【海部美知】シリコンバレーのマネーを変えたVC登場

2019/2/27
世界の最先端企業が集結するシリコンバレー。その誕生の歴史を振り返りつつ、シリコンバレーでどのような儲け方のビジネスモデルが生まれたのかをシリコンバレー在住のコンサルタント・海部美知氏がひもとく3回シリーズ。シリコンバレー誕生の歴史を振り返った前回に続き、第2回ではアップル創業の1970年代に広まった、ベンチャーとベンチャーキャピタルの関係性を考える。
シリコンバレー勃興を支えるベンチャーキャピタル
【海部美知】シリコンバレーはどのように誕生したのか
これまで見てきたように、1976年のアップル創業など、70年代以降、シリコンバレーのテクノロジー・ベンチャーが一気に盛んになる。
要因としては、技術と市場の進化などいくつかあるが、「資金」という面に着目すると、この時期にひとつの大きな節目があった。
それは、「ベンチャーキャピタル(VC)の登場」だ。
VCの台頭は、シリコンバレーのマネーの仕組みを大きく変えた(写真:ftwitty/ getty images)
「他人のつくった会社に投資して、配当や売却益を得る」という金儲けのシステムは、アメリカでは、昔から盛んに行われていた。なんせ、アメリカという国自体、クリストファー・コロンブスが起業して、スペインの女王に投資してもらって誕生したのだ。投資家は、最初は女王・国王あるいは国家、その後、貴族・地主、富裕な商人や成功した事業家などへ広がったが、基本的には「富裕な個人およびファミリー」が資金の出所だった。
19世紀の鉄道ブームの時代には、J.P.モルガンなどの「マーチャント・バンク」が活発に投資していたが、1929年の大恐慌の後20年ほどの間、法律の改正により、投資の主体は「富裕な個人」の範囲に限られた。
シリコンバレーにおいても、例えば半導体の父・ショックレーは、「すでに成功して手持ち資金を持っていた事業家」の資金を得て、その子会社としてベンチャーを立ち上げている。
東部への資金依存からの脱却
1950年代、投資に関する規制緩和により、東部では「プライベート・エクイティ(PE)」が登場。富裕な個人だけでなく、より広い投資家から資金を集めて企業に投資する近代的なPEの形式であり、その中で新しい小さな会社に投資するVCの活動も行うようになる。PEもVCも、もともとのお金を出す「投資家」は、年金ファンドなどの機関投資家が中心となっている。
最初のVCの投資成功例は、1957年にマサチューセッツ州で設立されたコンピューターメーカー、DEC(Digital Equipment Corporation)だ。
この時期、シリコンバレーのベンチャー企業に対するベンチャーキャピタルの投資も始まり、フェアチャイルド創設時には、ニューヨークのVCが投資に参加した。これがシリコンバレーにおける最初の「VC支援による創業」とされている。
1960年代には、シリコンバレーの地元でもVCが設立されはじめ、70年代にはいると、KPCB(Kleiner, Perkins, Caufield & Byers)と セコイア・キャピタルという、現在でも有力な地元VCが登場する。
それまで、シリコンバレーのベンチャー企業は、資金源を東部の大企業や富裕な個人、ニューヨークのVCなど、「東部の富」に依存していた。しかし、ここへきて資金面で自立性が高まったのだ。地元VCに加え、ストックオプションでまとまった資金を手にした元ベンチャー企業従業員も増加。シリコンバレーにも「富裕な個人」が徐々に増えていた。
ネットバブルで地方都市から全国区へ
アップルを例に取ると、自己資金で創業したあと、地元の富裕な個人であるマイク・マークラが最初に投資する。その後、セコイアと東部のVCが資金を入れ、銀行からの借り入れもしている。マークラは、過去にフェアチャイルドとインテルで働き、そのときのストックオプションで財を成していた人物だ。
1970年代に誕生したアップルは、今もシリコンバレーを代表する企業だ(写真:AAA-pictures/ getty images)
シリコンバレーに「自前のマネー市場」が形成されると、お金も時間もないスタートアップ企業がわざわざニューヨークまで行かなくても出資が依頼できる。また投資家も地元の事情をよく理解しており、人脈などの点で支援もしやすい利点もあった。
70年代には、アップルのほか、ノンストップ・コンピューターのタンデム・コンピューター、バイオ技術のジェネンテック、ビデオゲームのEA(Electronic Arts)などが、シリコンバレー地元VCの資金を得て創業した。
70年代以降もしばらくは、シリコンバレーは半導体とパソコンという「地場産業」を持つ地方都市の一つ、という程度の存在感に過ぎなかった。
シリコンバレーが「全国区」となるのは、90年代のネットバブルがきっかけだ。このころには、地元でも大企業が増え、シスコ・システムズなど大企業がベンチャーを買収することが日常的になった。ニューヨーク株式市場での上場のチャンスも増え、ベンチャーに投資した人がエグジット(換金)する道が大きく開かれた。
ビジョンファンドの衝撃
シリコンバレーではその後、専門家集団であるVCが、それぞれの得意分野(産業別、対象ベンチャーの成長段階別など)ごとに棲み分ける構造が形成されてきた。ところが、ここ3年ほど、「資金の出し手」の性格がちょっと変わってきている。
2018年、米国全体でベンチャーに投資された資金の量は、初めて、2000年バブルの年の総額を上回った(図1)。2000年の数字が「異常」とずっと思われていたので、これは画期的なできごとであった。
(図1)数字出典:Pitchbook/NVCA, Smartdata Collectiveを参考にEnotechコンサルティングが作成
一方で、投資件数は2015年をピークに下がってきており、1件あたりの投資額が巨大化する傾向が続いている(図2)。創業から時間が経ってすでにある程度の成功を収めている(レイトステージ)大型ベンチャーに巨額の資金が集中。かたや、できたばかりの小さな(アーリーステージ)ベンチャーが割を食って、資金を集めにくい傾向となっている。
(図2)出典:Pitchbook/NVCAをもとにEnotechコンサルティングが作成
この動きが始まった2016年は、ソフトバンクのビジョンファンドが立ち上がった年である。ここしばらく、上場の代わりにビジョンファンドから大型資金調達ができるようになった。「IPO(Initial Public Offering、株式上場)」でなく「ISO(Initial Softbank Offering)」などとジョークにされるほどだ。
ビジョンファンドは、1件あたりの投資金額の大きさや、サウジアラビア政府の資金がはいっている点で、従来のVCとは性質が異なり、VCではない「PE」の一種とみなされる。ビジョンファンドを皮切りに、従来からあるPEや、域外大企業からの投資など、VC以外の大型資金が大量に流入し始めた。
複雑・巨大化するベンチャー資金
2017年から18年にかけベンチャーに巨額の資金を投じたのは、必ずしもビジョンファンドだけではない。例えば、2018年12月に、130億ドルという、年間すべてのベンチャー投資の1割にものぼる桁違いの超大型ディールがあったが、これはアルトリア(旧フィリップ・モリス、大手たばこ会社)が、電子タバコをつくるベンチャーJuulに投資したものだ。
Pitchbook/NVCAの年次報告書では、「この傾向は一時的なものではなく、新しいノーマルと見るべき」と述べている。
2000年代は、クラウドサービスの拡大によってネットベンチャーの起業コストが下がり、小さい投資額で短期でスケールし、手っ取り早く儲かる「軽少短薄」傾向が進行。学生ベンチャーから一気に世界に広がったフェイスブックのような事例がもてはやされた。
その後、エコ技術(2008-09年)、ハードウェアブーム(2014-16年)など、より大型・長期の投資が必要な「重厚長大」なものが試されたが、上記のような短期で成功を求められるVCの時間尺に合わず、短期でブームは終了した。
このギャップに入り込んできたのが、PEやコーポレートマネーという大型資金と見ることもできる。もちろん、この動きは資金の出し手側の事情によるのだが、資金のニーズという意味でも、今期待されている自動車、医療、製造、農業などの産業向けの技術は、モバイルゲームなどとは桁違いの初期投資が必要だ。
高コストのAIはお金を生むビジネスになるのか?(撮影:bagotaj/ getty images)
また、最先端の高度な「AI」は高コストで、そのシステムがお金を生むまで時間がかかる。VCには無理でも、ビジョンファンドや大手自動車会社といったタイプのマネーならば、その規模と時間尺でも生き延びる可能性がより高くなる。
「巨大化」が既存のシリコンバレーの生態系を壊すのでは、との懸念の声もある一方、その昔アメリカ大陸を開発したような大規模投資マネーが、シリコンバレーにも戻ってきた、と前向きに評価することもできそうだ。
最終回では、現代のシリコンバレーが生んだ「アルゴリズムという金型で儲ける」システムについて解説する。
【海部美知】アルゴリズムを金型に儲ける時代へ
海部美知(かいふ・みち) 米国と日本の新技術に関する戦略提案・投資や提携あっせん・調査などを手がけるコンサルタント。シリコンバレー在住。一橋大学社会学部卒、スタンフォード大学MBA。ホンダを経て1989年NTT入社。米国の現地法人で事業開発を担当。96年米ベンチャー企業のネクストウエーブで携帯電話事業に携わる。98年にコンサルティング業務を開始し現在に至る。北カリフォルニア・ジャパンソサエティ理事。著書に『ビッグデータの覇者たち』(講談社現代新書)など。
(編集:久川桃子 デザイン:田中貴美代)