちないように監視するのが上司の役目です。問題なのは責任が重複することなので、その重複部分の責任者は誰なのかを決めるのが大切ですね。
 モチベーションの話に戻すと、モチベーションとは成長の先に自己発生するものだと定義しています。
 上司がすべきは部下と積極的なコミュニケーションを取ることではなく、部下に成長実感を与えることです。モチベーションは人から与えられるものではありません。
 上司は部下に求めていることを明確に示して、不足していることに対してたびたび評価する。元気付けたり励ましたりするのではなく、設定と評価をしっかりすると成長実感を得られるようになり、その先にモチベーションが生まれます。
安藤 次のケースはこちらです。藤本さんはどう考えますか?
藤本 企業理念やミッション・ビジョンを社長は理解しているけれど、それがきちんと全社員に伝わるかどうか。自主的な判断はできないと思います。理解して動けるようになるものですか。
留目 自主的な判断をしないといけない場面はあるので、そこは判断してもらうしかないですね。ミッション・ビジョンを定着させたら自主的判断でも間違わないのではないでしょうか。
 市場がないような全く新しい製品を世に出すとき、作って出してみないとわかりません。それを社長が全部言い当てられないし、想像もしなかったところに新しい市場ができることもある。
 だから、ミッション・ビジョンに従って行動してもらい、その結果として新しい発見があり、会社の糧になって、新しい市場ができていく。不確実性が大きい現在では、ある程度社員の自主的な判断は求められると思います。
前田 僕は、理念を掲げるだけでは、経営者が望む行動をメンバーが自主的に判断できないと思います。
 そもそも企業理念は抽象的なものなので、そこには解釈の余地が入りますよね。だから、解釈の余地を入れたくない部分については、とにかく「具体的に」定義すべきです。
 「この行動しか起こせない」というビジョンを設定して、さらにその下にある行動指針で行動を明確に定義すると、理念とビジョン、指針がつながります。そこまでやれば、経営者が望む行動に近づくでしょう。
 行動指針は明確に定義しない方が、社員が考えて行動するようになるという意見も聞きますが、僕は明確にすべきだと考えています。
 その一方で、解釈の余地を残すことも大事だと思うんですね。SHOWROOMっぽさを定義するのではなく、100人いたら100通りのSHOWROOMっぽさが言語化されるべき。
 経営者が望む行動をしてほしいなら、理念から行動指針までを定義する必要がありますが、遊びの部分がないと息苦しいですからね。
藤本 旗を立てた後に放置するのではなく、何を望んでいるかの期待を伝えないといけない。それを理念や行動指針で伝えられている企業は強いですし、できていない企業は困っていますよね。
安藤 まさにその通りで、行動指針を作って満足しているだけの企業は危険です。
 望む行動につながっているのか・いないのかを明確に判断できる状態にしないと意味がない。行動指針がふわっとしていると、勘違いを生んで衝突を招く材料にもなりかねません。
 それから、理念を示すのは非常に重要なことですが、社員が経営者と同じ目線を持てない以上、すべての社員が理念に基づいた意思決定などできません。
 経営者がすべきなのは、理念を分解して目標を設定すること。目標と理念のつながりがわからないと言われても、「目標をクリアすれば理念のもとに連れていく」と伝えるんです。
 そうしないと、目標が理念とつながっていないからと、わからないまま理念を吟味されてしまい、それが結果的に組織のパフォーマンスを落とします。理念経営で苦しんでいる会社はこのパターンがとても多いです。
藤本 それに納得できない場合は、自分の居場所はその会社ではない。
安藤 そうですね。会社が目指す方向と自分の人生が違うのであれば、そこにいてはいけない。会社というコミュニティにいる以上、会社が目指すべき方向に自分の人生を合わせて、その中で自己実現をしていくのが大切です。
安藤 留目さん、このケースはどうでしょう。
留目 中途採用に限らず適材適所とよく言われますが、正しくは「適所適材」ですよね。
安藤 さすがです(笑)。
留目 組織の設計があってポジションと目標がある。その上で人の採用があります。ただ、適材適所になってしまうのもわかるし、実際よくあることだと思うんですよね。
 本当は適所適材であるべきだけど、完全にマッチさせるのが難しいときは、僕も少し調整したことがあります。
前田 当社もまさに「適材適所」の採用施策をとったことで、思うようにパフォーマンスが出なかった苦い経験があります。採用した人にポジションを用意したけれど、本人も思うようにパフォーマンスが出ず、僕らもうまく引き出してあげられなかった。
藤本 そもそも、日系企業は新卒一括採用文化が根付いているので、一括で採用した人がどこかにはハマるだろうと考える傾向にあると思うんですね。
 一方で、外資系企業はジョブディスクリプションが明確なので、その期待に応えられると思う人が応募します。
前田 ジョブディスクリプションを明確にして適所適材で採用したにもかかわらず、うまくワークしなかったこともあります。そこにも明確に、何らかのトラップがあるということだと思います。
安藤 経営者は会社にどんな機能が必要かを先に決めて人を採用し、その枠の中でその人が出す結果を評価していく。これが適所適材です。
 一方、適材適所の場合は必要としていなかった機能を新たに作ることなので、会社にとっては「不要な枠」ができるのと同義なんです。
 すると、誤解や錯覚が起こり、最終的には意見が割れて辞めていく。いろんな会社を見てきましたが、中途採用で失敗するのは圧倒的にこのパターンが多いです。
 前田さんがジョブディスクリプションを明確にして適所適材で採用したにもかかわらずうまくいかなかったのは、そのポジションで出すべき結果までを明確に定義していなかったのではないでしょうか。
 誰が見ても同じ評価になるような結果を設定すると、誤解や衝突は生まれないですし、成長実感を得られてモチベーションにつながるでしょう。
(文:田村朋美、写真:岡村大輔、デザイン:九喜洋介)
※前編の動画はこちら