【実録】韓国、中国へ技術流出。次世代パネル“頭脳都市”の正体

2019/2/22
「3億で3年間、彼と専属契約をしたい」
2010年のこと。とある民間企業の研究者が山形大学の教授に就任した、わずか2日後にここ極寒の地に飛んできたのは、韓国LGだった。
研究者の名は時任静士。トヨタ中央研究所などの要職を歴任した、日本の有機トランジスタの第一人者である。
LGといえば、今年1月の米家電見本市「CES 2019」において、世界初となる「巻き取り式」の4K有機ELテレビを公開するなど、今やこの分野で世界トップを走るグローバル企業だ。
そして、その材料の開発や制御において、世界トップレベルの“頭脳”と評される時任が、民間企業を離れ、大学に移籍したのである。
情報をすぐさまキャッチし、チャンスが訪れたとばかりに契約交渉をしにきたというわけだ。
いかにも韓国企業らしいアンテナの張り方は日本もぜひ見習ってほしいところだが、ここ山形大学の工学系キャンパスに足を運ぶのは、何もLGだけではない。
フランスの素材メーカー・アルケマから、台湾の素材大手フォルモサ、中国のパネルメーカーまで。リチウム電池や次世代ディスプレイに用いられる先端素材を求める世界中の企業が、来日しては成田空港からこの地に直行している。
それというのも、時任のような有機材料の“世界的頭脳”が、山形大学に集結しているからにほかならない。
「有機ELの父」と呼ばれる、米イーストマン・コダック社のタン教授。ノーベル化学賞のアラン・ヒーガー教授、青色発光ダイオードの中村修二特任教授などを迎え入れ、先端材料分野の“ドリームチーム”を形成しているのだ。

帝人、有機ELを生んだ街

なぜ、ここ山形・米沢の地が「材料都市」となったのか。
「地方大学は、どれだけ思い切って選択と集中ができるかが、勝負だ」
世界で戦える研究分野に特化しようと勝負に出たのは、2007年に山形大学学長に就任した結城章夫という、山形出身の元文部科学事務次官だった。「先端材料」拠点として、集中投資を決めたのだ。
当時、結城学長が材料研究へと舵を切った背景には、この土地の歴史がある。
「繊維の街」として栄えた米沢市は、もともと先端素材を扱う「高分子化学」に強い。例えば、およそ100年前の1918年、米沢高等工業学校(現・山形大学工学部)の研究を元に、日本初の人造絹糸であるレーヨン繊維の工場をこの地で創業したのが、現・繊維大手の帝人だ。
そしてもう1つ、結城学長の背中を押したのは、材料研究の「核」となり得る1人の男が、すでに米沢の地にいたからこそだ。
城戸淳二。1989年に山形大学工学部助手となり、1993年に世界初の「白色有機EL」の開発に成功した人物である。
世界中が有機ELを次世代の照明やディスプレイの本命と位置付け、その研究開発にのめりこんでゆくのは、城戸がこの白色発光に成功したことがそもそものきっかけだ。
2018年には、米科学情報大手クラリベイト・アナリティクスが論文の引用数トップ1%から選出する「高被引用論文著者」に、城戸が5年連続で選ばれている。材料科学分野において世界的な影響力を持ち続ける、稀有(けう)な研究者だ。
「材料技術の高い日本から立ち上がった有機ELが、いまや韓国にお株を奪われ、そして中国に覇権は移ろうとしている」
有機ELの「材料」を知り尽くす城戸は、次世代パネルを巡る世界的バトルを、上流からどう眺めているのか。城戸へのディープインタビューを基に、「源流」の秘密に迫ろう。