どこでも“集中”して働くために邪魔なこと、大事なこと

2019/3/24
 働く場所や時間が多様化している。
 2019年4月から「働き方改革法」が施行され、オフィス以外の場所でのリモートワークを推奨する流れはますます加速しそうだ。
 働く場所が変わることは、仕事の質にどんな影響を与えるのだろうか。不慣れな環境で仕事をするとき、我々は本当に集中できているのか疑問だ。そもそも集中とは何か。集中するには、何が必要なのだろうか。
 その答えを求め、JINSの井上一鷹氏のもとを訪れた。
1983年生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業後、戦略コンサルティングファームであるアーサー・D・リトルに入社し、大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略の立案に従事。2012年に株式会社ジンズに入社。社長室、商品企画グループマネジャー、R&D室マネジャーを経て現職。学生時代に算数オリンピックアジア4位、数学オリンピック日本最終選考に進んだ経験がある。
 井上氏は、集中力に関する著作を持ち、学生時代には算数オリンピックアジア4位に進んだ経験もある。戦略コンサルティングファームなどを経て、現在は「集中」と「働き方」を研究する異色の在野の研究者である。
 ジンズではセンサー付きのアイウェア「JINS MEME」の開発を通し、集中を高める方法について研究を続けている。井上氏に、働く環境に応じて、集中をコントロールする方法を聞いた。

オフィスは最も集中できない場所

──近年、ビジネスパーソンは集中して効率的に仕事をすることを求められています。一方で、人とコミュニケーションをとり、コラボレーションで成果を出すことも求められる。これを両立するのが難しい、と感じている人は多いのではないかと思います。
井上一鷹(以下、井上) 両立は無理ですよね。うまく切り替えることが必要だと思います。そもそも、通常のオフィス環境というのは、コミュニケーションのほうに寄りすぎていて、集中できないようになっているんですよ。僕は、オフィスで働いているときが一番集中できません(笑)。
──そうなんですか!
井上 これは、僕が「JINS MEME」をかけて、集中を測りながら仕事をしたときのログです。
 数値が高いほど、集中できているんですけど、オフィスが最低値なんですよ。なぜかというと、15分に1回くらい「ちょっといい?」と話しかけられるから。そのたびに集中が途切れているのが、見るとわかります。
──たしかに、複数のプロジェクトをやっている人ほど、話しかけられる頻度は多そうですね。
井上 集中が求められているのに、集中できる場所がない。だから、僕らは「Think Lab」を作ったんです。
世界一集中できる場を目指す会員制ワークスペース「Think Lab」
──こちらは「世界一集中できる場」を目指しているとうかがいました。
井上 ここは神社仏閣をモデルとして、スペースの構造、デスク、チェア、照明、音、すべてが集中のために作られています。
──そもそも、集中とはなんなのでしょうか。
井上 そうですね、厳密な定義は難しいのですが、わかりやすく言うと、集中とは、「ギュッと時間を凝縮すること」と言っています。
──時間を凝縮ですか?
井上 そうです。30分なら30分、同じ時間の長さを濃密にすることといえます。脳の認知リソースを眼の前の作業につぎ込めると、同じ時間でも、深く集中できる。
──その集中の度合いは、測ることができるんですか?
井上 僕らがJINS MEMEでわかったことをお話しすると、実は集中の度合いはまばたきの回数でわかります。人は一つのことに没頭すると、まばたきが減ります。JINS MEMEでは、まばたきを計測することができるんです。
 たとえば、テトリスをプレーする実験では、余裕があるときは1分間に約20回のまばたきをして、ブロックが高く積み上がってピンチになってくると1分間に3回程度になる、ということがわかっています。
──そんなに違うんですね!
井上 集中状態を測るもう一つのヒントが、まばたきの強度です。速度、といってもいいかもしれません。これは眼球の動きから測れるのですが、リラックス状態だとまばたきの強度が安定します。その状態に入れると、集中が持続するんです。
 つまり、まばたきの回数が少なく、強度が安定していること。これを、僕らは集中状態、と定義しています。

オフィスは最も集中できない場所

──では、どうしたらその集中状態に入れるのでしょうか。
井上 集中状態に入るため必要なものは、要素と構造と準備です。ちなみに、集中度を上げるための要素は、25種類あります。
──多いですね……!
井上 ですよね(笑)。だからすべてを満たそうとしなくていいですよ。このなかで大きく寄与しているのは、デジタルデトックスとコミュニケーションの排除です。つまり、人に邪魔されないようにする、ということですね。
 今は瞑想(めいそう)などがはやっていますが、瞑想すれば集中状態にすぐ入れるかというとそんなことはない。瞑想やマインドフルネスは、集中力における筋トレみたいなものなんです。その前にやることがある。
──それが、「邪魔をされない」環境づくりなんですね。
井上 人は集中に入るまで、平均で23分かかることがわかっています。それなのに、現代人は11分に1回、話しかけられるか、メールやメッセージが届くというデータがあります。これは5年前のデータなので、チャットツールが普及してきた今では、さらに頻度が高くなっていると考えられます。
──そんなに作業を中断されてしまっては、集中状態に入るどころではないですね。
井上 集中状態をグラフにすると、集中に入るまでの時間、集中の深さ、継続力の3つの要素があることがわかります。集中に入るまでの時間を短くするには、嗅覚でスイッチをいれるのがいいと言われています。現代人は視覚と聴覚を中心に生きているので、それ以外の感覚器から入力すると特別だと感じやすいんです。
──たしかに、Think Labに入ったとき真っ先に「お香のようないい匂いがする」と思いました。
井上 あとは、すぐ集中状態に入りたいなら、準備をすることですね。JINS MEMEで集中を測るとき、事前に「何分で」「どんな仕事をするか」を宣言している人は、集中状態に入る速度が速いことがわかっています。
 あとは、25の要素をなるべく満たすこと。寝る前にスマホを見ることをやめて良質な睡眠をとるようにする、血糖値を急激に上げない、などですね。
──食べすぎない、などですかね。
井上 僕の場合はランチで丼ものを食べると、明らかに午後2時、3時あたりから集中が落ちます。逆にエナジードリンクは飲んだ直後にまばたきがぐっと減って集中状態に入れるんですけど、45分後以降は急にまばたきが増えるんです。つまり、集中状態がとけてしまう。継続力のない集中なんです。
 集中の継続力には、音の要素も関わってくると考えています。自然音を流してノイズを気にならなくさせる、ノイズマスキングには効果があります。

集中とコミュニケーションを両立するためのデバイス

──実は「集中」に関連したおもしろいプロダクトがあるんです。
日本マイクロソフト 永井(以下、MS永井) これは、マイクロソフトが開発した Surface Headphones という製品で、アクティブノイズキャンセリング機能と指向性マイクを搭載したヘッドホンになります。ノイズキャンセリングも段階的に調整できるので、集中するときはノイズキャンセリングを最大にして、周りの音を拾いたいときは下げる、という使い方ができます。
井上 おお……。これはおもしろい。
MS永井 オフィスやカフェなどどんな場所でも、環境にとらわれずアウトプット(成果)を出すことを目指しています。ノイズを減らして集中することも可能ですし、ノイズに悩まされずにビデオ会議を行うことも可能です。
井上 働くことに特化したヘッドホン、ということですか。
MS永井 そうです。実際に体験していただきたいので、Surface Laptop 2 と Surface Headphones を使ってビデオ会議を体験してみてください。
井上 さっきもビデオ会議をやっていたんですけど、相手の声が聞き取りづらくて……、あ、これはすごい。めちゃくちゃ音がきれいに聞こえて快適です。
MS永井 ダイヤルが左耳にあるので、それを手前に回してみてください。
井上 おお、ノイズキャンセリングで周りの音は小さく、会議メンバーの声だけがしっかり聞こえます。
MS永井 今度はダイヤルを逆に回してみてください。
井上 おお、今度は周りの音が大きく聞こえますね。みなさんが近くにいて、囲まれているみたいな感じがします。
MS永井 このアクティブノイズキャンセリングの機能に加えて、指向性のマイクを搭載しているので、相手にも自分の声がクリアに聞こえます。ヘッドホンにビジネスシーンでの活用の視点を取り入れた結果、かなりユニークなプロダクトになっていますね。
井上 ちなみに集中という観点だと、音楽は、あってもなくても集中度合いは人によります。でも、自然音はあったほうが集中は継続しやすいです。Think Labでも水の音や鳥の鳴き声などを流しています。
 人によってどの音が集中しやすいかは少しずつ違うので、一人ひとりに合わせてカスタマイズした音を提供できたらいいですよね。
── 一方で PC と集中はどういう関係があるんですか?
井上 PCの画面サイズと思考の幅がほぼ相関するという研究があります。発想を広げたいときは、壁一面のホワイトボードなどがいいんですね。
MS永井 なるほど、そこに移動するという要素を加えると 13.5 インチの Surface Laptop 2 が集中というテーマには一番フィットする製品になります。Surface Headphones との組み合わせで、どこでも集中できるワークプレイスを作っていただきたいです。
Surface Headphones + Surface Laptop 2

イノベーションは、一人の時間から生まれる

井上 「環境にとらわれずアウトプットを出せるデバイス」という話と関連してなぜ今集中が大事なのかということを話しましょう。
 近年、経営学で言われているのは、「知の探索」と「知の深化」の2つのベクトルを両方持っている組織は、イノベーションを起こしやすい、ということ。あくまで確率論ですが。知の探索というのは、コミュニケーションの質を上げてチームのパフォーマンスを上げること。知の深化は、個人の集中度を上げて個人のパフォーマンスを上げること。両方やらないとダメなんです。
──でも今は、コワークばかりに目が向いている企業が多い、と。「コワーキングスペース」という名称も、コミュニケーションして仕事をすることが前提になっています。
井上 会社のグループウェアのスケジュールって、会議の予定がまず入りますよね。で、会議が入っていない時間は「空いている」とみなされる。でもそれは違います。個人で集中する時間も、会議の時間と同様に大事なんです。
 Surface Headphonesを使うこともそうですが、仕事に集中できる場所や環境について、より良く知ることが必要だと思います。今は、「どこでもオフィス」など、いろいろな場所で働いていいですよと企業が選択肢を与え始めた状況です。でも選択肢を与えるならば、選択の尺度も与えなければ、人は困ってしまうと思うんです。
──選択の尺度というのは、働く環境を選ぶものさし、のことでしょうか。
井上 そうです。選択する能力を持つためには、自分の集中について知らなければいけない。例えば、僕はJINS MEMEで集中を測った結果、午後4時から6時までは集中できない、ということがわかりました。だから、本当は4時くらいに一度帰って寝たほうがいいんですよね。ちょっとそれは、自由すぎるのでやらないですけど(笑)。
 まずは、まわりの音や照明を変える、座る椅子を変える、使うデバイスを変えるなど、自分がどういう状態なら最も集中できるのかを知ること。そしてそれに従って、Deep Think(深い集中)とCo-Work(コミュニケーション)をうまく自分で切り替える。そうすれば、個人もチームも、仕事のパフォーマンスは各段に上がると思います。
(編集:中島洋一 構成:崎谷実穂 撮影:加藤麻希 デザイン:九喜洋介)