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子供の人格形成は、親の教育の影響はほぼ0で、遺伝子と社会環境の50%ずつで決まるそうな。

遺伝子を変えるのは難しいので、せめて子供を信じて、家庭外の良い環境(友達などのコミュニティ)に放り出してあげましょ。

=参考=
『子育ての大誤解 重要なのは親じゃない 』「言ってはいけない」真実が示す、親と子の幸福なあり方
https://honz.jp/articles/-/44298
「あなたなら、きっと大丈夫」そうやって子どものことを信じてあげることなのではないでしょうか。

信じるためには、精神的に健康であることが必要になってきます。
いつもは怒らないようなことなのに、仕事が忙しかったり、夫婦で喧嘩したり、なにか精神的に揺れることがあった後だとつい怒ってしまう。そんなこともあるのではないでしょうか。
親が子どもを信じるためには、親自身のこころを整えることです。

そして、怒ったっていいんです。
だって、人間ですから。
怒ってしまったら、いまは調子が悪くなっているサインなんだと捉えて、自分に優しくする。
そして、そうすると子どもにも優しくできます。

怒ってしまった自分を責めてばかりいると、さらに精神的に苦しくなって、さらに子どもに当たってしまうからです。

子どもに対しても、自分に対しても、

イライラしたり、怒ってしまったり、不安になっているときは、

親のあなた自身に「優しくしよう」のサインです。

自分を楽にすることをしてもいいでしょうし、好きなことをすることでもいいでしょう。
夫婦で対話をすることも、きっと優しくすることにつながります。

あなた自身の「自分に優しくする」とは何かを知ることが、

子どもが健やかに、子ども自身で幸せになっていくことにつながるはずです。


そして、メンタルは「強い」を求めてしまうと、強いと弱いが分かれてしまいます。
天気と同じです。
晴れの日もあれば、雨の日も、雪の日だってあります。

人間だって、嬉しいことばっかりじゃなく、何かあれば悲しいし、寂しいし、怒ることだって、不安になることだってあります。

弱いから、悲しい、不安になるわけではないんです。

理由があります。
大事なのは、その理由を知ることなのではないでしょうか。

その理由は、あなたの人生にとって大切なことなはずです。

子どもにメンタルの強さを求めると、弱い部分、大切な部分を見せてくれなくなります。

親自身も弱さを見せれなくなります。


そんな親を見ていると、子供の頭には「弱い自分ってダメなのかな?」と毎日浮かび、自己肯定感を下げてしまいます。

「弱い部分も強い部分も、どんなあなたも好きだよ。あなたなら、きっと大丈夫だから。だって私たちの子なんだもん。」

そんな風に思えると、きっと親も子どももハッピーになるのではないでしょうか。
親がどんどん過保護になり、なんでも先回りして、不安なことを子供にやらせない傾向があると思います。仕事でも同じですが、失敗から多くのことを学び、徐々に成長していくのに、失敗させないので、一度の失敗で、メンタルをやられてしまいます。大切なのは、失敗させることであり、失敗しても大丈夫なんだと親が温かくその失敗をサポートすることです。記事に書いてある下記3つの不安は十分わかりますが、「人からどう思われるか」など気にしなくても大丈夫だ、失敗しても大丈夫だと子供が感じるような子育てが求められていると思います。

1.「自分は不十分だ」という不安
2.「自分の子どもは不十分だ」という不安
3.「他の人が自分の子どもを不十分だと思っているのでは」という不安
親が子供にできることは、たくさんありそうに見えますが、そのほとんどは徒労です。親が教育を頑張らないと子供が良くならない、というのは間違い無く幻想。
遺伝子と社会環境がほぼ全てを決めます。つまり社会環境を整えることしかないと思います。
"精神力の強い子どもを育てるには、あなた自身が自分の不安に真正面から立ち向かわなくてはならない。"
確かに子供の成長には親の成長が必要。

私は子供を持ったことはないので大きなことは言えないが、親を見てきた人間として思うことはある。

人間は子供を持つだけで親になれるわけではない。
できれば思い通りに育って欲しいと思ったり、自分の幸せを投影してしまうようなエゴを、いつかは乗り越えなければならない時が来るのだと思う。

そして、親の成長には子供のの助けも時として必要。お互いが共依存関係のままでいれば、お互いに成長はできない。どちらかが行動するしかないが、たいていの場合子供の方が変わるきっかけを生み出すのだと思う。

私は幼少期から、家族とも周囲ともなかなか話が合わないという環境で育ってきたので、外部環境をいかに気にしないか、自分の中の憤りをいかにおさめるか、というに集中して少年期を過ごして来た。

自分を強く保つために、若い頃は以下のような言葉を胸に秘めていた。

「気にしていません、些細なことですから」
(映画「アサシン 暗・殺・者」(「ニキータ」のリメイクで評判がすこぶる悪い)で、機密工作員にしたてあげられた主人公のマギー(ブリジッド・フォンダ)は、辛いことがあるといつもこの言葉を呪文のように唱えて乗り切っていたのを真似るようになった)

「すべての怒りは水の如くに」
(灰谷健次郎の同名の本で、中学を不登校で過ごした少女からの手紙に衝撃を受けた作者は「怒りを怒りとしてではなく、すべての怒りを海に注ぐ水のごとくに、未来を見据えて語ったその静けさが、私たちの胸を深く、そしてつよくたたく。」と続く。世の中に対するあらゆる憤りは、大河が海に注がれるようなイメージを常に持つことで消し去ることができるようになった)

"I don't care about anything"
(宇多田ヒカルのシングル曲「Keep Tryin'」の歌詞から。情熱にお値段つけられない)

「大いなる精神的葛藤の悲劇的な衝突を経た世界観としての楽天主義」
(作曲家ドミトリー・ショスタコーヴィッチが作品「交響曲第5番」(いわゆる「革命」)についてのコメントから)


あまりメンタルが強すぎる子供には育ってほしくはないですね。
難しい問題だと思います。

メンタルは強いに越したことありませんが、記事に書かれている様なことに注意していても、ちょっとアプローチを間違えると勝ち気な性格になってしまいそう。”メンタルが強い”と”勝ち気な性格”は似ていますが、実際には結構違っていて、後者は配慮に欠けたり自己中だったりします。子供が勝ち気な性格で育ってしまうと、次第に友達も減り、先生からも評価されず、その後の人生で苦労しそうです。ちゃんと周りの人達と共存できて、思いやりと持てて、尚且信念は曲げないメンタルの強さを持てるように育ってほしいです。
企業でも同じか。それにしても自分も自分を育てないと「精神力の強い子どもを育てるには、あなた自身が自分の不安に真正面から立ち向かわなくてはならない。子どもには失敗をさせればよいのだ。ときどき転ぶのを許し、自分の問題には自分で取り組ませる。失敗する可能性があっても、だ」
過干渉と過保護は人をたいていダメにしてしまう。

理由は、本人の自律性を奪うことで自立を難しくしてしまうから。自分の不安を子どもに押しつけてはならないし、その不安は親自身が感じているのだから、当人が向かい合って解決する問題。

これができないと、最悪の場合、虐待に至ってしまう。子育ては本当に親の器にかかっていると思う。

“精神力の強い子どもを育てるには、あなた自身が自分の不安に真正面から立ち向かわなくてはならない。子どもには失敗をさせればよいのだ。ときどき転ぶのを許し、自分の問題には自分で取り組ませる。失敗する可能性があっても、だ。”
以前、メンタルが強いように見える人にどのような育てられ方をしたのかヒアリングしました。
印象に残っているのは幼少期に理不尽な経験をされていたことです。少し門限を超えただけで投げ飛ばされるなど。

その他、メンタルが強いというとタイガーウッズが思い浮かびますが、幼少期に元軍人の父親に理不尽なトレーニングを受けていたようです。
インパクトの瞬間に大声をだされたり、グリーン上で影の動きで集中力を乱されるというのは表に出ているエピソードです。

だからといって実践すべきではないと思いますが、理不尽に慣れておくと強くなれるのかもしれません。
赤ちゃんから子供への進化の中で体験させることは重要だと感じる。体験をさせるにはやはり親の助けは必要だし、様々な興味を与えられるならばその方がいいと私は思っている。子供の精神力まで考え不安になる親の思考そのものが子供に悪影響だし、そんな病んだ家族では論外だと思う。

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