「キャッシュレス」というキーワードをここ数年、耳にする機会が多くなった。国際的なスポーツイベントを前に、日本政府が国内のキャッシュレス化を推進している影響もあるだろう。利便性に目が行きがちなキャッシュレスだが、新たなビジネスを創造する力を秘めている。SIerとして約40年にわたり金融業界と共に歩んできたTISは、培った技術力を武器に、自社サービスの創造に乗り出した。同社は今、どんな取り組みを行っているのか。サービス事業統括本部 CreditCubeサービス事業部 事業部長の林由之氏にお話を伺った。

クレジットカードは社会のインフラ

現在、決済を取り巻く環境は大きく変化しており、特にここ数年で即時決済のデビット、先払いのプリペイドの台頭が顕著になっています。QRコードやスマホ決済という言葉もどこかで聞いたことがあるはずです。
キャッシュレスを語るなら後払いのクレジットカードも欠かせず、キャッシュレス決済の約7割を占めるとも言われています。当社はこれらキャッシュレス決済と深く関わっており、特に当事業部はクレジットカードに特化したシステム開発を行っています。
クレジットカードは歴史も古く、実に100年以上続く支払いの仕組みです。もはや生活のインフラと言っても過言ではないでしょう。後払いという性質上、日本人には年配の方を中心に抵抗を持たれることもありますが、それでも、現金を持ち歩かなくてすむ、高額の買い物もできる、という利便性を享受することができます。国際規格になっている点も見逃せず、インバウンドが盛んになっている今、特に販売者側のメリットは非常に大きなものがあるのです。
林 由之 2004年 TIS株式会社入社
公共事業本部公共プロジェクト推進事業部副事業部長などを経て、2018年10月よりサービス事業統括本部CreditCubeサービス事業部長に就任し、現在に至る。

金融はシステムありきで進化する

反面、利便性と引き換えに、利用者は、技術によって支えられるクレジットカードの仕組み、つまりはシステムを、維持管理しなければなりません。維持管理のコストは、手数料などとして販売者側から徴収され、当然、価格転嫁もされています。言ってみれば、買い物に関わる全員が維持管理費を払っていることになります。と同時に、クレジットカード会社にとっても維持管理費は事業展開の足かせになっているのです。
金融業界は、システムの上に成り立っている側面があります。業界の発展はシステムの発展と連動することが大きく、当社のような、システムを基軸にサービスを手がける企業が果たす役割は、決して小さくはないのです。
一方で、システムへの投資額が非常に高く、なかなか新たな事業に投資できないのが現状です。特にクレジットカード業界でこれが顕著です。システムが大きすぎるがゆえに、作り変えや追加などが難しく、新たなサービスの着手を困難にしています。
こうした産業の構造を大きく変革しようとの思いで生み出したのが、CreditCube+(クレジットキューブプラス)です。CreditCube+は、クレジット決済の基幹システムの「共同化」を想定しています。クレジット決済の毎月の請求や口座からの引き落とし機能などの基幹部分は、各社で大きな違いがないものの、それぞれにシステムを構築していました。
同時に、クレジット決済には、入会審査、ポイント管理、不正利用検知、延滞管理などのシステムも必要になります。これについても従来は各社、各システムをオンプレで構築をしており莫大なコストが発生していました。
CreditCube+はシェアリングエコノミー的な発想で、違いがあまりない決済部分は共同利用し、個別の機能・サービスをコンポーネントでの利用を促進します。この結果、事業者はこれまでシステム運用にかけていた投資を、新規ビジネスやサービスに振り分けることができようになるのです。また、APIを公開していますので、新しいサービスをスピーディにリリースすることができます。
つまり、コストダウンで浮いた資金を、ポイントやWebサービスなど各クレジット領域のプレイヤーが 独自性を出したい分野に再投資し、市場の動きに合わせスピーディに展開する、ということができるわけです。 我々はこのCreditCube+を通じてクレジット決済の変革を強力にバックアップし、キャッシュレス社会を一歩先に進めることに貢献できればと考えています。

なぜ現金社会が成り立っているのか

ここで、そもそもシステムの維持費がかかるなら、やはり現金がいいのではないか、という疑問も出るでしょう。一見良さそうに感じるのですが、実はそうではありません。日本の「現金社会」を成り立たせているのは、なんと言ってもATMです。
国内には10万台以上あるとされていますが、1台の維持費は年間80~100万円と言われています。結局、現金社会を維持するために事業者は1000億円もの維持管理費を支払い、そのための価格転嫁もされています。
現金社会でもキャッシュレス社会でも、いずれにせよ、その社会を維持するためのコストはかかります。ならば、利便性のあるキャッシュレスの流れを止める必要もなく、より発展・改革を進めるが本筋でないでしょうか。あるいは、日本は独自に、現金とキャッシュレスをより巧みに両立させるべきなのかもしれません。
SIerとして長年の実績を持つ私たちは、裏側からキャッシュレス社会の発展を支える役割を担いたいと思っています。先ほどもお伝えしたように、クレジットカードやキャッシュレスはシステムありきで発展します。システムの貢献度は高く、システム側からの新しいサービスの提案も求められているのです。

キャッシュレスは経済のあり方を変える

裏側からの「金融改革」が進めば、従来の事業体がまったく新しい形に進化するかもしれません。維持管理のコストや参入障壁がなくなり、保険や証券などは業界の構造を大きく変えました。決済もその可能性があります。ドラスティックなことを言うのであれば、現状、キャッシュレスといっても、基本的には銀行口座を介してお金のやり取りが発生していますが、口座そのものがなくなるかもしれない。そして、銀行がこれまでと役割を代え、これまでとはまったく異なる事業を始めるかもしれません。すると人が使うお金の流れが変わり、経済も変わります。
そう考えると、金融のシステムも面白くは感じられませんか。「お堅い」と見られている金融業界ですが、実はオープンイノベーションがもっとも進んでいる業界の一つで、Fintechプレイヤーは活発に新たな技術を生み出しています。
当社も、Fintechプレイヤーのような柔軟でスピード感のある開発ができるようになっています。新しい経済のあり方を創出する、そんな役割を担ってみるのはいかがでしょうか。
(取材・文:中谷藤士、写真:稲田礼子)