60分の自由なプレゼンで入社? フリースタイル採用とは

2019/3/20
変わりつつある新卒採用の価値観
3月になると「よーいドン!」でエントリーシートを作成し、リクルートスーツに身を包んで企業の説明会に参加。複数回の面接を経て内定を得るーー。
これが当たり前だった新卒の就職活動に、ここ数年で顕著な変化が見られるようになった。
複数社のインターンシップに参加することが半ば当たり前となり、最近では大学1年生から就職活動を視野に入れた動きも活発化している。
主体的に企業にアクセスする学生が増えたことで、横並びでの就職活動に違和感を持ち、「就職企業人気ランキング」の上位企業に入社することが、必ずしも勝ち組ではないという価値観に変わりつつあるのだ。
こうしたなか、経団連の中西宏明会長が、企業の採用活動の時期を定める「就活ルール」を2021年卒の学生から廃止すると宣言。
横並びのルールが廃止されるとしたら、企業は学生と出会う場の創出と、お互いがしっかりと見極められるような選考の工夫を迫られる。
最初は、東京ガスに興味がなくていい
こうした市場の変化のなか、東京ガスが3年前から始めた新しい採用手法がある。「フリースタイル採用」だ。
これは従来型の選考プロセスとは違い、「60分間の自由なプレゼン」により選考を行うというもの。プレゼンのテーマに一切の縛りがない上に、「東京ガスに興味がない」「東京ガスをよく知らない」状態でのエントリーでもまったく問題がないという。
実際、フリースタイル採用で2017年に入社した大塩みなみ氏と蒔苗(まかない)優太氏、2018年に入社した山本逸子氏と冨田岳陽氏は、「もともと東京ガスは就職先として候補に入っていなかった」と口をそろえる。
「大学3年の1月には外資コンサルからの内定をもらっていたので、すでに就職活動は終えていました。
私は当時、個人事業でベンチャー企業の新卒採用をお手伝いしていたのですが、そんなとき、東京ガスからフリースタイル採用のオファーが届いたんですね。東京ガスの新しい採用手法とは何だろうと純粋に興味を持ったのがきっかけでした」(大塩氏)
「進学や休学も視野に入れていたので、卒業と同時に就職するこだわりはありませんでした。デザイン会社で働きながら、早期に外資コンサル会社から内定をいただいたのですが、同じような進路を選ぶ友人が多く、逆に不安を感じるようになったんです。
そんなとき、偶然SNSで『東京ガスに興味がないあなたへ』という広告が目にとまり、自分のことを言われているような気がして興味を持ちました」(蒔苗氏)
「幅広く業界を見ていた中でも、外資やベンチャーで働くことをイメージしていた私にとって、日系の大企業は最も遠い存在でした。だから就活当初、東京ガスは候補に入っていませんでした。
ですが、SNSの広告で『60分自由にプレゼンする』というフリースタイル採用を知り、面白い選考スタイルだなと好奇心が反応してエントリーしました」(山本氏)
プレゼンのテーマは自由。自分を最大限に表現
テーマに縛りのない60分のプレゼン。これまでの経験を時系列で紹介していく自己紹介や、自分の強みや特技を披露するものが多いというが、“東京ガス”という言葉を一度も発しない、会社で何をしたいかを語らないプレゼンでも、一切のペナルティーはない。
むしろ、東京ガスに気を使ったようなプレゼンは求めていないという。
「企業研究よりもプレゼン準備に力を入れて挑んだので、東京ガスでやりたいことはありますかと聞かれたとき、正直に『まだわかりません』と答えたんです。
普通の面接ならあり得ない会話なので、さすがに落ちたと思ったのですが、それでも選考が進みました。プレゼンを聞いて、僕という一人の人間を受け入れてくれたことがうれしかったです」(冨田氏)
通常の面接なら聞かれる志望動機もフリースタイル採用のプレゼン時には不要となる。エントリーシートには書けない、書ききれない自分の経験や夢、哲学を自由に話せることが、彼ら彼女らには刺さった。
襟を正して挑む説明会や形式ばった面接では、どこか自分を装ったり、限られた時間で自分のことを伝えきれなかったりするかもしれない。
だけど、フリースタイル採用なら、60分を目いっぱい使って目の前にいる複数人の大人たちに、自分が納得のいく形でアピールをすることが許される。
冨田氏らは、自分の話に興味を持ってくれたことや、同じ目線でフラットに話ができたこと、自分の個性を認めてくれたことが純粋にうれしく、次第に東京ガスへの志望度が増していったと語る。
10年、20年後のために“異質”を採用したい
フリースタイル採用を始めた東京ガスには、どのような意図があるのだろうか。
人事担当者によると、東京ガスは毎年学生を約200人採用しているが、10年後、20年後も成長し続ける、進化し続ける東京ガスになるためには、今の東京ガスにはいないような“異質”な存在が必要だという。
“異質”な存在とは、本来なら東京ガスを就職先として候補に入れないような、東京ガスに興味を持っていない学生。もちろん、外資やベンチャーを志望する学生も含まれる。
単に勉強ができる優秀さではなく突出した才能があったり、人とは違う視点で物事を考えられたり、夢に向かって突き進む強い信念を持っていたりする人だ。
そうした多様な価値観を持つ人材には、通常の選考プロセスではなかなか出会えないと感じ、3年前からフリースタイル採用を始めた。
フリースタイルの採用基準は明確に言語化されていない。プレゼンで、どのような分野に熱量があり、どのような思考を持っていて、どれだけ行動に移してきた人なのかを聞いて判断している。
ポイントとなるのは、東京ガスで何をしたいのかではなく、人生で何を成し遂げたいのか。そして、プレゼン時にその熱量が伝わった学生に、最終選考のオファーが届く。
現在、年間約200人の新卒採用者のうち2〜3人がフリースタイルで入社。特性に応じた配属先を用意したり、新入社員研修を短縮してすぐに業務に取り掛かってもらったりと、個性に合わせた働き方を提案している。
東京ガスと、フリースタイル人材双方の挑戦
いわば、ちょっとした“特別扱い”で入社することになるフリースタイル人材だが、実際に入社後はどのような活躍をしているのだろうか。
「学生の頃にWeb制作をしていたので、入社1年目から会員サイトのリデザインを任されました。競合やユーザー調査で現状の課題を示し、改善案を形にしていくプロセスは、やりがいを感じました。
ただ、任されたことはうれしかった一方で、実力が伴わない自分にもどかしさもあって。今は入社2年目で引き続きWeb戦略を担当しているので、より実力をつけたいです」(蒔苗氏)
「私は、入社後に海外事業部に配属されました。海外と関わる仕事をしたいとプレゼン会で話していたことが実現したのはうれしかったです。
事業規模が大きいため、ときに自身の業務の位置づけが見えなくなることもありますが、海外出張でプロジェクトが創り上げられている現場に立ち会うと、日々の業務と真摯(しんし)に向き合うパワーが湧きます」(山本氏)
この他にも、大塩氏は担当業務以外でも、気づいたことはアクションを起こし、成果につなげているという。
たとえば、「新入社員の自分たちだからこそ、学生の心に届く採用広報を提案できるはず」と、従来とは違う新卒採用手法を人事に提案。同期を巻き込んで実現させ、成果を出した。
大企業だからといって“郷にいれば郷に従え”ではなく、それぞれが持ち前の個性を生かして新しい提案をしながら、フリースタイル人材として期待された“刺激”になっている。
同質の中に入った異質の彼ら彼女らではあるが、多様性を認められて入社している前提があるため働きづらさもなく、何より上司が気にかけてくれるそうだ。同期や先輩たちの目を気にすることもなく、多様性として受け入れられている。
敷かれたレールではない、自分で道を切り開きたい人へ
今年も若干名をフリースタイルで採用するという同社。多様な価値観を持つ人材を少しずつ増やすことで、今の東京ガスからは想像できないような未来を作ろうとしている。
大塩氏は最終的に他社と東京ガスで迷ったとき、他社は5年後の自分をなんとなく想像できたけれど、東京ガスはあまり想像ができず、逆に見えない道を自分で切り開いていけるのは面白いと感じて入社を決意したそうだ。
「選考が進むにつれて、将来成し遂げたいと思っている夢を実現させる最初のフィールドとして東京ガスは面白いかもしれないと感じました。
だから、現時点で東京ガスに興味がない人でも、プレゼンでの選考に興味を持ったらエントリーしてほしいです。予想外の選択肢になるかもしれません」(大塩氏)
「周りから、意外!と言われる選択をすると、自分のパーソナリティがよくわかってきます。自分と似た性質を持つ人が少ない環境を面白いと思える人には、フリースタイル採用はぴったりだと思います」(山本氏)
「東京ガスに興味がないあなたへ」という呼びかけをきっかけに、就職先としてまったく見ていなかった東京ガスを選び、自分らしさを生かせる活躍のフィールドを手に入れたフリースタイル人材たち。
今まさに就職活動中の方も、すでに終えた方も、考えもしなかった新しい選択肢として東京ガスのフリースタイル採用を検討してみてはいかがだろう。
敷かれたレールの上を歩くのではなく、見えない道を自分で切り開きたい人には、面白い選択肢かもしれない。
(取材・文:田村朋美、写真:岡村大輔、デザイン:國弘朋佳)