今、シリコンバレーでは「STEAM人材」が注目を集めている。「STEAM」とは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、アート(Art)、数学(Mathematics)の5つの言葉の頭文字を取ったものだ。

ポスト情報社会に必要不可欠とされる「STEAM人材」をどう育てていけばいいのか。第1回は、従来の系統学習型の教育と比較しながら、新たなヒューマニズムの思想を取り入れたSTEAM教育の特徴について解説する。

系統学習型アプローチとの違い

STEMからSTEAMへとつながる新しいヒューマニズムの考え方を取り入れた教育の特徴は、従来の系統学習型の教育アプローチと比較することで、より明確になります。ここで、その特徴を次の5点にまとめておきたいと思います。

1. 教育の目的

第一に、新しい教育は何よりもまず、人間の潜在力をのばすことを目的にしています。 学生たちが、自ら問題を発見・設定し、試行錯誤しながら解決をしていく能動的な学びのモデルです。
知識の習得に重きをおいていた従来の学校教育では、教師があらかじめ準備し設計した ステップに合わせて、学生は系統だったカリキュラムを学ぶ指導重視型の学習方法がとられてきました。
新しい教育の現場では、生徒は自活的な学びの中で「発見」をし、自分たちの経験から 知識を再構成し発展させることで、体験的に学んでいくカリキュラムが組まれます。
目指すのは、科学技術の向上でますます複雑化する社会に、即戦力として役立つ、生きた知識や技能を学生に身につけ現実社会の問題を解決できる実践力を備えた人材なのです。
シリコンバレーの多くの学校では、積極的に起業家教育を導入し、即戦力の育成を行っています。
生活の中から課題を見つけて自分たちの手で商品開発につなげていくプロセスで、学生たちはチームワークとリーダーシップ、プロダクト・デザイン、限られた時間で生産性を上げるタイムマネジメント力、マーケティングに関する知識やプレゼン力などの生きたスキルを身につけます。

2. 教科の関係

第二に、新しい教育は、複数の領域を融合し俯瞰して考えようとする、メタレベルの教 育アプローチです。
違う科目や異なる分野でも、各科目の中で学ぶ内容を精査し、互いに呼応できそうな要 素があれば抽出し、上手に関連させて教えます。学際的なアプローチが持つシナジー(相乗)効果を期待することができます。
例えば、歴史の授業で、電信機の発明について学んだあと、ものづくりの機材が並ぶ工 房に学びの場を移して、実際に電信機のプロトタイプを作ってみるのです。200年近く 前のイノベーションを自分の体験に落とし込む中で、学生たちは領域を超えた視点から、多くのことを学びます。

3. 教育の主体

第三に、新しい教育は、学習者である児童や生徒たちが主体です。
系統学習型の教育現場では、学習のステップを設計する「教師」と、そのために準備さ れた「教室」が、学習現場の中心でした。新しい教育では、問題解決のプロセスそのものが重視されるため、あくまでも主役は、学習者である生徒自身です。
例えば、このあと詳しく取り上げるオローニ小学校やヌエバ・スクールでは、早くから探求型の学習メソッドを導入し、生徒中心の学びの場を作り上げています。生徒が自らの学習環境を自主的に構築していくための、様々な取り組みがなされています。
また学びの場を教室に限定せず、生徒に五官を使って情報を吸収させることも特徴です。したがって、先生の講義を聞いて頭で理解する受動的な「静」の学びから、外に出て、手を使い、体を動かして、知識を探索する「動」の学びへと、学習の形が変わるというわけです。

4. 学習モデル

第四に、STEAMを重視した教育現場は、プロジェクト学習に支えられてい ます。
メディカルスクールの学習法が、暗記ベースの知識習得型からグループによる実地体験型に移行したように、実践を通して生きた技能が身につくように、プロジェクト・ベース学習(PBL)やプロブレム・ベース学習など探求型の学習方法が導入されています。
脳科学に基づいて、マインドセットと数学の学びを研究した『Mathematical Mindsets』(数学的マインドセット)の著者ジョー・ボーラー(Jo Boaler)が行った実験では、数学の授業にPBLを導入している学校では、共通試験の結果が他校より高かったことが報告されています。
PBLで学習することで、問題提起がしっかりできるようになること、エビデンスを利用して議論ができるようになること、学びに対する意欲が向上することなどが、その理由に挙げられています。
最近、「アクティブ・ラーニング」という言葉をよく耳にしますが、新しい教育の現場 では、コンピューター・アニメーション技術やCAD(コンピューター支援設計)プログラムなどのソフトウェア技術、そしてオンラインの教育ツールなどを最大限に活用して、学生が自ら積極的に情報を収集し、考え、問題解決を行うような指導がされています。
また様々な領域を融合させ、課題に多角的にアプローチすることで、学習者は学び方が一つでないことを体感するのです。
シリコンバレーでは、多くの学校が「ものづくり」スペースを導入しています。レーザ ーカッターや3Dプリンターなど、現代的な機材に小さい頃から触れ、使い方を学ぶこと で、プロジェクト学習をする際にも、様々なツールを駆使できるようになります。

5. 教育が目指す人間像

第五に、新しい教育は子供たちに、自分たちに社会を変える力があるのだという自信を 与えます。
実社会の問題を発掘し、解決していくという教育モデルですから、生徒の学習の先には、常に実現すべき「よりよい社会」がビジョンとして想定されています。
限られた資源しかない山奥の過疎地に、きれいな飲み水をどうやって届けるのか。海に流れ出すペットボトルなど、海洋汚染をどう食い止めるのか。学習の成果を社会的インパクトにつなげられるのも、STEAM教育の大きな特徴です。
そこで培われるのは、プログラミングや計算力といった機能的側面だけではありません。 様々な課題を通して、地球のために考える、人間のために発想するトレーニングを繰り返すことで、子供たちは変革を起こすための視点と方法論を培い、「チェンジ・エージェン ト」としての自信を深めていくのです。
※ 次回は日曜日掲載予定です。
(バナーデザイン:大橋智子、写真:Neustockimages/iStock)
本書は『世界を変えるSTEAM人材 シリコンバレー「デザイン思考」の核心』(ヤング吉原麻里子〔著〕、木島里江〔著〕、朝日新聞出版)の第5章「シリコンバレーの教育最新レポート」の転載である。