新着Pick
170Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
「グローバル人材」云々がいわれだした時に、大学の先生たちは、すわ、自分たちの専門を生かす時、とばかりに、外交や紛争、人類学などの教育・研究内容はそのままにして、文学部や社会学部といった学部名の看板を付け替え、「グローバル何とか学部」をたくさんつくりました。国連に就職しよう、とか、国際問題解決の専門家を育成、いったうたい文句を広告していたところも多かったです。
 企業の大部分は、実のところ、諸外国、特に中国や東南アジアの営業所や現地工場で何十年も住み込んで働いてくれる若い人が大量に必要になった、というだけでしょう。2,3年で帰ってくる駐在員を送り込むのは、英語さえできず日本人だけの飲み会とゴルフばかりする正社員を家族手当住居手当込みで遊ばせる、ということになるので、さすがにコスト・パフォーマンスが悪い、という事情があるでしょう。国連とか国際紛争のことばかり考えているような学生あがりは、求めている「グローバル人材」とは何の関係もなく、大学では異世界の住人を育成しているように映るでしょう。
 結局、企業側が大学でやってほしい「グローバル人材」育成プログラムなど具体的にはほとんどない、ということになります。せいぜい英語のテストの点数を上げることくらいでしょう。あとは企業のおじさんの話を聞く機会を設けてほしい、くらいでしょう。コストを割いてインターンプログラムを実施しているのに、企業に「フィールドワーク」に来られても不快に感じるでしょう。
 大学側は、下手に独自のグローバル人材像を追究してもどうせ企業の要望には合わないし、企業の要望に合わせようとばかりすると、大学教育といえるほどのものがなくなってしまうことになりかねません。せいぜい自分たちの信じる教育・研究を続けながら、同時にそれが社会的にも意義があるのだという、困難な主張をしていくくらいしかないでしょう。
ハーバード学部時代、周りの友達が全員夏のインターン命を賭けていました。しかも夏休みが明けるとすぐに翌夏の仕事探し。なぜ?!と思っていましたが、米国就活マーケットは経験がものを言う世界。インターンで経験を積まなければ新卒で雇ってくれないし、逆を言えばインターンでうまくやれば1, 2年次から将来の内定に目星がつきます。

記事にもある通り、転職が当たり前の時代。新卒で雇う際にある程度の仕事経験を要求するのは企業にとっても効率的だし、学生にとっても就職準備に何が必要かがクリアになります。企業にとっては時期を決めるのもいいのかもしれませんが、就活は学生の将来を左右するもの。就活ルールしかり、人材育成しかり、学生にとってよりプラクティカルな策をとってほしいなと個人的には思います。

(ハーバード学部時代の友達の毎日がいかに効率的だったかという話は2/15発売の著書に掲載しています)
グローバル人材、という言葉はもう使用をやめた方が良いと思います。

シンガポールや中東の建設工事で働いている南アジア人の事なのか
日本のコンビニで働いている中国人の人か
海外で起業や商売をしている人の事か
多国籍企業のエキスパッツか

どれも全然違う共通点がほぼ無いが唯一共通がグローバルでしょう。
その言葉をぼわっと無自覚に使っている日本人の8割が思い浮かべるのがたぶん一番最後でしょう。
だとしたら簡単です。彼らが行っている大学に行けばいいだけの話です。東南アジアの人もインドも世界中どこでもそうしています。それがグローバル経済というゲームのルールだからです。
不都合な真実ですが、それ無しにはほとんど確率的に無理に近いです。
それが幸せか、良い事か(たぶん良くないでしょうが)はまた別の問題ですが、ともかく定義ははっきりと現実的な議論をした方が良いです。
ちょうど先ほど上海銀杏会に東大生の海外フィールドワークに関する受け入れのお願いのメールが来ており、読んでいたので非常にタイムリー。

大学生にもなって学ぶことを学校側が決めるなんていう時代は過ぎており、学校は機会を用意し、あとは時間のマネジメント含めて自分でやらせるべきでしょう。

成長というのは与えられるものではないので、いちいち大人が心配することではないと思います。
心配したとして、自分の胸に手を当てて、自分の大学生の頃を思い返してみてください。
コントロールできると思いますか?
【人事戦略デザイナーの視点】

「グローバル人材を育てます!」という掛け声は、「おいしい料理を作れるシェフを育てます!」と言うのと同じくらい、雲をつかむようなハナシ。

大学の先生方は、グローバル企業最前線での業務の実態を知る由もないから、おそらくかなりポイントはずれているでしょう。

そこに、巨費と多くの時間をかけて、日本の大切なリソースをムダ使いしないか心配です。

会議と仕事で世界的にやりとりする時のワークスキルとして必要なことは、例えば、

①背景をシェアできていない相手に、短時間で状況を説明する能力
②両者の利益になることを理解させ行動を要請する能力
③好ましくない結果に対しては、毅然とNoと言える能力
④感情的にならず、冷静に状況を分析する能力
⑤常にポジティブに、未来志向で議論ができる能力
⑥他者を理解し尊重することで、相手の共感を引き出す能力
⑦人間として尊敬できる言動をする能力
⑧仲間の家族を大切にし、思いやりの心を忘れない能力
⑨常に学ぶ姿勢を持ち、部下からであっても教訓を得ようとする能力
⑩人生の楽しみ方を知っていて、いつも一緒にいたいと思わせる能力

ま、こんな感じでしょうか?

専門能力が高くても、アウトプットにつながる行動ができない人間は評価されません。

また、上記のような能力は、日本語を使う日本のキャンパスでも、十分に育成できる気がします。

海外のフィールドワークをしないとグローバル人材が育たないというリクツは、どうもピントがずれているような気がしてなりません。
井の中の蛙になりかねない。

非常にいい動きだと思うが、平行して力を入れるべきはアジアを中心とする優秀な留学生の獲得の強化だ。今世界には500万人の留学生がおり、日本で学ぶ留学生も30万人にも増えてきたが、実態はアルバイト目的の日本語学校・専門学校生が激増しただけで大学で学ぶ留学生は微増だ。さらに海外現地で調査を行えば明白だが世界の優秀な若者は今の日本を目指さない。(一部の理工系の学部・大学院を除き、評価の低い大学入学と習得に数年かかる日本語など、経済的インセンティブがもうないからだ。)

ただそんな中でASEANや南アジアの若者を日本に呼び込む唯一のアプローチはStudy & Work in Japanだ。先進国で日本ほど留学後に就労しやすい国はない。直近も4万人強の留学生が卒業し、なんと2万3千人が日本就職している。進学するひとや国費留学取得を除けば、就職希望者のほぼ全員が就職できている。

日本で働くという付加価値と共に日本留学をアピールすれば、まだまだ日本にも新興国のトップ層は呼び込める。
企業側と大学側の理想像のギャップを感じます。
企業の理想像を考えれば、大学なんて本当はいらないんじゃないかと思う(ぶっちゃけ、インターンで優秀ならとればいい)。大学は教育機関である以上、しっかり学んで欲しいと考えるのは当然。

このギャップをこのままにしていていいのだろうか?と感じてしまいました。
今後、大学も生き残りをかけて競争が激化すると言われて久しいですが、大学に求められる魅力が大きく変わりそうですね。大企業やスタートアップ問わず、如何に有名な企業と連携したカリキュラムを提供できるかが重要視されそうです。ただ、当然優秀な学生は企業側も有利に獲得しようと目論むので、もはや授業は就職活動の一貫になりそうです。それはそれで健全な形なのかもしれません。インターンシップをどこでやるかの違い程度でしかない気がします。
(お叱りを覚悟で) 先生からグローバル化をどーぞ 2、3年の客員(=お客さま)ではありませんよ
中国、韓国、インド、シンガポール、フィリピン…どこでも大学の授業は英語でローカル言語なの日本語だけと知った時の衝撃を思い出しました。 専門性と語学と同時に上げればいいのではないかと思います。