AIによる世界初のアルバム「I AM AI」

2018年9月、タリン・サザンが世界で初めて人工知能(AI)で作曲・編曲されたアルバムをリリースした。マルチトラックレコーダーからループペダル、デジタルプロダクションソフトまで、音楽界は絶えずテクノロジーによって変化を遂げてきた。しかしAIは、これまでにない劇的な変化をもたらそうとしている。
初期のテクノロジーのほとんどがそうであるように、AIも明らかな利点や欠点に関する論争を巻き起こしている。また、これまで無関係だったいくつかの問いについて考えるきっかけにもなっている。
創造性とテクノロジーという2つの世界を橋渡しする、この先駆的なアプローチを詳しく見ていこう。間違いなく、われわれは将来、この組み合わせをもっと目にすることになるだろう。
サザンはもともと、フルタイムのYouTubeコンテンツクリエーターとして、自身の音楽や個性、関心をテーマに、創造的なコンテンツを量産していた。サザンはこのプロセスを通じて、創作の鍵を握るのは(多くの場合はテクノロジーによる)効率性であることを学んだ。
アルゴリズムの変化によって、中身より閲覧頻度が重視されるようになり、疲れ切ってしまったサザンは、AIやバーチャルリアリティー(VR)の実験を開始することにした。
サザンはYouTubeから助成金を得て、実験的なVR作品をいくつか制作。その際、AIを使ってバックグラウンドミュージック(BGM)をつくった。
これが最初のインスピレーションとなり、AIを使ってアルバムを丸ごとつくるという創造的な挑戦へとつながった。そして、アルバム「I AM AI」がリリースされた。

映画の編集によく似たプロセス

サザンは、人間のパートナーやプロデューサーの代わりに「Amper」「AIVA」「Google Watson Beat」「Google NSynth」といったAIソフトウェアプログラムを導入した。
簡単に言えば、学習可能な楽曲データ(1920年代のジャズのヒット集など)か、パラメーター(テンポ、キー、楽器など)のいずれかの形でソフトウェアに指示を出した。ソフトウェアは指示を基に、未加工の作品を生成した。サザンがそれをアレンジ・編集し、まとまりのある曲に仕上げた。
こうしたプロセスは、映画の編集とよく似ている。多くの意味で、人間のプロデューサーとの仕事を思わせる。アーティストがプロデューサーとアイデアや情報を共有し、アーティストのビジョンに命が吹き込まれるまで、改良を繰り返すという共通点がある。
初期のテクノロジーのほとんどがそうであるように、AIにも利点と欠点の両方がある。サザンは、AIとコラボレートすることから生まれる自律性を楽しんだ。何かが気に入らなければ、データを調整し、やり直すことができた。
また、AIが相手であれば、気を遣う必要がない。作業時間や創作プロセスを気にすることなく、望み通りの結果が得られるまで、ひたすら続けることができる。つまり、ほかの誰かに頼らなくても、創造的なビジョンを実現できるということだ。
しかも、仕事の相手がソフトウェアであれば、自分でデータをつくる必要がない。楽器の演奏やアレンジができなくても、編集者としての良い耳とビジョンさえあれば、曲をつくることができる。

「権利と所有者」という法的課題

ソフトウェアは合成されたデータセットを量産する能力があるが、こうしたデータセットはまだ断片化したものだ。サザンは次のように説明する。
「AIソフトウェアプログラムのAmperは作曲や器楽編成を得意としているが、曲の構造は理解できない。音楽の節やコーラスをつくってくれるかもしれないが、それらをつなぎ合わせて、自分のビジョンに合う何かをつくるのは私の仕事だ」
つまり、ソフトウェアが人間と同じように「考える」ことはない。その結果、何を避けるべきかに関して可能性のあるパラメーターをすべて設定しなければ、ゴミのような作品を吐き出す可能性がある。必要なパラメーターをすべて設定するには何十年もかかるだろう。
しかも、AIとのコラボレーションは孤独な作業だ。ほかのミュージシャンと徹底的に話し合ったり、問題に取り組んだりできないことは寂しかったと、サザンは振り返っている。
新しいテクノロジーは、とくに法的な側面で新しい課題をもたらす。このケースでの大きな課題は、権利と所有者だ。
データを管理し、編集を行うアーティストだけでなく、ソフトウェアの開発企業も所有権を主張する可能性がある。「Watson Beat」をはじめ、一部のソフトウェアはオープンソースだが、決定的あるいは標準的なソリューションはまだ存在しない。
サザンの場合、最終的な所有権や分割の問題は、ケースバイケースで解決しているという。
もう一つの法的な問題は著作権だ。たとえば、アーティストが「ビートルズ」をアルゴリズムのデータセットとして用い、ビートルズから多大な影響を受けた音楽をAIがつくったら、それは著作権の侵害にあたらないのだろうか。この議論は早くも、人間の創造性の源に関する哲学的な議論へと発展している。

創造性とテクノロジーが結びつく

創造性とテクノロジーは、すでに多くの業界で手を取り合っている。
たとえば「The Most Famous Artist(最も有名なアーティスト)」と名乗るアーティストは、ハッカーたちと手を組み、有名な美術様式をAIで模倣し、高価なオリジナル作品をオーダーメイドしている。
ロビー・バラットもAIを用い、オリジナルの筆遣いをベースにしたヌード画を創作している。ファッション業界でもAIを積極的に活用し、革新的なファブリックや製法を生み出している。
音楽も同じだ。すでにさまざまな動きや投資が進行している。IBM、Spotify、グーグルはそろって、音楽制作を支援するAIソフトを開発している。また、Spotifyのようなプラットフォームではすでに、レコメンダーシステムなどの主要機能にAIが使用されている。
サザンは次のように述べる。「アーティストたちは近い将来、音楽制作のさまざまなプロセスに機械学習を使うようになるだろう。曲のミキシングやマスタリングを行ったり、ユニークなコード進行を探したり、楽器の使い方によってスタイルを変えたり、面白いメロディー構造を見つけたりといったことが可能だ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Annabel Acton/Founder, Never Liked It Anyway、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:monsitj/iStock)
©2019 Mansueto Ventures LLC; Distributed by Tribune Content Agency, LLC
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.