【徐東輝】リーガルテックの力で、不合理と不条理をなくしたい

2019/2/17
「不合理なこと、不条理なことが許せない」
そう語るのは、2018年から新人弁護士として働く徐東輝(そお とんふぃ)氏だ。
学生時代は「民主主義を前進させる」ことを目標に、若者の投票率を上げるべく、ivote関西の立ち上げに尽力。その活動は、NPO法人Mielkaとして今も続いている。
弁護士になってからは、本来の弁護士業のみならず、リーガルテック企業「LegalForce」にも参画。法律の世界を変えるべく、日々動いている。
親和性があるようで、いまいちその全体像が見えにくい「法律と政治とテクノロジー」になぜ一度に取り組んでいるのか。
また、ただでさえ激務である弁護士業に加え、テクノロジー企業、NPO法人に所属し、活動する理由は何なのか。
東輝氏にその理由と、活動の先に思い描く「日本の未来」について聞いた。
※このインタビューは、「NewsPicksアカデミアゼミ」の佐々木紀彦ゼミ「実践・稼げるコンテンツの創り方」にてゼミ生が課題として実施したものです。
徐東輝(そお とんふぃ)/ 弁護士、NPO法人Mielka代表理事
1991年生まれ。2016年、京都大学法科大学院修了時に同大学総長賞を受賞。同年、司法試験合格。2017年弁護士登録。2018年より法律事務所ZeLo(東京都中央区)に参画。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパー。

気づいた人には責任がある

──そもそも、どうして若者の政治参加を推し進めようと思ったのでしょうか。
東輝 私は在日韓国人三世です。そういう環境で育つとどうなるかと言うと、政治との距離感が非常に近くなります。家庭の中でも政治的な議論が多い。
とはいえ、祖父母や両親に参政権はないですし、帰化しない限り私も政治に関わることはできません。政治に関しては興味があったものの、それほど真剣には考えていませんでした。
若者の政治参加を推し進めようと明確に思ったのは二十歳のときです。
同世代が参政権を持ったのに、その権利を行使しない姿に衝撃を受けました。僕は投票することができない。だからこそ、美しさや美的価値のようなものを投票権に感じていました。
若者たちが、その美しいもの(=投票権)をないがしろにしている姿を見て、怒りや悲しみというより、切なさを感じました。
そこから「ちょっとでも同世代の背中を押せたら」という気持ちで初めました。誰もやっていないし、誰かがやらないとまずいんじゃないかと思って。
「気付いた人には責任がある」と思っているのも理由の一つです。
昔、原付に乗っていたときに、落ちているペットボトルに引っかかって転倒したことがあります。今までにペットボトルに気付いた誰かが拾っていれば、私は転ばなかった。
結構身近な例なのに、誰も手をつけてないことってたくさんあるのだなと思いました。若者の政治参加もその一つです。

アメリカ大統領選での気づき

──実際に京都で若者の投票率を上げる活動をされていましたが、どのような形で進めていったのでしょうか。
活動をはじめた当初は、なんとかすれば投票率を上げられると思っていました。でも、1年で気付いたのは、若者の投票率はそう簡単には上がらないということです。
18~29歳くらいまでの若者と言われる世代は、1200~1300万人くらい存在しています。そのうち投票に行っているのは3割程度。
つまり、投票率を1%上げるだけでも12万人くらい動かさないといけない。1年間活動して、それは難しいことが分かりました。
ただ、気がついたこともあります。
一つは、5万人くらいの都市であれば動かせることです。局地的に、投票所レベルでは投票率を上げることができました。
二つ目は、若者でこういった活動をやっている人がほとんどいないことです。それはデメリットという訳ではなく、私のような存在が珍しいからこそ、政治の中枢に近い人にすぐ知り合えたのです。
それによって、なにかしら変えようと思えば変えられるルートを持つことができました。
三つ目は、今までの話とは真逆なのですが、投票率を上げることはそんなに大切ではないなと思ったということです。
私は「民主主義を前進させたい」と思って活動しているのですが、そのために投票率を上げることはそんなに必要ではないなと。
──そう思ったきっかけはあるのでしょうか。
アメリカに大統領選を見に行ったことがきっかけです。実際に民主主義が機能している国はどうなっているんだろうと、ヒラリー陣営とトランプ陣営の両方を見に行きました。
そこで思ったのは
「政治家の努力によって“投票の量”を上げることはできる。でもその一方で、“投票の質やリテラシー”はどう上げていくんだろう」
ということです。そこから活動の方針を大きく転換しました。
「テクノロジーやデータ、デザインを活用して、投票の質が自然に上がっていく仕組みを作れるのではないか」
という仮説から「市民の合理的な意思決定にコミットできる、意思決定を担保できるような情報システム」の開発をめざしたのです。
結果として、一年半ほど前の衆議院選挙では、「JAPAN CHOICE」というサイトをつくりました。
これは投票する際に必要な政治情報を可視化するサービスです。今年の参議院選挙に向けて、今まさにアップデートしています。
──なぜ本業ではない部分でそこまでやれるのでしょうか。
正直、半分は自分のエゴです。ここまで結構な時間をかけてやってきたので、やり切りたいという思いがあります。
もう半分は「このまま小さな成功体験を積み重ねていければ、本当に政治を変えられるんじゃないか」と信じているからです。
信じる気持ちが半分を切ったらできなくなるかもしれませんが、今のところは大丈夫(笑)。だから、まだまだ続けていきます。

リーガルの世界は不平等

──法律に関して聞かせてください。東輝さんが取り組まれているリーガルテックは世界中で開発が進んでいます。アメリカでは700社以上160億ドル以上の市場規模とも言われていますが、アメリカと日本ではどのような違いがあるのでしょうか。また、今後日本で広まるうえでの課題は何でしょうか。
日本のマーケットの大きさはアメリカの4分の1から5分の1だろうと言われています。それがどれくらいかと言うと、フィンテックの次くらいに大きい規模です。
ですが、リーガルテックは日本であまり注目されておらず、プレイヤーも少ないのが現状です。なぜなら法律家としての資格が必要になってくるから。
企業が参入するにはかなりハードルが高いのです。
また、言語の問題もあります。リーガルテックには自然言語処理、いわゆるNLPというテクノロジーが必要となるのですが、その分野も日本はまだまだ進んでいません。
理由は簡単で、英語の研究をしたほうがマーケットも大きくなり、得られるバックも多くなるからです。
なので、契約書が自動で締結できたり、相互レビューが進んだり、“スマートコントラクト”と言われるデジタル上で契約を進める仕組みにつながったりなど、リーガルテックによるブレイクスルーが起こる可能性は、日本語より英語のほうが圧倒的に高いのが現状です。
リーガルテックの先進諸国とどう闘っていくか、というのも課題の一つになるでしょう。
──リーガルテックが広がることで、どんなメリットがあるのでしょうか。
いま、リーガルの世界はとても不安定で搾取の領域となってしまっています。
たとえば、高いお金を払えば一流の弁護士やレビューを受けることができますが、そんなに高いお金を払えない中小企業や個人事業主、あるいは一般の方々はそれ相応のサービスしか受けられない。まったく法の支配が徹底されていない世界です。
リーガルテックを通じて、そんな世界を変えていくことは可能だと考えています。
具体的なゴールイメージとしては、パーソナルAIみたいなカタチで弁護士がつけばいいと思っています。
例えるならドラッグストアです。皆さん、軽い風邪であれば、病院に行かずにドラッグストアに行って薬を買いますよね。それに近しいものになればなと。
現在、人が1日に結ぶ契約は100件を超えています。スマホのアプリをダウンロードするたびに契約していますし、電車に乗り降りするときもICカードをタッチする度に契約しています。
抽象的に言えば、世界はどんどんなめらかにリーガルな世界になっているのです。こうして個々人の契約があまりにも多くなっていくとどうなるか。行政がまったく追いつかず、規制が後追いになってきます。
法律というのはいままで、公私でいう“公”の部分に留まっていました。
“私”の部分で関係あると感じるのは、相続するときや、結婚や離婚、そういった緊急でなにかが起きたときのみです。
それはあまりにも弁護士が忙しすぎて“私”の領域にいけなかったり、ある程度のフィーではできなかったという側面もあります。
それをドラッグストアのように、皆さんの手をとるような助け舟を出したい。
リーガルテックを広めることで、もっと過ごしやすい世界へ変えていきたいという思いがあります。

AIに弁護士の仕事は奪われない

──テクノロジーと生身の弁護士で、業務の仕分けはどのようなものになるでしょうか。
もう少し先の未来では、AIがチャットで法律相談に乗ってくれるというのが実現すると思っています。
感覚値ですが、今の法律に関する質問はだいたい5万件から10万件くらいに限定されます。それを音声認識で問いかけたら「これは危険ですよ、これは問題ないですよ」といったことが自動で答えらえるようにはできると思います。
そういった一般的な部分はどんどんテクノロジーに任せて、ルールメイキングのような、弁護士がやるべきことをやれるようにしていきたいというのがありますね。
──その未来に進んでいくうえで、まず解決すべきことはなんでしょうか。
私が所属するLegalForceにおいては、契約書レビューというのを一つの課題としています。
企業の法務担当の方々の大きな負担となっているのが、大量にある契約書のレビューです。しかも、毎回似たようなコメントをしなきゃいけない(笑)。
でも本当に法務のプロフェッショナルがやるべきことは、ビジネスサイドから上がってきた契約書を見て、形式的に「損害賠償はこうなると思いますよ」とか言うことではありませんよね。
法務のプロフェッショナルがやるべきことは「この契約書はビジネスを加速させるものなのか」また「この契約書はビジネスモデルに合っていますよ」といったことを判断する部分にあります。
でも契約書のレビューなどで忙しすぎて、そこまで手が回らないというのが現状です。
LegalForceの目標は、弁護士をはじめとした法務のプロフェッショナルが、本来やるべき仕事に手を付けられるようにすることです。
そういった意味で、AIやリーガルテックの普及によって弁護士の仕事がなくなることはないでしょう。本来弁護士がやるべきであるものの、手を付けられてない仕事が多すぎますから。

弁護士が本当にやるべきこと

──弁護士が本当にやるべき仕事、というのをもう少し詳しく教えてください。
たとえば「経営の意思決定にコミットできる?」という問いかけに対する答えが、日本とアメリカでは全然違います。
アメリカでは「法務部員がビジネスモデルを変えられる」とまで言います。
逆に日本ではそこまでコミットできていません。なぜなら法務部がバックオフィスにあるから。
私が所属する法律事務所ZeLoが考えているのは、法務部員がチーフリーガルオフィサーのような経営の意思決定に関わるような存在になることです。
だから所属する弁護士のほぼ全員が週に一回は必ず企業に行くようにしています。私が行っているITベンチャーでは、ビジネスの現場においても最初から法務部が入る。
だから、3カ月かけてやった結果ダメでした、といったことが少なく、スピード感がとても速い。
弁護士を抱えているITベンチャーは、レギュレーションとテクノロジーの話に敏感です。だから他社が思いつかないこともどんどん思いつく。
「法の網目をかいくぐる」というレベルの話ではなく「法の本来の趣旨から考えればこういうことでしょ」といった視点があり、その先には「社会が幸福であるために、法はこうあるべきだ」ということを役員たちが考えるようになります。
それができると「個人情報の洩れが起きないためには」みたいな話も前向きにできるようになります。
あるいは「法律的にはありだけど倫理的にはどうなんだろう」という疑問があったときに、「法の趣旨から考えればこうです」といったような、社長に意思決定の材料を渡すことも、弁護士がこれからやるべきことになっていくでしょう。

政治と法律に注力する理由

──政治と法律、両方において挑戦を積み重ねていますが、そもそも弁護士になろうと思ったところと、政治に興味を持ったところは、リンクしているのでしょうか。
かなりリンクしています。これは強烈に覚えているのですが、弁護士になりたいと思ったのは小学4年生のときです。
当時、私はいじめられていて、学校に行けない時期が不定期にありました。そのとき両親にいろいろな韓国人のコミュニティに連れて行ってもらいました。
その中の一つが、戦後賠償問題について討議する政治的なコミュニティでした。
当時、日本人は韓国人のことが嫌いだし、韓国人は日本人のことが嫌いだと思っていたのですが、そこにいたのは日本人の弁護団でした。
そのとき私は「日本人は韓国人のことが嫌いなのに、なんで日本人が韓国人を守ろうとするのでしょうか」というように、意地の悪い質問を弁護団の人にしました。
そのとき弁護士の方が答えてくれた言葉は
「国籍に関係なく、自分が正しいと思ったことを正しい方向へ持っていけるのが弁護士の仕事だよ」
というものでした。その日の夜に、私は母親に弁護士になると言いました。
私の根本にあるのは民主主義を前進させたいということ。なぜ民主主義を前進させたいかというと、人々が不合理な意思決定をしたことによって、僕が損を被りたくないだけでなく、僕の子どもたち(の世代)に損を被ってほしくないからです。
不合理なこと、不条理なことが許せないし、そこは曲げたくない。だから、できることをやりたい。
不合理なことが許せないというのは、小学生のころの原体験もあると思います。
原体験は幻想に近しいものがあると思っているので、後付けの側面もあるかもしれません。でも「嫌なことは嫌だ」と思っていた時期でもあります。
そういった意味では、弁護士は今のルールで不合理なことが起きたときに、損を被っている人を守ってあげられるし、そのルールを変えるアクションをすることもできる。
さらに言えば、そもそもルールをつくることが政治です。
代議士や行政機関がとんでもないことをやってしまうと、私たちは不合理なルールの元で、法を守らないといけなくなる。
政治と法律は、僕の中でものすごくリンクしています。
(執筆:大島慶己)