社員のパフォーマンスを最大化する“攻め“の働き方改革とは?

2019/3/1
世界でも類を見ない「総合商社」というビジネスモデルは、時代の変化に先んじて、常に新たなチャレンジが求められ、それに応えて変わり続けてきた。創立100周年を迎える住友商事は今、次なる100年に向けて、かつてない自己変革を起こそうとしている。日本有数の総合商社である住友商事の「100年目の変革」に迫る。
住友商事が「ワーク・ライフ・バランス推進プロジェクトチーム」を設立したのは2005年のことだ。
「働き方改革」という言葉が一般に広く認知される前から、「メリハリある働き方の推進」と称して働き方の改善に取り組んできた住友商事だが、2018年9月に晴海から大手町へ本社を移転するのを機に、2016年春に「本社移転・働き方改革プロジェクトチーム」を発足し、さらに全社的なプロジェクトとして改革を推進してきた。
「働き方改革」と言うと、長時間労働の削減の側面が強いと思われがちだが、住友商事のそれは一味違う。
働く環境を整えることで、社員の高いパフォーマンス発揮と自己価値のさらなる向上を実現させ、それにより住友商事が進化するという、いわば“攻め”の働き方改革なのだ。改革の中心となる人事厚生部にインタビューを行い、その実際を探る。
「テレワーク」「スーパーフレックス」は福利厚生ではない
住友商事は2018年11月より、国内勤務の社員を対象に、週に14.5時間(2営業日相当)を上限として、「在宅勤務」「モバイルワーク」「サテライトオフィス勤務」の3形態の勤務を認める「テレワーク制度」を開始。
同時に、従来設けていたコアタイムを撤廃し、より柔軟に働く時間を選択できる「スーパーフレックス制度」もスタートさせた。
「当社を取り巻く事業環境はこれまで以上にめまぐるしく変化しています。総合商社は新しいビジネスを次々と生み出す存在ですから、世間のスピード感に置いて行かれないよう、常に変化を先取り、失敗を恐れず挑戦していかなければいけない。
その挑戦の中には、社員一人ひとりの働き方を見直すことも当然含まれます」
そう話すのは、住友商事人事厚生部の武藤千明氏だ。
「社員には、自分に合った働き方を自分自身で考えて、デザインし、コントロールしてほしい。そうすることで、仕事のパフォーマンスをさらに高め、個人・会社の成長に繋げてほしいと伝えています」(武藤氏)
働き方を自分で選択する自由があるということは、責任も伴うということだ。ある意味では、社員にとって厳しい取り組みだが、この考え方は住友商事の働き方改革の核をなす要素となっている。
「誤解されがちなのですが、働き方改革の一環で導入したテレワーク制度も、スーパーフレックス制度も、福利厚生の制度ではありません。
これまでは働く時間や場所やスタイルに様々な制限があった。その枠にとらわれず、アウトプット志向で、個々のパフォーマンスを最大化するための環境整備を行う。つまり、社員がよりパフォーマンスを発揮するための“攻め”の制度なのです」(武藤氏)
とはいえ、本社移転という一大イベントに加え、働き方の大きな転換。現場で混乱はなかったのだろうか。
同じく人事厚生部の山田裕志氏は「むしろ、移転と組み合わせたからこそ可能だったのでは」と分析する。
「ただ『働き方を変えましょう』と言うだけでは、たとえ現状に問題を感じていても、『どうして?』という抵抗がより大きかったのではないでしょうか。
『新しいオフィスに移り、レイアウトも什器も変わる。だから一緒に働き方も変えましょう』と発信したことで、社員の納得感も増したと思います」(山田氏)
テレワーク推進には、物理的な制限や制約を極力なくすためにICT活用が欠かせない。たとえば、住友商事ではペーパレス化も推進しているが、これもオフィス移転と組み合わせることで、より効果的に浸透しつつある。
新オフィスの執務フロアには、打合せをするためのオープンスペースやすべての会議室に液晶モニターを設置。資料を印刷して配布するのではなく、個人のパソコンをモニターに投影し、資料を共有する習慣がついてきた。
また、以前は一人ひとりのデスクにパーテーションがあり、人によっては書類が積み上がって山になっていたという。しかし、フロアが広くなり、部署ごとに区切られていたレイアウトをオープンな形に変更。
そういったオープンな環境によってコミュニケーションの機会も目に見えて増えた。その「変わった」という実感が、改革を加速させる好循環を生み出すのだ。
「プラスの影響があった」という評価が7割
しかし、トップが改革を推進し、現場がそれを歓迎したとしても、「マネジメント層の反対にあってうまくいかなかった」という事例もよく聞かれる。5000人超の社員を抱える住友商事で、これだけ大きな改革に踏み切るのは容易ではなかったはずだ。
実は住友商事では、制度の本格導入に至るまでに、全社公募で参加を呼び掛けた大規模なトライアルを2回実施している。参加単位を個人でなく、チームや部といった組織に限定したのが特徴的だ。
「働き方はどうしても多数派に引っ張られます。制度の利用者が少数派だと、本来の目的である組織の働き方自体は変わりません。だから、働き方を本気で変えようと思ったら、組織全体での取り組みが必要不可欠なのです。
また、全社的な運動として前向きに物事が進めるためにも、利用者を限定するのではなく、全社員を対象にすることは外せない要件でした」(山田氏)
1回目のトライアル参加者は約1000人、2回目は約2000人。実施後のアンケートでは2回とも、ワークとライフの両面で「プラスの影響があった」との評価が7割。「変わらずに仕事ができた」との評価を合わせると9割にも及んだ。
全体の約70%が「通勤・移動時間」の短縮効果を実感。プライベートな時間が増え、身体的・精神的負担の軽減、生活面の効果があったとする回答も多い。
たとえば商社の仕事上、海外のビジネスパートナーとの仕事も多いため、深夜のテレビ会議に向け、開始時刻まで会社で待機するケースも珍しくなかった。
しかし、制度導入により、一旦帰宅してプライベートの時間を過ごした後、自宅からWeb経由でテレビ会議に参加することも可能になった。
「印象的だったのは、『通勤ラッシュの回避により、ハッピーになった』『これまでは子どもにおかえりと言われていたけど、子どもをおかえりと迎えることができた』という声です。
会社という『場所』や、決められた『時間』に拘束されず、アウトプット志向の働き方を促進することで、余暇で自己啓発を行うこともしやすくなったでしょう。それが個々の社員のスキルアップにつながり、ゆくゆくは仕事のパフォーマンスの向上にもつながると考えます。
新しい制度の導入前は、やれない理由ばかりが出てきます。それでは働き方改革なんて一生かかってもできない(笑)。
まずはやってみて、どこがよかったか、あるいは、どこに問題を感じるかをあぶり出し、具体的な課題を解決するために知恵を絞るようにしています」(武藤氏)
トライアルのおかげで、ICTの活用度合いが年齢層によってバラつきがあることも明確になった。年齢が高いほど、「直接話したほうが早い」「使い方がよくわからない」という理由で社内メッセンジャーやテレビ会議システムなどを敬遠する傾向にあったのだ。
「多方向からいろいろなアプローチを行う必要があると感じ、ICTに対する理解を深めるために、階層ごとに分けた説明会も行いました。
また、アンケートでは、『テレワークを利用していると、上司からサボっていると思われないか不安』という声も聞きました。
そこで事務局では、各現場のリーダー層の巻込み、意識改革に重点的に取り組みました。社長をはじめ、多くのリーダー層にテレワークを実践してもらい、社長メッセージやSCテレワーク通信といった社内報にまとめて、社内イントラで積極的に発信を行ったのです」(山田氏)
トライアルを通じて、現場だけでなくマネジメント層の声も拾い、どのような声が出ているか、どのような方針で対応していくかをオープンにした。それを全社で共有できる仕組みを整えたことが、実現に向けた様々なハードルの解消につながったのだ。
性善説に立ち、ポジティブに発信する
山田氏はさらに、働き方改革に欠かせない要素が2つあると指摘する。ひとつは、「性善説に立つ」ことだ。
社員を疑い、管理しようとして制度を厳しくすればするほど、本来の目的である自律的かつ柔軟な働き方の実現は困難になる。
そしてもうひとつが、ポジティブな発信だ。
「そもそも人は変化に対して、ネガティブに反応しがちです。『まずはやってみよう』という機運を醸成するためにも、私たち人事自身が折に触れて『いけますよ!』『絶対働きやすくなって、仕事のパフォーマンスもあがりますよ』と前向きなメッセージを発信するよう努めました。
雑誌で他社の成功事例を見るだけでは、『あの会社だからできたんだ』と思われるだけかもしれません。ですが、トライアルを通じて同じ社内での成功事例を見たことで、『隣の部でできたのだから、私たちにもできる』と感じてもらえたようです。
ポジティブな雰囲気があれば、失敗事例を見ても、さらに改良していこうという考え方になりますしね」(山田氏)
テレワークとスーパーフレックスを導入して、まだ3カ月ほど。今後、各組織における運用状況や課題に関するアセスメントを実施し、そこで捉えた声を分析して、さらなるブラッシュアップにつなげる予定だ。
日本を代表する総合商社が、日本の新しい働き方も牽引していくことができるか。働き方改革を通じて、住友商事はさらに進化していく。
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:露木聡子 デザイン:國弘朋佳)
【住友商事の事業にフォーカスした関連特集】
【2018年特集】「SDGs」と住友商事のビジネスに見る共通点とは