住友商事、全社員6万人から“イントレプレナー”を発掘せよ

2019/3/5
世界でも類を見ない「総合商社」というビジネスモデルは、時代の変化に先んじて、常に新たなチャレンジが求められ、それに応えて変わり続けてきた。創立100周年を迎える住友商事は今、次なる100年に向けて、かつてない自己変革を起こそうとしている。日本有数の総合商社である住友商事の「100年目の変革」に迫る。
社内起業を「本気」で公募する新制度
 あらゆる産業のICT化・ボーダーレス化の進行というメガトレンドのなかで、住友商事は自らビジネスモデルを変革しようとしている。
 その具体的な取り組みのひとつが、社内から「イントレプレナー(社内起業家)」を発掘・育成し、新規事業創出を加速させようとする試みだ。
 2018年夏に開始したプロジェクト『0→1チャレンジ』は、グループ全体で6万人を超える住友商事の社員個人が、所属組織の枠組みや年次を超えて、まったく自由に新規ビジネスを提案できる「社内起業支援制度」だ。
 制度のコンセプトを打ち出した募集要項には、「企画書不要」「個人の熱意を重視」「外部アクセラレーターの支援」など、まるでスタートアップのピッチコンテストのようなフレーズが躍る。
 その反響は大きく、告知からわずか1カ月半で300件以上もの事業アイデアが集まった。そこから面談やピッチなどの審査を経て、現在、8組が最終選考に残っているという。
 総合商社が社内起業を推進する意図はどこにあるのか。実際にどんな事業が生まれるのか。制度設計を担った経営企画部の生田浩也氏と、外部パートナーとして支援する「01 Booster」代表の鈴木規文氏に、プロジェクトの狙いを聞いた。
個人の情熱から生まれる事業を支援
──まずは『0→1チャレンジ』を立ち上げた経緯を聞かせてください。
生田 「進取の精神」を伝統とする住友商事は、時代の変化に応じて常に新しいビジネスを創出してきました。新規事業を「既存事業との関連性」のある分野で開拓していくことは間違いなく重要です。
 しかし、あまりにも「既存領域」にこだわりすぎると、イノベーティブな新規事業を生み出すことが難しくなります。われわれがビジネスモデルを変革していくためには、より大胆なチャレンジも必要です。
 そこで注目したのが「個人」の力です。所属している事業部門やグループの既存事業を飛び越えて、社員個人が熱意を持って取り組みたいアイデアを後押しする。そういった新しい仕組みが必要だと考え、立ち上がったのが『0→1チャレンジ』です。
──スタートアップのアクセラレーターとして知られる「01Booster」を外部パートナーに招聘している点が特徴的です。
鈴木 われわれ01Boosterの事業のひとつに、イントレプレナー育成プログラムの提供があります。
 制度設計のアドバイスから始まり、応募者に対して事業創造に必要な考え方やアイデアのブラッシュアップ、社内外のステークホルダーと意見交換する機会の創出、効果的なプレゼンテーション指導などを行っています。
──今回の『0→1チャレンジ』に応募してきた住友商事の社員は、鈴木さんの目にどう映りましたか。
鈴木 率直にいえば、どの応募者もビジネスパーソンとして非常に優秀であり、かつ力を持て余している人が集まった、という印象です。チャレンジしたいという欲求を具現化する場を渇望していたのだと感じました。
生田 営業現場では新規事業の企画・提案はたくさん出てきていて、いずれも真剣に検討しています。
 それらと新制度の大きな違いは、個人のチャレンジを「社内の固定概念」にとらわれずに「社外の目で審査する」という点と、「詳細な事業計画」で評価するのではなく「行動力」を評価する点です。
 こうした明確な違いが無ければ、新しい制度を作っても、「結局は今までと同じか」と思われ、新しいチャレンジは広がらなかったと思います。
 実際に、01Boosterに入っていただいたことで、新規事業を創出する、イントレプレナーを発掘することに対する本気度が伝わったと思います。
大企業に埋もれる「タレント」に自由を
──集まった事業アイデアに「住友商事らしさ」というような傾向はありましたか?
生田 それが本当に多種多様で驚きました。応募してくれた社員のキャリアも多様、国籍も多様。入社してすぐの社員から50代まで。職種も、基幹職(総合職)だけでなく、事務職からも多数の応募がありました。
 事業の種類も、社会課題の解決を目指したものや、既存の事業に直結するもの、既存事業と関連性が少ない観光や教育といった領域まで、実にさまざまなアイデアが飛び出ました。
「0→1チャレンジ」のピッチコンテストは、移転したての住友商事本社で開催された。
鈴木 応募者の熱量を感じましたね。私が特に素晴らしいと思ったのは、単なるペーパーの企画書ではない、「応募の段階で既に行動を始めている事業アイデア」が数多くあったことです。
 通常、ほかの企業で同じような取り組みをすると、パワポベースの企画書のみで応募してくるケースがほとんどです。
 しかし、住友商事では、すでに社内外のステークホルダーを巻き込んで、具体的に事業の立ち上げ準備を進めている応募者が複数いた。これには驚きました。
生田 住友商事は、モノづくり技術やIT関連技術を必ずしも持っているわけではありません。しかし、様々なステークホルダーを結びつけることは得意です。こうした背景があって、社内外のステークホルダーを巻き込めているものが多かったのだと思います。
鈴木 起業家にとって重要なのは、アイデアの良し悪しではなく「行動」です。
 そもそも起業の本質とは、「資源と資源を結び付けること」。住友商事にはその遺伝子が備わっており、社員の方々もそれが得意だということでしょう。社内起業家を生む土壌があることを実感しました。
 むしろ、『0→1チャレンジ』で感じたのは、住友商事のタレントの豊富さです。
 アメリカはスタートアップにタレントが集まりますが、日本はまだまだ大企業に優秀なタレントが集まる。
 企業内で埋もれているタレントが、年齢や経験を問わず自由に活躍できる環境を増やしていけるかどうか。それが大企業の将来を左右することは間違いないでしょう。
「片隅で行われる熱狂」の輪を広げる
──社内にはどのような影響が出始めていますか。
生田 今回は応募できなかったけれど、次は応募したいという声も多く聞かれました。また「自分はアイデアを持っていないけど、共感できるプランなら助けたい」といった意見も聞こえてきていることに、可能性を感じます。
 実際、海外のグループ会社では、スタッフが自主的に大勢集まってディスカッションし、ひとつのアイデアの精度を上げていくといった動きもありました。
鈴木 イノベーションは、「片隅で行われる熱狂」です。全社で社員全員が熱狂することはあり得ませんが、社内のどこかで熱狂するコミュニティが生まれたことは、いい傾向だと思います。
ピッチ当日に至るまでに、登壇者たちは01Boosterのメンタリングなどを通じて事業アイデアを磨き上げた。
 そのコミュニティが、新たに生まれたコミュニティのメンターとなり指導やサポートを行い、数珠つながりしていけば、イノベーションが生まれやすい風土が定着するはずです。
生田 『0→1チャレンジ』は新規事業を立ち上げることが目的ですが、もうひとつの目的として、失敗を恐れずチャレンジする文化を醸成することにあります。この取り組みはそのきっかけになっていると感じています。
鈴木 もちろん、簡単なことではありません。ただ、事業創造は、実践や行動、経験からしか学べない。だからチャレンジすることが大事。応募者たちが、がむしゃらに熱狂した経験はかけがえのないもの。これからの仕事にも必ず活きてくるはずです。
応募者が語る「大企業での社内起業」
現在、『0→1チャレンジ』は最終選考フェーズに入っている。300以上の応募者のなかから、選考を勝ち抜いた8組の事業アイデア。その当事者の一人に、取り組みを通じて体感したことの率直な感想を聞いた。
 『0→1チャレンジ』の最終選考に残ったひとりの成田大気氏は、入社13年目。主にスタートアップ投資やM&Aといった投資業務に関わってきた人物だ。
 NY赴任時は投資銀行へ出向するなど専門的なキャリアを積んできたが、海外MBAを取得後、より事業の現場に近いところでの業務を希望し、現在は住友商事子会社のSCデジタルメディアで経営企画を担っている。
 成田氏が応募した事業アイデアは、暗号資産・ブロックチェーン関連の事業だ。
「商社の常識」とは真逆のアプローチ
──『0→1チャレンジ』に応募したきっかけを教えてください。
成田 入社以来あった「自分でも事業を興したい」という気持ちが、30代半ばまでに海外赴任とMBA留学を経験することで、より一層強くなっていました。
 ただ、住友商事にはこれまで社内起業制度がなかったんです。もっと個人の事業アイデアを活かせる場があればいいのにと常々考えていました。
 そんな折に『0→1チャレンジ』が始まると知り、アプローチが「良い意味で住友商事らしくないな」と感じて、興味が湧きました。
 情熱さえあれば、企画書や詳細がなくても応募ができる。これは、緻密にコンセンサスを重ねながらビジネスを作っていく従来の総合商社的なアプローチと真逆です。
 自分たちを含めミレニアルズと呼ばれる若い世代は、インターネットと共に成長してきた年代で、自分の好きなことに対し、自ら情報を集め、情熱を持って掘り下げて考えるということをごく自然に行います。
 その価値観を活かす制度を設計し、新規ビジネスを創出するというのは、これまでの住友商事にはなかった考え方です。
「0→1チャレンジ」のピッチに登壇する成田氏
──取り組みのなかで、どんな経験をされましたか。
 私が応募したのはブロックチェーン関連の事業です。社内にはこの分野に関する知見は少ないと考え、まずは外部とつながろうと、国内のブロックチェーン・コミュニティや勉強会に顔を出して回りました。それによって知識レベルや人脈が広がったのが大きいですね。
 また、事業を創っていくプロセスとして、よく「PDCA」が言われますが、今回のプロジェクトを進めていくなかで聞いた、「スタートアップは“DDDD”だ」という言葉が響きました。
 DOをひたすら繰り返すことで、結果的にPCAもその合間で実行され、スピード感をもって事業を構築できる。また、社内外の人的ネットワークも広がり、その行動力に周りも応援してくれる。
 今回の取り組みは、まさにそういった世界を肌身で感じられた体験でした。
──あえて聞きますが、起業は一人でも可能です。大企業で社内起業することをどう感じますか?
 一般的に、大企業の社内起業は資金調達の容易さやグループ会社のシナジーがメリットとされていますが、必ずしもそうではないと感じます。
 社内での資金調達も時間はかかるし、判断もシビアです。グループシナジーに関しても、それぞれの会社に関わる関係者が多く手間と時間がかかりますし、全体最適が必ずしも個社の最適とは限らない。
 そこに時間をかけることと機会損失を天秤にかけた上で、最適な判断をする必要があります。
 一方で、大企業のメリットを感じるポイントは、主に3つあります。
 ひとつは、プランにGOがでれば、1回で大きな金額を調達し、大胆なスタートをきれること。
 ふたつ目は、規制が絡むビジネスの場合、国や監督機関へのアクセスが比較的容易であること。
 最後に、Day 1からグローバルで事業展開したいと思ったときに、社内ネットワークが使えること。これは特に商社のメリットですね。
 個人的には今回のチャンスを活かして、大企業のレバレッジを効かせた事業を作ることができればと考えています。
──最後に、これから『0→1チャレンジ』に期待することを教えてください。
 『0→1チャレンジ』が本当に意義ある制度として続いていくかどうかは、応募者や会社といったこの企画に関わる人たちのこれからにかかっていると思います。
 一方で、会社が社員を本当に信頼できるかどうか、年次や役職ではなく、自らが採用、育成した人材を信じられるかが問われる試みだとも思います。
 社内起業の性質を考えた時に、これまでの大企業的なコンセンサスをベースとした事業開発と切り離し、プロジェクトをリードした人材に対して権限と責任を与えるスタートアップ的な取り組みにできるか。
 そこが鍵になると考えますが、それには会社の柔軟性が試されます。
 会社として“挑戦のサイクル”を継続させるためには、応募者がプロジェクトを成功させることに加え、制度としてもスタートアップ的に軸を持ちつつ柔軟に変革していくことが重要になると思います。
(取材・編集:呉琢磨 構成:笹林司 撮影:岡村大輔 デザイン:國弘朋佳)
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