カナダの靴販売業界の大物アルド・ベンサドンは、学生は小売業での仕事にもっと上手く備えていく必要があると考えている。マギル大学以外の大学も小売業のプログラムを刷新している。

「マーケティングだけではない」

アルド・ベンサドンは小売業一筋だ。1972年にクロッグ(底が木でできた靴)を売り始めて以来、彼はアルド・グループを世界的な靴販売チェーンに育て、現在では3000店舗を展開している。
億万長者となって、事業を息子のデービッドに譲り渡してからは、アルドは次世代の教育に熱心に取り組んできた。
また、母校であるマギル大学で、小売業のビジネススクールを設立するための資金も提供してきた。そのカリキュラムには、データ・アナリティクスから人類学、人工知能まで、今日の小売業界で成功するためのさまざまな専門知識が組み込まれる予定だ。
アルド・ベンサドンによると、世界を見ても、小売業のマネジメントにフォーカスして教えているビジネススクールはほとんどないという。そのため、学生はアルドのような会社で働く準備ができていない。
「ビジネススクールの卒業生は、マーケティングを勉強したと言ってうちの会社に来る。マーケティングが小売業だと思っているのだ」とベンサドンは言う。
「小売業はマーケティングだけではない。優れた小売業者になるためには、社会学も理解する必要があるし、建築も理解しなければならない。顧客がブランドを感じられるような雰囲気を創造できなければならないのだ。だから、本当にさまざまな分野を一つの学校に収める必要がある」

学生が「魅力を感じにくい」業界

小売業に関する教育で、より趣向を凝らしたアプローチを取ろうとしているのはマギル大学だけではない。サウスカロライナ大学やカナダのヨーク大学など、多数の大学がカリキュラムを刷新して、オンラインビジネスの隆盛の中で苦闘している小売業界に、学生たちが対応できるようにしている。
こうした教育事業には、ウォルマートや、サークルKの親会社アリマンタシオン・クシュタールなどの企業が大きく投資している。混乱の中にある業界に加わるのは、キャリアのうえでは自殺行為だと考えられていることがわかっているからだ。
実際、多くの若者にとって小売業とは、より意味のある仕事をする前に就く、最初の低賃金の仕事である。小売業に優秀で聡明な人材を引き付けるには、大学も伝統と最先端の両方の学問を組み合わせて提供しなければならない。
マギル大学のベンサドン・スクール・オブ・リテール・マネジメントは、まだ立ち上がったばかりで、学部生向けの専攻を設けたところだ。これに続いて、大学院の修士課程と博士過程を加え、エグゼクティブ教育のプログラムも立ち上げる予定だ。
カナダのグーグルの元マネジング・ディレクターで、化粧品会社のロレアルにも在籍したマリー・ジョジー・ラマットが、小売業専攻の3つのコースのうち最初の2つを設計した。小売業者が毎日収集する大量のデータに、学生たちが対応できるようすることがそのコースの狙いだ。
「ビジネスでも、他の多くの分野と同様に、データをどのように理解するかによって競争力が変わってくる」とラマットは言う。
「他社との違いを生み出すのは、革新的な思考、クリエイティブな問題解決、多様な考え方、そして不確実な状況の中で前に進む自信だ」

実際の企業を相手にしたプロジェクト

クラスでコンセプトが一つ学習されるごとに、ラマットは企業幹部を招いて現場での経験を話してもらう。たとえば、アマゾンの戦略を分析したあとには、学生たちはカナダのウォルマートの物流部門トップの話を聞くことになる。
学期末には、学生たちは実際のビジネスに関する課題を与えられる。たとえば、「バーガーキングをもう一度カッコよくする」などだ。学生による提案は、トラック型の屋台から「BKグリル」の改善、ミュージアムの開設までさまざまなものがあった。
各グループはプレゼンテーションを行い、他の学生たちからの質問に答え、2分間のビデオをつくった。それをバーガーキングに送って、フィードバックをもらう。
ドミニク・ナドーのグループは、自虐的なユーモアを狙った。それがバーガーキングの18歳から24歳のユーザーに受けると考えたからだ。
彼らはソーシャルメディアを使った短期間のキャンペーンを提案した。バーガーキングでの自分の食事についてのジョークを考え、それをハッシュタグ#roastBKをつけて、顧客に投稿してもらうというものだ。
そして、テレビのトーク番組『ジミー・キンメル・ライブ!』で行われている、有名人が自分に関する意地悪なツイートを読む企画のように、バーガーキングの親会社の幹部に最も優れたツイートを読んでもらって映像を撮り、そのフィードバックをメニューに生かすのだ。

小売業の実験ができるラボも開設

同校はウォルマートなどからも出資を受け、約2100平方メートルのラボを建設している。そこでは、学生たちが企業と組んで、eコマースや実店舗のプロジェクトを実施できる。
たとえばある企業が、ヘルシーなスナックをZ世代に売る最も効果的な方法を見定めたいと考えたときに、学生たちがその場所を店舗として活用し、製品の展示方法を実験したり、ソーシャルメディア広告の効果を追跡したりする。
「今日の小売業界は破壊的な変化や、複雑な社会問題に直面している」と、マギル大学デゾーテル経営学部の学部長、イザベル・バジュ=ベネヌは言う。
「この環境では、昔ながらの縦割り的な考え方では上手くいかない。ベンサドンの学生たちは、学際的でコラボレーション豊かな教育を受け、応用研究と基礎研究を学んで、複雑なビジネス課題に取り組んでいく」

テクノロジーに重点を置く大学も

マギル大学から1000マイルほど西にあるサウスカロライナ大学では、小売業のプログラムを刷新し始めた。
同校では1980年代から学士課程と修士課程で小売業のプログラムを実施しているが、JDAソフトウェア・グループなどのソフトウェアメーカーとパートナーシップを締結し、テクノロジーに大きく重点を置き始めた。
学生たちは、ナイキやスターバックスなどが在庫管理や物流などで活用しているJDAのプラットフォームを使って、トレーニングを行う。また、イスラエルのWix.comとの合意に基づき、eコマースの店舗を立ち上げて運営し、ソフトウェア技術の証明書も取得する。
学部長のマーク・ローゼンバウムは「理論が、実際の雇用につながるスキルに置き換えられていく」と話す。
「小売業では今後テクノロジーの位置づけが大きくなる。そうした未来を当校のプログラムは反映している。テクノロジーの動きは速いので、従来型の教科書にその知識が印刷されるまで待っていられない」

消費者行動の理解に社会学を重視

トロントにあるヨーク大学シューリック・ビジネススクール教授のマーカス・ギースラーによると、同校のカリキュラムは、企業からのフィードバックと最新の学術的な研究の両方を活かしているという。
ギースラーは、小売業で最も差し迫った問い「何が消費者の行動を引き起こしているか」に答えるためには、社会学の役割がどんどん重要になってきているという。
「本校のプログラムでは、学生に一般的なマーケティングの視点、つまり価格、製品、プロモーション、立地だけで市場を見ずに、より経験的で社会学的な視点で見ることを教える」と、ギースラーは言う。
「なぜ人々は買い物をし、ある状況では別の状況に比べて、より多くのお金を使おうとするのかを考える」
同校では、グローバル・リテール・マネジメント専攻を2014年にMBAプログラムに加えた。ギースラーは「顧客経験デザイン」と呼ばれるコースを教えているが、MBAプログラム志願者の40%が、このコースがあるから同校に通うことを選んだと答えている。
彼は数年前の夏に、上海からロサンゼルスまで、各地で100人ほどの企業幹部に会い、新規に採用する人物に何を求めるかを質問し、その結果、このコースの焦点を定めたという。
「今日の企業が第一に求めるのは、顧客を真に理解し、顧客に価値を提供できて、顧客を変えられる学生だ。つまり、すべては顧客に関することであり、顧客がオンラインで注文せずに店舗に行こうとするような、経験としての小売業に関することなのだ」

アレクサのプログラミングも学習

ギースラーの下で学ぶ学生たちは、モールで買い物客にインタビューし、自身の消費者としての経験を綿密に振り返る。
彼らは米国マーケティング協会のウェブサイトや、ハフィントンポストなどにコラムを執筆する。テーマはたとえば、市バスのイメージを改善する方法や、五感の観点からレストランをデザインし直す方法の提案などだ。
買い物をよりよい体験にするために、彼らはテクノロジーを活用する方法も学んでいる。前学期には、アマゾンの音声アシスタント「アレクサ」をプログラミングし、より感じのよい話し相手になるようした。
「今日では、買い物の多くがモールや店舗ではなく、自宅で行われる。学習の目標は、消費者とテクノロジーの絆が強力かつ持続的に設計され、管理されることを、未来のマーケターに理解してもらうことだ」と、ギースラーは言う。
再びマギル大学に話を戻そう。前出の学生ナドーは、小売業界には課題はあるにせよ、同業界でのキャリアを選ぶのは理にかなっていると話す。
23歳のカナダ人のナドーは「小売業界はテクノロジーや顧客経験にフォーカスするようになっており、そのため、どんどん魅力的になっている」と言う。「環境に適応し、生き延びた企業は大きな利益を上げている。そして、それらの企業にはとてもよい仕事がある」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Sandrine Rastello記者、翻訳:東方雅美、写真:©2019 Bloomberg L.P)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.