【秘話】ナイキvs靴職人。「陸王のモデル」になった男の信念

2019/2/7

高橋尚子の「むちゃ振り」

その時、男は究極の決断を迫られていた。
アメリカのボルダーから東京へ向かう飛行機の中。アスリート向けの靴職人である三村仁司は、12時間のフライト中、ずっと1足の靴のことばかりを考えていた。
今から19年前、2000年の夏のこと。世界中のスポーツファンが、シドニーで開催されるオリンピックに釘付けになっていた。
主に陸上選手向けの特注シューズを手がけていた三村のもとには、オリンピック選手から、たくさんの仕事が舞い込んでいた。
三村仁司(みむら・ひとし)/1948年兵庫県生まれ。高校卒業後、オニツカ(現アシックス)に入社し、靴職人に。2009年に定年退職し、アディダスジャパンを経てシューズ工房のミムラボを設立
三村は、シューズの最終調整のため、日本人選手の多くが合宿をはるボルダーを訪れていた。選手一人一人と言葉を交わし、それぞれの感触を確かめていく。
「あいつ、大丈夫かいな」
その中でも、三村が最も気にかけていた選手がいた。マラソン女子代表の高橋尚子だ。Qちゃんの愛称で知られる高橋は、日本国民の期待を一身に背負った、大会の目玉選手だった。